第六話:離れる者、戻る者

 ロミナと二人っきりの日を過ごした数日後。

 快晴の中、俺はカルドとして、シャリアの屋敷の前に足を運んでいた。


 今日はロミナ達がカズトを探す為に旅立つ日。

 俺も一応カルドとして封神ほうしんの島で一緒だったからな。シャリア達と共に見送りだ。


「師匠。お世話になりました」

「こっちこそ。本当に助かったよ」

「ま、俺達にかかりゃ余裕だって」

「お役に立てて良かったですわ。また何かありましたらお呼び立てください」

「ああ。そう言って貰えると助かるよ」


 シャリアとロミナ、ミコラ、フィリーネが笑顔で握手を交わし、そんな会話をする中。

 何ともマイペースな奴が一人いた。


「でも、私達無事なの、カルドのお陰」

「まあそれは分かっておるが……。キュリア。お主は随分カルドを買っておるのう。変な物でも食うたか?」

「確かに、お前が男に食いつくイメージなんて全然ねーんだけど」


 確かに。彼女がここまで誰かに執着するイメージはあんまり無い。

 記憶が戻ったミコラから、キュリアが俺のパーティー追放を泣いて反対したって聞いた時も驚いた位だし。


「だって。カルド、良い人」

「そう言って頂けて光栄ですが、皆様が無事だったのは皆様がお強かったから。私だけの力ではありませんよ」


 そう。俺一人いたからどうこうじゃない。

 お前達がいたから助かったんだ。そう思っているからこそ、そんな言葉を返したんだけど。

 彼女は首を振ると、俺の服の袖をちょんっと掴み、こう言った。


「カルド。一緒に、行こう?」

「え!?」

「キュリア!? 貴方何を言っているの!?」


 ロミナとフィリーネの驚きは最も。っていうか、寧ろ俺が本気で唖然とした。

 俺がお前にした事なんて、雨宿りの時と、巨人の時に突き飛ばしただけじゃないか。


 俺の戸惑いを他所に、相変わらずの無表情のまま、上目遣いで俺をじーっと見つめてくる。

 ……だから。俺はそういうの苦手なんだって。

 ま。気に入ってくれたのは嬉しくはあるけどさ。


 俺はふっと笑うと、空いた手で彼女の頭を撫でてやる。


「お誘いはありがたいのですが、私は未だ修行の身。先日ご迷惑を掛けた反省もございます。ですので今回は──」

「嫌」

 

 は!? 嫌ってなんだよ!?

 相変わらず無表情でじーっと……いや、ちょっとだけ目が潤んでるようにも……いやいやいやいや。どうしたんだってほんとに。


 俺がはっきりと戸惑っていると。


「キュリア。我儘を言うでない。カルドも困っておるではないか」

「でも、私。カルドと、もっといたい」

「何でなんだよ?」

「一緒だと、落ち着くから」


 ……落ち着く?

 そう言ったって、今回そんなに一緒にいた訳じゃないはずなんだけどな。

 まあキュリアは万霊術師で一応俺も同じ精霊の力を使えるし、そういう意味では近い存在かもしれないけど……何かを感じ取ってるんだろうか?


「キュリア。私達は誰を探してるのかしら?」

「……カズト」

「そうでしょ? だったら我慢なさい。きっとまたアーシェが逢わせてくれるわよ」


 フィリーネに諭されたキュリアが、珍しくはっきりと残念そうな顔をする。


「カルド。また、逢える?」

「ええ。絆の女神様のおぼし召しを信じましょう」

「……うん」


 俺が仮面越しに微笑んでやると、彼女は少しだけ寂しそうに微笑むと、後ろ髪惹かれるように、そっと服の袖を手放してくれた。

 ちょっと胸が痛いが、今度はちゃんとカズトとして逢ってやるからさ。

 だからもう少しだけ、我慢してくれよな。


「それじゃ、そろそろ行こう。カルドも本当にありがとう」

「いえ。こちらこそ。アーシェのご加護がありますように」


 ロミナが俺の前に立ち、笑顔ですっと手を伸ばし、俺と握手を交わす。

 少し潤んだ瞳を誤魔化すように、ぎゅっと力強く手を握ってくる。


 ……襟袖に付けられたブローチ。

 付けてくれてるんだな。


 俺も、少しだけ力と想いを込め握り返すと、互いに笑みを返した後、手を離す。


「では、行くかの」

「そうしましょう。では皆様、失礼いたします」

「じゃーな! シャリア! カルド! ディルデンのおっさん! アンナやウェリックも元気でな!」

「カルド。またね」

「はい。また何処かで。良い旅を」

「師匠。また何かあったら遊びに来ますね」

「ああ。楽しみにしてるよ。皆、気をつけてな」


 俺とシャリアが笑顔で手を振りかえし、執事やメイド達が頭を下げる中。

 ミコラが元気に手を振った後、シャリアが用意した早馬車に乗り込んだ五人は、そのまま屋敷を離れ去って行った。

 最後まで一所懸命、馬車の後ろの窓から手を振っていたロミナとキュリア。そして横の窓から身を乗り出して手を振ってたミコラが印象的だったな。


 馬車が視界から消えた所で、俺はため息をひとつく。


 さて。

 俺ももう少しだけ踏ん張らなきゃな。まだ感覚として微妙。

 もう数日鍛え込まないと、冒険なんてできたもんじゃないからな。


 そう心に決意すると、俺は増魔の仮面を外して地面に置き、何も言わず屋敷を後にしようとする。

 だけど……やっぱり、そうは問屋が卸さないよな。


「カズト。ちょっと待ちな」


 ……ったく。

 俺は背後から掛けられたシャリアの声に頭を掻いた後、面倒くさそうに振り返ると、先程までの笑顔とは一転した、申し訳なそうな彼女を冷たく見つめ返した。


   § § § § §


 ……実はさ。

 こないだの件で、俺はアンナとシャリアに説教をたれた。


 流石に人を強引に尾行して行動を盗み見ようとするなんて、正直ふざけるなって感じだったし、アンナがその手引をしてたのにもがっかりした。

 あんな金を入れる革袋の紐を変えられるのなんて、彼女しかいなかったからな。


 だからあの日の晩。

 宿に顔を出したシャリアとアンナに言ってやったんだ。


「お前らを信用した俺が馬鹿だったよ。もうお前らの世話になんかなるか」


 ってな。


「そんな事言うなら、今までの宿代払うかい?」


 そうシャリアがふっかけてきたのも気に入らなかった。勝手に恩着せて、人を脅すのかって。

 だから俺ははっきりとこう言い返してやった。


「そんな気持ちで宿を紹介するとか。相当な詐欺師だな。お前の目指した商人ってそういう奴かよ。そうだって言うなら借用書持ってこい。何年掛かったって返してやるよ」


 そのままシャリアに増魔の仮面を放り投げ。

 厚意で住まわせて貰った宿も早々に引き払い、今は普通の宿に一人で部屋を借りている。


 結局、今の所借用書が届く事もなく、シャリア達と顔も合わせてはいなかったんだけど。

 今日はディルデンさんが俺の部屋までやってきて、


「本日はロミナ様達の旅立ち。せめて見送ってあげてはいただけませんか?」


 と、増魔の仮面を持ってきてさ。

 本当は行くのを迷ったけど、流石にこの件はロミナ達には関係ない。

 だからカルドとして割り切って、あいつらを見送ったんだ。


   § § § § §


 並んで立っているシャリアとアンナ。

 二人共バツが悪そうな顔をしてる。

 ……ったく。自業自得だ。


「……カズト、本当に済まない。出来心だったとはいえ、確かにあんたをなめたような事をしたのは謝る。だから許してくれないか?」

「……」


 じっと互いに視線を交わす。

 出会ってからここまで。彼女がここまで気落ちした所は見たことがない。

 ただ、俺はじっと冷たく視線を向けつつも、言葉を返さなかった。


 そんな状況に堪えられなくなったのは、周囲の奴らだ。


「……申し訳ございません。謝罪して許されるものではありませんが……どうか、シャリア様だけでも、お許し頂きたく……」


 深々と頭を下げたのは、憔悴しきった、今にも泣き出しそうなアンナ。

 気丈だった彼女がここまでの顔をするって事は、よっぽどショックだったんだろう。


「……カズト様。わたくしからもお願いいたします。どうかお二人をお許しいただけませんか」

「僕からもお願いします。姉さんは悪い事をしましたが、今は反省しています。僕にもやり直すチャンスを下さったんです。お願いですから姉さんにも、もう一度チャンスを与えて下さい!」


 ディルデンさんとウェリックが頭を下げると、それに続くように、背後に控えたメイド達まで頭を下げ。


「頼む。カズト」


 最後に、シャリアも深々と頭を下げた。


 だから何でこんな事になってるんだよ。

 俺はただのCランクの冒険者なんだぞ。


 ……ったく。

 ま、丁度いい。

 ひとつ嫌がらせでもしてやるか。


「……ひとつ、条件がある」


 俺の言葉に、皆が恐る恐る顔を上げる。

 まったく。沙汰を待つ悪代官みたいな顔をしやがって。


「シャリア。これから言う事を信じろ」

「……どういう事だい?」

「信じるか、信じないか。どっちだ?」


 敢えて俺は彼女を試す。

 何を語るのかすらわからない。

 そんな状況でも、俺を信じてくれるのかってな。


「……あんたが、そう望むなら」

「……俺が望むんじゃない。お前の大事な人が望んでるんだ」


 まるで謎掛けのような言葉に、皆ははっきりと戸惑うだけ。


 ……まあいいさ。

 そうだろ? シャルム。


 俺はふっと笑うと、あいつに頼まれていた願いを叶えてやる事にした。


「伝言だ。『僕は後悔なんてしてないよ。姉さんやディルデン達が無事でほっとしてるし、二人を空から見守ってるから寂しくもない。だからもう、泣かなくていいからね』、だとさ」


 そう言って、俺はポケットから取り出した物をシャリアに放り投げた。


「これは……」


 彼女は手にした物を見た瞬間に目をみはり。ディルデンさんも珍しく、はっきりと驚きを顔に出す。


 渡したのはシャルムのギルドカード。

 俺が倒れた時、ロミナがなくさないように持っててくれてて、こないだ逢った時俺が預かったんだ。

 元々俺から話をするつもりだったしな。


「そいつが生と死の狭間を彷徨さまよってた俺を助けてくれて、その時に伝言を頼んできた」


 呆然としていた彼女の瞳から、ほろりと涙が流れ、ディルデンさんの身体が震える。

 ……誰かが泣くのを見るのは、やっぱり辛いな。


 俺はくるりと踵を返すと、


「その言葉を信じられたら顔を出せ。それでチャラだ」


 そんな言葉を捨て置き、振り返ることなくそのまま屋敷を後にした。

 背後に、シャリアの嗚咽を聞きながら。

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