第二話:逃げるが勝ち
「……ねえ、カズト」
「ん?」
「あのね。あなたはまた、私達と旅をしたいって思ってる?」
「何でそんな事聞くんだ?」
俺の問いかけに、彼女は少しだけ表情に影を落とす。
「だって……私達は魔王討伐の時、あなたをパーティーを追放して傷つけたでしょ? 戻るのが怖いとか、一緒にいるのが嫌とか。そんな事、考えなかった?」
「あのなぁ。お前を助けたのも、ルッテ達と一緒に旅したのも、お前達をずっと仲間だって思ったからだ。今更だって」
彼女の不安を笑い飛ばしてやったけど、真面目なロミナらしい質問だな。
俺が皆の記憶を消したのもしかり。今の答えもしかり。きっと不安にさせたに違いない。
まあ、俺だって不安がないと言えば嘘になるけど。次に逢う時までには、きっと何とかしてみせるさ。
「だから、そういうのはもう気にするな。お前は気にせずまたカズトを探してやってくれ。船の中に戻ったら、俺はもうカルドだからな」
「……でも……今はカズト、だよね?」
上目遣いに、少しだけ寂しげな瞳をこっちを見つめてくるロミナ。
……ったく。
俺はお前のそういう所に弱いんだよ。そんな顔するなって。
「当たり前だろ。ちゃんと一緒に星を見ようって言った約束、果たしてるんだぞ。気づいてるか?」
「あ……そういえばそうだね」
俺が呆れた笑みを見せると、その事実に気づいたロミナも少し嬉しそうにはにかむ。
……こういう顔されるといちいち恥ずかしいんだけど。まあ、当面また見れないだろうから、許してやるか。
「いいか? 互いにどこに行くかは告げず、まずはお前達が旅立ってくれ。俺も旅に出られるだけ回復したら、後から自由気ままに旅に出る。そこからやり直しだ」
「うん」
「勿論待ち伏せとかズルはなし。何たってロミナは聖勇女様だからな。その代わり、もしまたお前達が何かに巻き込まれて、俺が助けに入った時は、こっちからパーティーに戻ってやるよ。それだけは約束する」
「……いいの?」
「ああ。ただこれは例外だ。俺がもし先にお前達を見つけても、普段はこっちから声は掛けないからな。ちゃんとお前達が俺を見つけて、声を掛けてくれよ」
「うん。分かった」
「……さて。じゃあ、そろそろ戻るか」
少し名残惜しい気持ちを抑え込みそう提案すると、ロミナが少しだけもじもじとする。
「ん? どうした?」
「あ、あのね……。私のわがままって分かってるけど……。ウィバンを離れる前に、その……ひとつだけ、お願いがあるの……」
そう言って、少し迷いを見せた後。彼女が口にした願いに俺は少し驚きを見せたけど、
結局それを受け入れる事にした。
また当面逢えなくなるんだし。
あいつにとって、俺との想い出が死にかけた姿ばかりじゃ、流石に可哀想だからな。
§ § § § §
俺達がウィバンに戻って一週間が過ぎた。
俺は宿からあまり出られなかったけれど、それでも少しずつ体力を戻すべく、まずは普段の生活が出来るように休み休み動いてリハビリをした。
アンナはその間も色々助けてくれた。
特に食事は流石にレストラン行くのも大変だったから、都度都度食事を部屋に運んでくれるのはありがたかったし。服の洗濯や部屋の掃除なんかもしてくれて、本当に助かったな。
貴族がメイドさんや従者を雇う気持ち、少しだけ分かった気がするよ。
ロミナ達はあの後もシャリアの家に滞在して、観光とかを楽しんでいるようだ。
一応俺の事も探してはいるみたいだけど、残念ながら冒険者ギルドでクエストも受けてなきゃ、バカンスだって出来てないから手掛かりらしい手掛かりもないだろうし。
ロミナも事情は分かってるからな。そこまでガッツリ皆に探させるような事もしてないようだ。
そして、普段の生活位は問題なくできるようになった頃。
俺はロミナとの約束を果たす為、アンナを介して彼女にカルドからの手紙を渡して貰ったんだ。
勿論、お礼の手紙って事にしてさ。
§ § § § §
そして、約束した日の朝が来た。
天気は快晴。あのクエスト以降、朝から雨なんて事もないし安心だな。
「アンナ。昨日話した通り、今日は一人で出かけてくるから」
朝食も済ませた後。
俺は久しぶりにカズトらしい格好をした。
増魔の仮面は外し、道着に袴。腰に
一応胸当てや籠手なんかもして、一介の武芸者っぽい格好。
鏡を見て懐かしいって思う位に、最近この姿になってなかったな……。
まあ、と言っても結局は格好だけ。
普段通り腕を振るうには身体も重いし、腕もまだまだ鈍ってる。
「ご用件は伺わない約束でしたので触れませんが、今のカズトでは、刀を振るうのも厳しいのではございませんか?」
「まあね。でも聖術師よりは牽制になるし、悪漢に襲われたりはしなくて済むだろ」
「しかし万が一の事もございます。ですので何卒、
「だーかーらー。本当に悪いんだけどさ。たまには自分の時間を楽しみたいんだ。ウィバンに来てほんと、まともにのんびり出来てないしさ」
「ですが、
本気で心配そうな顔をするので心苦しいが、ここ何とか己を通さないと。
「あのさ。仲間なんだから信じてくれよ」
「信じたいのは山々です。ですが貴方様はウェリックを助けていただいた時も、ロミナ様をお助けした時も命を落としかけたではありませんか。しかも未だ、身体も本来とは程遠い程弱っておられます。
「大丈夫だって。別にクエストに出る訳じゃないんだからさ」
俺がそう強く語り、じっとアンナを見つめると、根負けしたのか。彼女は大きなため息を
「……分かりました。ですが、絶対に無理はなさらないでくださいませ」
と、渋々納得する言葉を返してきた。
……けど。彼女といる時間もずいぶん増えてきたから分かる。これ、絶対こっそり後を尾けてくるやつだ。
まったく。俺の保護者じゃあるまいし。そうじゃなくても過保護過ぎるだろって、もう……。
「分かったよ。それじゃあ行ってくる。今日は夜まで戻らないから、アンナはシャリアの所にでも行っててよ」
「承知しました。夜になりましたらこちらに戻りますので。お気をつけて」
メイドらしく深々と頭を下げた彼女に普段通りを装い手を振って部屋を出た。
……さて。問題は、アンナをどう振り切るか。
俺も
深き眠りの森で街中で眠りに誘うのは流石にやばいだろうし、きっとこっちを強く警戒してるから、バレても抵抗されるかも知れない。
まあウィバンは広いし、とにかく離れた場所で一旦撒くしかないな。
ロビーに降りた俺は宿を出ると、まずは目的地と真逆。敢えて浜辺の方に向けて歩き出した。
隠れる物陰が少なく、人混みが多くなれば、アンナだって簡単に俺を尾行はし難いだろう。そう思いながら歩き出す。
挙動不審にならないよう、迷わず向かう振りをして歩いていたんだけど……。
アンナの視線は何となく分かる。
けど……俺は自分に向けられたもうひとつの視線を感じ取っていた。
何げなく、歩みは止めずに視線だけをそっちにふっと向けると……道の角。新聞で露骨に顔を隠す、サングラスをした何者かがいた。
黒づくめのジャケットにズボンに白いシャツ。黒い帽子を深く被った、この地域に合わない露骨な変装。
ってお前、どこぞの探偵物にいる目立つ刺客みたいになってるけど、その赤髪に強調された胸──どう見てもシャリアじゃないか!
おい、俺が出掛ける話どっから漏れた!?
しかもお前が尾けてくるって何だよ!
興味本位にも程があるだろ!?
……ったく! もう知るか!
俺は今できる全力で街中を駆け出すと、近くの裏路地に入り込んで、迷わず
二人は後から路地を駆け抜けて少し。足を止めキョロキョロとする。
「気配は感じられませんね」
「消えるにゃ早すぎる。アンナ。手筈の物は?」
「お約束通り」
手筈の物?
お約束通り?
二人の会話に不安を覚えた俺は、
何だ、今の会話? 俺は
あの二人はまた俺の後ろを距離を空けたまま、追ってきやがった。
ただ、俺に目線が合ってない。見えてはいないけど、感覚で追ってる?
と。走りながら後ろを見ていた時。ふとシャリアが片手に持っている水晶が目に入った。
追跡されてる理由はあれか!? って事は、さっきの手筈ってのは……。
俺は走りながら、自身の服装に変化がないか確認する。
見た目普段通り。って事は袖や襟元の裏……違う。
って事は……。
はっとして咄嗟に腰に付けたポーチから金の入った革袋を取り出す。
普段通りの硬貨入れ……の紐が普段と違う。
似てるけど、少し色が違う。これで追跡されてるのかよ!
くっそ。
大商人だからって便利なアイテム使いやがって!
俺はぶちっとその紐を袋から引きちぎると、空に投げ捨てた後、無詠唱で精霊術、
そして少し走った先で物陰に隠れて様子を見ると、十字路で彼女達は予想通り、あらぬ方向に駆けていくのが見えた。
……ったく。ふざけやがって。
お陰でめっちゃ息上がってるし、久々の術がいきなり同時詠唱とか、正直しんどくて堪らない。
どうせアンナからシャリアに漏れて、あいつが興味持って覗きにきやがったんだろ。
お前は大人しく商人の仕事しとけって。何サボってんだよ……。
俺は呆れながら息を整える。
……しかしこのままの格好だと、また見つかりそうな気がするな。本当は普段通りにしてやりたかったんだけど……。
仕方なく、俺は近くで見かけた防具屋に入り、俺らしくない服装を見繕い、それらを買って着替えてから、改めて目的地に向かったんだ。
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