第三話:待ち人来たる
俺が結局、防具屋で選んだのは魔術師の格好。
やっぱりフードで顔を隠せるのは一番だし、
……とはいえ、本当はただのCランクの武芸者。しかも暑さ対策でもないのにこの格好って、俺本気で武芸者か? って、ちょっと悲しくなってくるけど。
こうして変装をして街中を歩き、やってきたのはウィバンのシンボル、時計台の下。
待ち合わせ場所としても有名みたいで、朝から結構な人がいる。
ロミナは……まだ来てないか。
この格好だから気づいてもらうのも大変そうだし、何とかこっちで見つけないといけないんだけど……。
あ。
ちなみに今日ここにいるのは勿論、ロミナとの約束を果たす為だ。
§ § § § §
あの日の夜、甲板を離れる前に、こんなお願いをされたんだよ。
──「あの……一度だけ、あなたと二人っきりで一日過ごせないかな?」
って。
──「闘技場の時だって、あなたに泣きついて迷惑をかけただけ。その後呪いまで解いてもらったのに、何のお礼もできてないし……」
なんて申し訳なさそうに言うから、そんなの気にするなって言ったんだけど。
その後、あいつは悲しげな顔で、こうも話してくれたんだ。
──「……でも、それだけじゃないの。私、呪いでうなされている間に見た夢で、あなたを沢山傷つけちゃった。あなたは抗ってくれたけど……今でも、あの時の事を思い出すと怖くって……。だから、少しでもあなたとの想い出を、良いものにしておきたいなって……」
……その可能性は、
やっぱり、そうだったか。
あの悪夢のような試練を、ロミナも覚えていたんだ。
あの時の俺は、凄く口惜しそうな顔をしたと思う。
だからだろうな。
あいつは申し訳なさそうに、笑ってくれたんだ。
──「そんな顔しないで。私はそれでも諦めないでくれたカズトに助けられたの。感謝してるんだよ?」
ってさ。
……俺だって、今でも殺される不安が
だけどきっと、ロミナも同じような経験をしてるのかもしれないんだよな。
そう思ったら流石に可哀想に思ったし、申し訳なくもなってさ。
だから、俺はその願いを受け入れたんだ。
§ § § § §
ゴーン、ゴーン
響き渡る鐘の音。
待ち合わせの場所に着いて約一ディン。
元いた世界でいうなら約一時間。大体九時くらいになったんだけど、未だロミナは姿を現さない。
もしかして、何か都合が悪くなったのか? なんて思っていたその時。ふと、待ち合わせ場所に現れた、挙動不審の魔術師が目に留まった。
薄いピンクの女子らしい術着。
背中に大きな布に包まれた術の媒体らしき物。
フードを被ったまま、ずっとキョロキョロして落ち着かなそう……って事は、まさか?
俺はゆっくりとその女性の側まで歩み寄ると。
「あの……」
と、小声で声を掛けた。
ビクッとした彼女がこちらを見る。互いにフードを被っていて、相手が見えないのが焦ったいな。
とはいえ、今これを取るわけにもいかないし。
「ロミナ、かな?」
人違いだったらと思いつつも、俺が意を決して尋ねてみると。
「うん。もしかして、カズト?」
と小声で尋ね返された。
うん。この声、間違いない。ロミナだ。
「ああ。っていうかその格好って、もしかして……追われた?」
「そうなの。一人で出掛けるって言ったらルッテ達が
やっぱり……っていうか、まったく同じじゃないか。
まさかとは思うが……あいつらグルだったりしないよな?
「もしかしてカズトも?」
「ああ。アンナが随分俺の事心配してて。彼女が尾けてくるのまでは予想してたんだけど。よりによってシャリアまでこっそり尾けてきてさ。振り切るのに一苦労だったよ」
「……うふふっ。何か私達、逃亡者みたい」
俺が愚痴を溢すと、ちょっと楽しそうな声でロミナは笑う。
「でも大変だったろ。お前もそれで遅れたんじゃないのか?」
「確かにそうだけど。それより、待たせちゃってごめんね」
「大丈夫。こっちもそれほど待ってないから」
うん。一ディン待ったなんて些細な事さ。
きっとお前も大変だったろうしな。
「さて。ロミナは何処か行きたい所ってあるのか?」
「私はあなたと一緒なら何処でも良いけど。カズトは何処か行きたい所ある?」
……正直、その質問には少し返事に困った。
いや。
そりゃ一年位一緒にパーティー組んでたから、たまに二人で買い物なんて事はしてる。
だけど、大体は冒険を続ける為の雑貨やら道具やらを買ったりって感じで、あまり何処か観光するって事はしなかったんだ。
何故かって?
そりゃ……ロミナも皆も、言っちゃえば美少女な訳だし……。それに、何かその……露骨にデートみたいなのって、元の世界ですら経験なんてなかったし……。
まあ、その……正直気恥ずかしかったんだって……。
……ふん。
どうせ彼女なんて、前の世界ですらいた事ないって。どっちかといえば陰キャだったんだし。
まあでもそのせいで、一人で出掛ける癖がついたけど、大概は目的もなくぶらりとしちゃうし。
実際ウィバンだって、海でも行こうかと考えてた程度で、はっきりとした目的があって観光しようとした訳じゃなかったんだよ。
「ごめん。正直何も思いつかなくって。ロミナの行きたい所があれば、そこに連れて行ってくれたら助かるかも」
少し困ったように頭を掻きながら、俺はそんな本音を伝える。
男としては情けないけど仕方ない。
本当、こういう時はラノベの主人公とか恋愛ゲームの主人公達のセンスが羨ましいもんだ……。
そんな事を考えて、ちょっと惨めな気持ちになったんだけど。ロミナは気にする事はなかったみたいで。
「そっか。じゃあ私が色々案内してあげるね。でも、入りたくないかなって場所だったら、ちゃんと言ってね」
「ああ。助かるよ」
「じゃ、行こっか」
そう言うと、ロミナは俺の脇に並んで……って、へ?
俺の手を包む温かい感覚。
えっと……これって、手、繋いでる?
フードでロミナの顔は見えない。けど、俺が今めっちゃ顔を赤くしてるのだけは分かる。
俺の動揺に気づいていないのか。彼女がゆっくり歩き出したので、俺も歩幅を合わせて歩き出す。
おいおいおいおい。ロミナは恥ずかしくないのか!?
そんな気持ちでちらりと横を見ると、彼女もこっちを見ていたのか。
「……大丈夫。迷子にならないように。ね?」
なんて言って、くすっと笑う声がした。
……ったく。
やっぱり聖勇女様は、度胸も経験も違うんだな。
おどおどする俺とのあまりの違いに思わず自嘲しつつ、俺達はそのまま街を歩き続けた。
……そういや、ふと思ったんだけどさ。
これってやっぱり、デートって奴なんだろうか?
……いやいや。きっとロミナはそこまで考えてないだろうし、考え過ぎだよな。
変な事考えてると緊張しそうだし。そういうのは考えないでおこう。
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