第四話:想い出作り

「そういやロミナって、この街に詳しいのか?」


 手を繋ぎ歩く恥ずかしさを誤魔化すように、俺は歩きながら問い掛ける。


「うん。師匠の所で半年位剣の修行してたんだけど、その時はあの屋敷でお世話になってたから。ウィバンはちょっとした故郷みたいな感じなの」

「へー。ちなみにシャリアに弟子入りしたのって何時頃なんだ?」

「大体三年前位かな」

「修行は厳しかった?」

「かなり。一応当時は既に聖剣士としてギルドに登録してたけど、最初の一ヶ月は基礎訓練っていうか、体力つける為の事しかさせて貰えなかったし」

「そうなのか。何かシャリアってミコラっぽいし、ひたすら実戦で鍛え上げるイメージだったからなぁ。ちょっと意外」

「確かに師匠は色々豪快な所もあるけど、やっぱりあの時、『Sランクの冒険者は教え方が違うな』って凄く尊敬したよ」

「あぁ……。それはランクじゃなく人次第って思っといた方がいいぞ。ミコラだってLランクだけど、一応戦士団の育成担当してたんだろ?」

「あっ……」


 ロミナが俺の言葉に思わず口辺りに手を当てたのを見て、俺も思わずくすりと笑う。

 話しか聞いてないけど、あいつの雑な教育っていうか、しごきは想像に難くないからな。


 ……でも。何か……やっぱり、良いな。

 もう、こうやってカズトとして隣を歩ける日が来るなんて、思ってもみなかったもんな。

 思わず顔が綻ぶけど、絶対見せてやらないと決め、フードを深く被り直す。

 こんな顔見られたら、絶対後で茶化されるし。


 そうこうする内に、俺が最初に案内されたのは大きな劇場だった。

 この世界の娯楽のひとつといえば観劇や音楽鑑賞。

 といっても、大衆劇場は他の街でもあるけど、ここまで本格的な劇場は王都や首都じゃなきゃ中々お目にかかれない。


「今、丁度観たかった演目やってるんだけど、いいかな?」

「ああ。入ってみよう」


 こうして俺達は中に入って行った。

 ……ちょっと場違いじゃないかって、心配したのは内緒だぞ?


   § § § § §


 並んで席に着き、フードを外して雑談していると、程なくして劇が始まった。

 演劇なんて、自分は向こうの世界のテレビ位でしか知らないけど、パッと見は所謂いわゆる劇団丸々みたいな感じの、劇あり、歌ありの華やかな感じで演目は進んでいく。


 内容は貴族の伯爵と令嬢の恋愛を描いた物語らしい。何かこういうのって悲哀系が多いイメージがあるんだけど、今回のはコメディ色も強い楽しげな恋愛物だったように思う。


 ……ん?

 何だか随分歯切れが悪いなって?


 ……いや、その、さ。

 照明が抑えられて、客席が薄暗かったのもあったんだけど。

 それでなくても体力戻り切ってないのに、朝からあのバタバタだったろ? 全力疾走もすれば魔力マナも消費したりで、実の所疲れちゃっててさ。


 だからその……まあ、ご想像の通り。

 途中からすっかり寝ちゃってて……。


 爆睡し過ぎたのか。次に起きたのはカーテンコールで観客が大きな拍手をした時。

 はっとしてロミナを見た時、俺を見てくすくす笑ってたけど……きっと、いい気分じゃなかったよな……。


   § § § § §


「ほんと、カズトが寝ちゃうの早かったよね」


 劇場を出た俺達が次に入ったのは近くのレストラン。少し早いけど丁度昼食時だったからな。

 今は互いに向かい合って、俺はチキンソテーを。ロミナはスパゲッティを食べている。


「あの、ほんとごめん。朝ので相当疲れてて……」


 ほんと、もうバツの悪い顔しか向けられない俺に、彼女は笑顔で首を振った。


「大丈夫。その分沢山カズトの寝顔を見れたし」

「おいおい。それを観に行ったわけじゃないだろ?」

「でも可愛かったよ。寝言も言ってたし」

「う、嘘だろ!?」


 ちょ、ちょっと待て。

 それは流石に由々しき事態だ。変な事言ってたらやばいだろ!?


「俺、何か変な事呟いてたか!?」


 俺があたふたしていると、彼女は俺を見て悪戯っぽく笑う。


「ふふっ。うーそっ。ずっと静かな寝息だけだったから大丈夫だよ」

「本当に? 本当だよな!?」

「勿論。ただあまりに気持ち良さそうに寝てたから、揶揄からかいたくなっただけ」


 そっか。それなら良かった……。

 思わず胸を撫で下ろす俺を、楽しげに見つめてくるロミナ。

 しかし。こいつってこういう冗談言う奴だったっけ? こういういじられ方は、ルッテやフィリーネにばっかりされてた気がするんだけど……。


   § § § § §


 その後も、俺はロミナの案内で色々な場所に行った。


 彼女が好きだという美術館。

 ここは絵画や彫刻が並んでいるのは俺のいた世界と同じだったけど、それ以外にも伝説に語られた武器や防具、道具や書物のレプリカなんかも展示してあって、中々見応えがあったな。

 何気に聖剣シュレイザードのレプリカがあったのには感動したけど、


「やっぱり、本物とは輝きや雰囲気が違うよね?」


 ってロミナに小声で言われた時には、納得するしかなかったな。


 その後に行ったのは洋服屋。

 ここでは本気で困らされた。


「ねえカズト。どっちが似合うと思う?」


 二着の服を交互に試着室で着替え、俺に見せた後、期待に胸を膨らませ答えを待っているロミナ。

 一着目は、少しシックで大人びたシャツにスカート。

 今着ている二着目は、少し可愛らしいフリルなんかもついた、白のワンピース。


 正直甲乙付け難い……っていうより、俺こういう異性の服とか選んだ事ないし、センスもへったくれもないんだよ。


「どっちも似合うよ」


 だから正直にそう返したんだけど……彼女は少しだけ不満そうな顔をした後、また表情に笑みを浮かべ、こう聞いてきた。


「もう。じゃあ、カズトはどっちがいい?」

「え?」

「どっちも似合ってるんでしょ?」

「ああ」

「だったら。カズトはどっちが好み?」


 おいおい。

 お前本気でそんなキャラだったか?


「いや。俺なんていいから、自分の好きな方買えばいいだろ」

「私はどっちも好きだから迷ってるの。だからカズトに決めて欲しいんだよ?」

「って言ってもなぁ……」


 正直、どっちも似合ってたし。

 っていうかお前、元がいいから何着たって似合うだろ?


 ただ、そう言っても怒られるだけだろうなぁ。

 ……だとしたら。


「……強いて言うなら、今着てる奴、かな?」

「何か煮え切らない答え」


 少し不貞腐れた顔をする彼女だけど、俺は困った顔をするしかない。


「いやだってさ。俺、女性物の服なんて選んだ事ないし、あんまり好みもないんだよ。そもそもロミナは可愛いからどっちも似合ってるし。だから本気で迷ったんだって」


 頬を掻き目を泳がせる俺の顔は、今絶対真っ赤だ。しかも店に入ってからはフードをしてないから顔も丸見え。

 まったくさぁ。最初にお前らに追放された時に言ったって言葉、忘れたのか?

 あれは紛れもない本音なんだぞ?


 恥ずかしさを誤魔化しきれなくなり、思わずため息を漏らしつつ彼女の顔を見たんだけど……何か、めっちゃ嬉しそうな顔してる。


「……そっか。じゃあ、こっちにするね」


 少し頬を赤く染めはにかんだロミナが、浮かれた様子で再び試着室に戻っていく。

 ……えっと。あれで正解だったのか?


 彼女の反応に戸惑いながら思った事。

 それは、これだったらクエスト行く方が楽だなって事だった。


   § § § § §


 その後も、通りがけの屋台で美味しそうなデザート屋を見つけて食べ歩いたり。大きな公園のベンチで噴水を見ながら色々と話をしたり。


 彼女と初めて出逢ったあの頃ですら味わえなかった、ちょっと気恥ずかしい想い出を作りながら、俺達はウィバンを楽しんだ。


 正直、ウィバンらしい常夏気分を味わった訳じゃない。

 でもやっと観光らしい観光もできて。何よりカズトとして、ロミナの隣にいられただけで、本当にいい想い出になった。


 彼女がどう思っているかは分からないけど、終始笑顔だったんだ。嫌な想い出にはならなかった……って、思いたいんだけど。


 そして。

 そんな楽しく幸せな時間はあっという間に過ぎ。街に夜のとばりが下り始めた頃。


「最後にもう一箇所だけ、付き合って欲しい所があるの」


 ロミナにそう言われ案内された場所。

 それは──冒険者ギルドの闘技場だった。

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