第五話:命懸けの円舞曲《ワルツ》
俺とロミナは、鍾乳洞が続く洞窟を進んでいく。
途中変な分岐も殆どなかったし、これなら何かあってもすぐに戻れそうだ。
ロミナは俺の前を先導するように、周囲を警戒しつつ歩いているが、さっきの件もあって、会話を振るのも妙に
これが正直、肩の痛みより辛い。
「カルド」
と。前方を警戒したまま、彼女が俺の名を呼んだ。
「どうかしましたか?」
「あのね。やっぱりさっきのって、師匠の……」
腫れ物に触るかのように、歯切れ悪く口にするロミナ。まあ、気持ちはわかる。
「そうだと思いますが、私はシャリアに
「うん。昔、弟さんを亡くしたって。……確かこのダンジョンって、Sランクパーティーでも最深層まで踏破出来ていないんでしょ? もしかしてそれって、師匠達がここで、あの巨人達に敗れたから……」
「……でしょうね。ダンジョンに入る鍵を持っていた位ですから」
「……だよね……」
ロミナが気落ちした声を出す。
まあ、こんな所で師匠の弟が死んだ事を知りゃショックだよな。
そして、彼女の推測にも間違いはないだろう。
ディルデンさんやシャリアがダンジョンに向かう時に見せていた表情も、妙にここに詳しかったのにもそれで納得がいく。
それに、シャリアが俺を妙に買ってくれていた理由もな……。
しんみりしながら歩いている内に、俺達は少し開けた場所に出た。
さっき戦闘した場所に近い、人工的な床が広がるフロアに、鍾乳洞の左右の空間を遮るように扉のついた壁がふたつ。
ぱっと見、扉は開いたままだ。
「これは……先程の場所から繋がっているのでしょうか?」
「分からないけれど、可能性はありそうね」
久しぶりに、しっかりとした床に足を踏み入れた瞬間。
バタンという音と共に、突然その扉が両方とも勢いよく閉じ、青白い光を帯びた。
まさか、護りの施錠か!?
はっとした俺達は、思わずフロアの中央に移動すると、互いに背中合わせになる。
ほぼ同時に、俺達を取り囲むように、鍾乳洞側の床からぬるりと現れたのは……。
「狂いし
「こんな所で!?」
互いの視界の先、鍾乳洞に現れた狂いし
その数は、数えたくなくなる程。
ちっ。これもダンジョンの
「カルド。壁を背にして。私が何とかするから」
ロミナの緊張した声が示すように、正直この状況はヤバい。
俺は片手の使えない手負いの聖術師。
ロミナだって既に一度
そんな状況の中、俺達は既に大量の敵に囲まれてて逃げ場なし。扉のある壁を背にした所で、百八十度から襲われる訳で、一方に敵を固め切れる訳じゃない。
この状況に敵の量。これじゃ流石のロミナも一人で捌けるはずはない。
……なら。
「いえ。このまま戦いましょう」
俺は彼女にそう提案した。
「何言ってるの!? あなたは怪我しているし
「ですがあなたを支援し、精霊を倒す事位はできます」
「この数よ。無茶よ!」
「ええ。この数で一気に囲まれたら、それこそ聖勇女であるあなたでも押し切られます。ですから、私にも戦わせて下さい」
「でも……」
聖剣と盾を構えながら、肩越しに俺を不安そうに見つめるロミナ。
……分かってる。
悪いな。頼りなくて。
俺は錫杖の柄を口で噛み、左手で上部を捻ると
「これでも多少は剣術に心得があります。お願いです。私を信じて、背中を預けてください」
片手で
いざとなれば生命や気力の回復も、
だけど、巨人との戦いで一気に浪費した俺の
だから今は、俺に術は掛けず余計な
……ま。最悪足りなきゃ、また
俺は、絶対に譲るもんか。
あの日決意した、お前を助けるって想いだけはな。
「……分かった」
俺の覚悟を感じ取ってか。ロミナも表情を引き締める。
と、次の瞬間。奴等が一気に前に出ると、同時に後方の奴等が大量の
それを開戦の合図として、俺達は一気に
迫り来る狂いし
俺は降り注ぐ雨のような弾を避け、剣で払いながら、一体一体何とか
とはいえ両手持ちの慣れない武器を、利き手でない手だけで振るってるから、やっぱり効率良く敵を捌けない。
しかもこいつらはその名の通り狂ってるから、仲間が吹き飛ぶのも関係なく
それじゃ避け切るのだって苦しい。剣だけじゃ埒があかないから、要所は一時的に張った
ロミナも、俺よりは全然戦えてるけど、やはり
しかも敵を倒す度に敵が新たに湧いてきて、敵を一体ずつ減らしてるんじゃ、正直埒が明かない。
今の俺の剣術じゃ、どうしても一気に敵を減らせない。その代わり
逆にロミナは
だけどこの、弾幕がその余裕を与えてくれない。
互いに抱える矛盾。
なら、それを補えばいいはず。
だけど、それをするのには無茶がいる……いや。構うもんか。
どっちにしろ、今は武芸者なんて無理。
なら俺はカルドとして、やれることをやってやる。
思い出せ。あの頃の事を。
忘れるな。俺が見せるべき未来を。
俺は一旦フロア中央に引くと、飛来する
弾が通らないと気づき、直接俺に殴りかかろうと雪崩れ込もうとする敵を見て、俺は丁度ロミナが中央に引いたタイミングに合わせて、互いの背を敢えて触れさせた。
俺達は昔、互いの背中を護り戦った事だってある。
だから、合わせる!
瞬間。俺が咄嗟にその身を入れ替えるように、時計回りにくるりと転身すると、まるで
入れ替わった視界に映る、敵がこちらに
前に出ていた奴を、聖なる光で弾き飛ばして押し戻し、少しでも敵の攻撃をこっちに向ける為、敢えて前に出て剣を振るう!
既に
お前ならこのチャンス、逃さないだろ?
「
彼女の叫びと合わせ耳にする、複数の精霊達の弾け飛ぶ音。
流石はロミナ。これならいける!
後は……
俺達は言葉を交わす事なく、時に前後に動き、時に背を合わせて場所を入れ替え、同じように相手を誘い、敵の弾を止め、敵を討ち続けた。
くるりくるりと、まるで舞い踊るようにして、ロミナが敵を蹴散らし、俺が弾を止めて。
早速生命を削る感覚が、肩だけじゃなく俺の身体の負担になる。けど、身体は喜びで動いた。
そりゃそうだ。また聖勇女様と戦ってるんだぜ。最高だろ?
動きが鈍ったまま前に出る俺の身体に、避けきれない弾が傷を増やしていく。
が、それは後だ。多少の痛みは堪えろ!
ロミナを生き残らせる為、彼女にだけ術を向ける!
殲滅力が増した俺達の戦い方に、敵の数が少しずつ減っていく。
減るって事は、無限湧きじゃないはず。
そう信じ、俺達は必死に踊り続けた。
場所を入れ替わる度に敵の沸きが減り、踊る度に身体の痛みが強くなり、息があがる。
疲労で一瞬ぼんやりした頭も、身体の痛みで目が覚める。
くそっ!
まだだ! こんな所で倒れるもんか!
俺はまだ、護り切ってない!
痛むなら、まだ動けるだろ!
疲労困憊の俺達。
だけどその連携で敵の数も減り、後は──って、最後に特大の狂いし
だが
「ロミナさん、正面の敵を! これでっ、終わらせます!」
「う、うん!」
はっ!?
二体同時にどでかい
『神聖なる光の壁よ! その神々しく強き輝きにて、全ての力を打ち消したまえ!』
そんな物、
絶対にロミナはやらせるか!
強い頭の痛みがあの試練の時のように、これ以上はやばいと俺に必死に訴え掛ける。
だけどまだ生きてる! まだ生命がある!
やるんだろ? 護るんだろ?
歯を食いしばれ! 最後まで全力を向けろ!
「聖剣よ。私達に未来を!」
『世界を包む聖なる光よ。その神々しき輝きにて、荒れ狂いし精霊を吹き飛ばせ!』
これで最後!
最高位の聖術のひとつ、
「
「喰っらっ、えぇぇぇぇぇぇっ!」
ロミナが剣を振り。俺が剣を持った片腕を突き出し。
同時に正面の敵に光の術と技を放つと、直撃と同時に激しい轟音と光が周囲を一気に包み込む。
そして。
再び静寂が訪れた時──そこには、何物も残っていなかった。
「はあっ……はあっ……」
良かった……。
安堵で緊張の糸が切れた瞬間。
今までにない酷い激痛と同時に、何かを戻す感覚が過り、思わず
「ごふっ……」
手を汚したのは……口から吐いた、血。
……はっ。
流石に、無茶、し過ぎたか……。
瞬間。意識が遠くなり、ふっと目の前が、真っ暗になって……そのまま……倒れた、のか?
それもよく、分からない……。
「カルド!!」
ロミナの……声が、遠い……。俺……死ぬ、の……か?
……ま……いいか……。
彼女は無事、だったし……。
これで、俺は……もう……死を、怖がらずに、済む……もん……な……。
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