第五話:互いを信じて

「やっぱりカズトはその格好が一番似合ってるね」

「ロミナもそれでこそ聖勇女って感じだよ」


 彼女によって貸し切られた闘技場。

 俺達はその中央で向かい合った。


 道着に袴に胸当てに籠手などを付け。腰に愛刀閃雷せんらいを穿いた、武芸者の俺。


 白銀色の胸当て、腕当て、脛当ての軽装鎧。白く長いスカート姿。そして聖剣シュレイザードを手にした、聖勇女のロミナ。


 互いに装備を纏うと気持ちが入るのか。

 笑みは浮かべるものの、既に緊張感がある。


  ──「……カズト。私、また何時かあなたと旅をしたい。だけど今のままじゃ、あなたと稽古すら出来ない気がするの。だから……少しだけ、力を貸して」


 闘技場に向かう時、口惜しそうな顔で告げられた言葉。

 やっぱりあれは、お前にとっても心的外傷トラウマか。


 ……まったく。

 あれも俺がルッテ達とパーティー組んだ時に、出逢った事にしてくれりゃ良かったんだよ。

 そうしたら俺の事を忘れて、彼女が苦しむ事なんてなかったのに。


 思わずそう心で愚痴るけど、きっとあれはこの世界の中でも異質な場所。

 しかも解放の宝神具アーティファクト直々の試練だったから、呪いのことわりすら超えてたのかもな。


「……本当に、良いのか?」

「……うん。大丈夫。稽古するだけだもん」


 ロミナは笑うも硬さが見える。正直、顔色も冴えない。

 だけど、あいつが覚悟してるなら、俺もやらなきゃな……。


「じゃ、行くぞ」

「……うん」


 互いに刀と剣を正面に構える──けど、やっぱりどっちも動けなかった。


 ロミナが何かに怯えるように、聖剣を持つ手が震えている。

 俺も歯を食いしばり誤魔化そうとしたけど、やはりその構えを見るだけで、恐怖に身がすくむ。


 俺はあの剣を受け止められるのか?

 またあいつに斬られて、死ぬんじゃないか?


 俺の心に走るのはそんな不安。

 そしてきっと、ロミナも思ってる。


 俺を斬ってしまうんじゃないか。

 傷つけてしまうんじゃないかって……。


 ……情け無い。

 俺は仲間に恐怖するのか?

 そんな事じゃ、一緒になんていられないってのに……。


 ……俺、本当は分かってたんだ。


 死ぬのは怖い。

 けど、それでも死に立ち向かえるし、戦える。

 皆に未来を見せたいからさ。


 そうじゃなかったら、ウェリックの呪いを解く為に身体なんて張れなかったし、ロミナを護る為に命を懸けなかった。


 でも……それはきっと、ロミナに傷つけられ、殺されるっていう、あり得ない不安から逃げようとしてたんだ。

 仲間に殺される恐怖以上に、仲間を信じられない哀しみがずっと心にあったし。俺がいなきゃ、ロミナもそんな不安を感じずに済むだろって。


 ……でも、それじゃダメなんだ。

 忘れられ師ロスト・ネーマーの呪いなら、うまく忘れさせられるかもしれない。

 

 でも俺、やっぱりまた、皆と歩みたい。

 できればもう、忘れられたくない。


 だから、信じなきゃダメだ。

 もっと強くならなきゃだめだ。


 その為にも──。


「ロミナ!」


 未だ青ざめ震える彼女に踏み込み刀を振るうと、はっとした彼女は、咄嗟にそれを聖剣で受ける。


 反撃はない。

 それでも俺は覚悟を決め、言葉と共に刀を振るい続けた。


「ロミナ! 剣を振れ! 俺に剣を向けろ!」

「……だめ! 私、怖い! やっぱり怖い!」


 恐怖のせいで彼女の顔が歪むも、俺の刀を何とか捌いていく。


「分かってる! 俺が弱かったから! お前の剣を避けられなくて、沢山喰らって! 沢山お前を苦しめた! だけど俺は、いつかまたお前達と旅をしたいんだ!」


 我儘わがままな想いを刀に託し、俺は執拗に剣を打つ。

 聖剣が強く返ることを信じて。 


「だから俺を信じてくれ! もう喰らいなんてしない! お前の剣にも怯えない! ちゃんと全て受けきってやる! だから! 剣を振るってくれ!」


 言葉を向けども、ロミナは未だに顔を苦しみに歪め、弾くだけ。

 だけど、少しずつ受ける剣に力が籠る。


「カズト、ごめんなさい! 私、酷いの! あなたを沢山斬った! あなたを沢山傷つけた! そんな仲間なんてきっと嫌だろう、怖いだろうって思ってた!」

「ふざけるな! 俺はそれでもお前を助けたんだ! お前に生きて欲しかったんだ! 嫌なもんか! 嫌ならとうにここから逃げ出してる!」

「私なんかが一緒でいいの? あなたを沢山傷つけた私なんかが!」

「当たり前だ! 俺達は仲間だ! 俺はお前を信じてる! だからお前も信じてくれ! また一緒に、旅をするって決めたんだろ!」

「カズト……私っ!」


 喜びと悲しみでぐちゃぐちゃになった顔で、ロミナはふっと涙を見せると、瞬間。


  ガキィィィィン!


 振るわれし聖剣を、閃雷せんらいが止めた。

 強い恐怖が心に走り、身体が一瞬強張こわばる。

 だけど、止まれるか!


「私! あなたをもっと、信じられるようになる! そして、絶対にまた、あなたを見つけてみせるから! 絶対にまた、あなたと旅をしてみせるから!」

「俺も絶対、もうお前の剣を受け損ないなんてしない! 次に旅する時もお前の背中を護り! お前の脇に堂々と立って見せる!」


 刀と剣が交わる度に、強く言葉を交わす。


 そうだ! 受けろ! 剣を振れ!

 俺達の未来の為に! ロミナの笑顔の為に!


 互いに強く弾き、強く打ち込み。

 互いに強く捌き、強く返し。

 互いに恐怖に顔を歪めながら。

 それでも必死に打ち合った。


「信じてる! 絶対にまた、逢えるよね!」

「当たり前だ! 俺達は仲間だ! 絶対にまた逢って、一緒に旅をするんだ! そうだろ?」

「うん! ずっと! これからも、仲間だから!」


 あいつの顔が、笑顔と涙に染まり。

 俺も笑いながら、涙で顔を濡らす。


「いいか? 絆は裏切らないからな!」

「うん! 絆は絶対切らないから!」

「ずっと待ってるからな!」

「うん! 待ってて!」


 瞬間。

 俺達は互いに刀と剣を大きく振りかぶり。

 互いに振り下ろした斬撃が重なって。

 互いの刃が勢いよく弾かれると。

 力尽きたように、俺達は反動でくるりと互いに背中を重ね。


 そのまま同時に、床にへたり込んだ。

 

 正直、息が上がってる。身体の疲労が一気に溜まって、もう動けない。

 流した涙すら拭く力もなく、ただ必死に息を整えるべく、荒い呼吸を繰り返す。


 ロミナも恐怖があって本来の動きじゃなかった。

 俺だって恐怖に手が震えたまま。弱った身体にびびった心じゃ、キレもへったくれもなかった。


 だけど。

 それでも俺は受け切った。受け切れたんだ。


 だから前を向け。俺はきっと、強くなる。

 そして何時か、ルッテとも、フィリーネとも、キュリアとも、ミコラとも。そしてロミナともまた、旅をしてみせる。


 そんな夢を、絶対叶えるんだ。


「カズト……ありがとう。信じてくれて。勇気をくれて……」


 嬉しそうな涙声に、俺はふっと笑う。


「こっちこそ。……また、絆の女神様のおぼし召しを信じようぜ」

「……うん。きっとまた、アーシェがお節介を焼いてくれるよね」


 背中に感じる温もりに、恐怖が薄れるのを感じながら、俺達はどちらからともなく、クスクスと笑い出す。


 まったく。

 顔は涙で濡れてるのに。おかしなもんだぜ。

 あ。それが面白くって、笑ってるのかもな。


   § § § § §


 あれから暫くして、俺達はまた魔術師の服装に戻ると、冒険者ギルドを後にした。

 夜にもなれば流石に気付かれにくいだろうと思って、互いにフードをするのは止めた。


「……これでまた、カズトとお別れなんだよね……」

「しんみりするなって。またすぐ見つけてくれるんだろ? あまり待たせるなよ?」


 何処か残念そうに語るロミナを笑い飛ばしながら街を歩いていると、俺の目にふとある屋台が目に入った。


 それはアクセサリーを売っている小物屋だったんだけど。俺はそこである物が売っているのに気がついた。

 ……うん。あれに似てるしいいかも。


「悪い。ちょっと待ってて」

「え?」


 驚くロミナをそこに残すと、俺は足早にその店に向かう。


「いらっしゃい。何を探してるんだい? 兄ちゃん」

「あ、えっと。これ、お幾らですか?」


 俺が指差したのは、黄色い丸みのある花びらが象られた、淡い黄色の小さな花をモチーフにした、ガラス細工のブローチだった。


「それかい? 一金貨だけど。買うかい?」

「はい。是非」


 俺は気さくな感じの、がたいのいいおじさんに金貨を渡す。


「毎度あり。ちなみに野暮な事聞くが、勿論女にあげるんだよな?」

「え? あ、はい」

「ほー。そうかそうか。ちょっと待っててくれ」


 ん? なんか随分ニヤニヤしてたな。

 何か変な所あったのか?


 首を傾げていると、おじさんは手際良く花に合う小さくて綺麗な布で、それを風呂敷に包むように綺麗に包んでくれた。


「あいよ。お待たせ」

「あ、ありがとうございます。包装代は……」

「サービスしとくよ」


 笑顔のままブローチの入った布を手渡したおじさんは、すっと俺の耳元に顔を寄せると。


「うまくやんなよ」


 そう囁くと、俺の肩を意味深にぽんっと叩いた後、親指を立てウィンクしてみせる。


 ……ああ。

 プレゼントでうまく女性を釣れ、みたいな感じか。別にそういうわけじゃないんだけどな……。

 俺は内心困りつつも、顔に出さずに頭を下げると、ロミナの元に戻って行った。


「何を買ってきたの?」

「これ。ロミナに貰って欲しいんだ」

「え?」

「開けるのは一人になってからにしてくれ。小っ恥ずかしいからさ」


 そう言ってロミナの手に、ブローチの入った布を差し出すと、彼女はぱーっと表情を明るくすると、


「うん。ありがとう。大事にするからね」


 そう言って笑顔をくれた。


 因みにさっきのブローチって、凄く真葛さねかずらの花に似てたんだ。


 俺、花言葉なんて全然知らないけど、こいつの花言葉だけはよく知ってる。


 前の世界で、孤児院を離れる事になった子供に、何時もシスターが接ぎ木した真葛さねかずらの小さな鉢植えを贈ってて、その時に話して聞かせてたからさ。


 真葛さねかずらの花言葉。

 それは、『再会』。


 ま、向こうの世界の花だし、実際さっきのブローチのモチーフは全然違う花だろう。

 だから、この世界の奴等は誰も、こんな意味を込めたなんて気づかないだろうけど。


 いいのさ。

 そこに俺の想いだけ篭ってればな。


 ……ありがとな、ロミナ。

 また少しの間、面倒をかけちゃうけど。


 絶対に、また逢おうな。

 今度は最初から、カズトとしてさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る