第四話:落ちていた過去

 俺の勘って、意外によく当たるんだよな。


 ロミナが魔王の呪いに掛かっていたのを知ったのだって、きっかけはマルベルで見かけた、ルッテの貼ったクエストを見ての胸騒ぎ。

 あれがなかったらきっと、あいつを助けられなかっただろうし。

 そういう意味じゃ、悪い予感や胸騒ぎも馬鹿にできないんだよ。


 ……って、何でそんな事考えてるんだっけ?


 あ、そうそう。

 俺、あの時突然、嫌な胸騒ぎがしたんだよ。


 そのきっかけは、フィリーネに気力回復を受けていたロミナが膝を突いた事。

 最後の勇気ファイナル・ブレイブって、聖勇女の全身全霊を掛けた技。だから連発するような代物でもないし、一発放つ消耗だって半端ない。

 だから、フィリーネに気力回復を受けていても、辛さがあったんだと思う。


 でも、もう優勢は覆らない。

 そんな状況だったのに、俺の心に突如不安が走ったんだ。


 ほぼ同時だったかな。

 動かなくなったはずの魔術師の巨人が、最後の命を散らすように術を唱えた後、その場で砕け散ったんだけどさ。

 掛けた術がやばかった。


 魔術、万能強化。

 攻撃力。防御力。素早さ。器用さ。魔力などなど。

 対象の全ての能力を強化する、魔術師の強化系の術の中で最強の術を、戦士の巨人に掛けやがったんだ。


 瞬間。

 戦士の巨人の動きが一気に加速した。

 素早く振るいし剣でフレイムドラゴンを横に弾き飛ばし、その剣を避けた皆が予想以上に強い風圧で散り散りになったその瞬間。

 背中にぞくっと悪寒が走ってさ。


 俺は思わず、無詠唱で聖術、聖なる光を駆使し、キュリアを吹き飛ばしたんだけど。

 同じ予感を感じたのかもな。

 ロミナもまったく同じくタイミングで、聖なる光をフィリーネに当て、彼女を同じく吹き飛ばしてたんだ。


「ロミナ!?」


 驚いたフィリーネに返事すらできず、ロミナは荒い息をしたまま、そこから動けなくって。

 その硬直を突いて、戦士の巨人は石像らしからぬ鋭さで一気に間合いを詰めると、彼女に切りかかって来たんだ。


 この剣の軌道。

 吹き飛ばした二人には届かないが、俺やロミナは巻き込まれる。


 そう感じた瞬間。

 嫌な予感は、より嫌な悪夢を頭によぎらせた。


 ロミナがその剣で切り飛ばされる姿。

 そんなの現実にできないだろ。


 だから俺は、咄嗟にロミナに踏み込み彼女を庇うように抱きしめると、剣を避ける為に大きく跳んだんだ。

 お陰で間一髪。俺の背中を剣が掠めるだけで済んだんだけど。流石に同時に襲う風圧なんて避けられなくってさ。


 結局、俺達はそのまま一気に床のない、鍾乳洞の壁まで吹き飛ばされた。


「ぐはっ!」


 偶然とはいえ、俺が壁の激突したからな。ロミナへの衝撃は抑えられた……って、思いたいんだけど。あの時はもう、そんなの考える暇もない激痛と共に、俺の後頭部から何かがどろっと流れて、瞬間意識が一気に遠ざかったんだ。


「カルド!」


 悲鳴のようなロミナとシャリアの声が聞こえたけど、もうその時は叩きつけられた息苦しさに答える事もできなくって。そのまま、何処かに落ちていく感覚に襲われた。


 途中何度か壁か。岩の出っ張りか。強い痛みが二、三度身体に走ったと思うんだけど、朦朧としてよく分からなくて。


 でも、ロミナだけは助けたくって、必死に、強く抱きしめた。

 あの時だって。彼女に未来を見せたくて頑張ったんだ。こんな所で死なせるもんかって。


 ……で。

 何でこんな事考えてるんだっけ。


 あ、そうか。

 今、めっちゃ肩が痛んで目が覚めたからだ。

 目を閉じたままぼんやりしてたかったんだけど、肩を走る強い痛みと。


「カルド!」


 心に痛みを呼ぶ悲痛な叫びが、俺を現実に呼び戻したんだ。

 それでぼんやりと状況を振り返ってたんだっけ。


「……大、丈夫、ですよ」


 耳にしたのは多分、ロミナの声。

 思った以上に声に力があったから、きっと無事だ。

 でも彼女がカルドって呼んでくれて良かった。お陰で今の俺の立ち位置が思い出せたからな。


 ゆっくりと瞼を開けると、目を覚ました俺を見つめる涙顔のロミナがそこにいた。

 ……俺のせいで、泣いている彼女が。


「カルド! 良かった……」


 感極まった彼女が両手で顔を覆う。

 前に冒険者ギルドの闘技場でも泣いた彼女を見たけど、やっぱり心にくる。


 俺は不甲斐なさを奥歯で咬み殺すと、ゆっくりと身体を起こそうと腕を動かそうとしたんだけど。


「痛っ!」


 突然右肩に激痛が走り、顔を歪め、咄嗟に左腕で押さえてしまう。


「ダメ! 無理して動かないで!」


 俺の呻き声にはっとしたロミナが思わず叫ぶ。

 そんな悲痛な顔されると、俺まで心苦しくなるだろ。


 彼女が俺の横に寄り添い、ゆっくりと上半身を起こす手伝いをしてくれる。

 改めて俺の身体を見ると、思ったほど傷がない。

 きっとロミナが聖術の生命回復で回復してくれたんだな。


 聖勇女はその名の通り、聖女であり勇者。

 だから、聖女故に使える聖術と、勇者特有の勇術も使えるんだ。

 とはいえ、ロミナだって疲弊した身体だし、辛かっただろうに。


 足元から何から、そこは鍾乳洞の谷間。

 ただ、光苔が生えているせいか。周囲は光源の魔法やランプがないのに思ったより明るかった。


「ここは……」

「巨人と戦っていた場所の遥か下よ」

「あの時、巨人に吹き飛ばされて……。あ、ロミナさんに怪我は!?」

「あなたが庇ってくれたから、擦り傷で済んだわ。お陰で自分の怪我は治せたんだけど、あなたは右腕を脱臼しちゃってるみたい」


 脱臼か。こりゃ困ったな。

 回復系の魔法は確かに便利だ。時に怪我を。時に病気や毒を一瞬で治療できるんだからさ。

 だけど、それだって限界がある。

 欠損した部位は再生できないし、状態が著しく変わると治せないんだよ。


 脱臼とかはその主たる例。何たって肩の骨が外れてるからさ。勿論物理的に腕を入れ直してやればいいんだけど……。

 情けない話。

 俺は現代世界でも、こっちに来てからも脱臼ってしたこと無かったし、はめ方なんて知らないんだ。


「ロミナさんって、脱臼のはめ方知ってますか?」

「ごめんなさい。私もそういう経験なくって……」

「そうですか」


 まあ、こればかりは仕方ないか。

 多分ディルデンさんやアンナなら何とかできるかもしれないし、そこまで我慢だな。


 俺は返事をしながら上を見上げると、遥か彼方にも感じる程先に、戦いの場になっている場所の天井が見えた。


 って、これ相当落下したよな。

 よく死ななかったな俺……鍛えてて良かった……。


「皆は、大丈夫でしょうか?」

「うん。何とか上の巨人は倒して、さっきフィリーネが一度降りて来てくれたの」

「それなら良かったです。とはいえ彼女だけでは私達を上まで運ぶのは厳しいですよね」

「うん。それにあなたの怪我もあったし。だから皆には先に進むよう伝えたわ。最深層はさっきの場所より下層かもしれないから、もしかすると私達も先に行けば合流できるかもしれないし。それに、もしこちらに進める道がない時は、ここに戻って待機する手筈にしてるわ」

「そうでしたか。すいません。お手間をかけてしまって」

「ううん。こっちこそ、助けてくれてありがとう」


 ……こうやってロミナが微笑んでくれると、ちょっと安心するな。

 俺も微笑み返すと、ゆっくりと立ち上がった。


 バックパックが巨人の剣で切り捨てられたせいか、中身がすっかりなくなってる。

 ギルドカードを閃雷せんらいと共に宿に置いてきてて正解だったな。


 錫杖は……っと、あったあった。

 少し離れてるけど地面に落ちている。

 下手に途中の岩場に残ったりしてなくて良かったよ。


 俺が錫杖の側に歩み寄り、しゃがんでそれを手にしようとした時。ふと、その少し奥に落ちている何かに気づいた。


 錆びた刀に籠手。胸当てに脛当て。

 それは冒険者がここで亡くなった跡だ。

 この世界の人間は死んでも死体は消え去る。だけど、遺品としてこういった物は残るんだよな。

 衣類なんかは腐ってしまったのか、もう殆ど原型を留めてない。


 一度錫杖を手にした後、その遺品の側に足を運ぶと、俺は一枚の裏返しになったカードに目がいった。


「これは……」

「……ギルドカード、かな?」

「ですかね」


 しゃがんで錫杖を岩壁に立てかけると、俺は裏返しになっていたそれを拾い上げ、汚れを袖で拭った後、表を見た。

 瞬間。


「カズト!? ……じゃ、ない?」


 ロミナがそんな驚きと戸惑いが入り混じる声をあげたけど、そりゃ仕方ない。


 冒険者のギルドカードには転写の付与にて登録された人物の肖像が刻まれているんだけど。

 そこにあった肖像は、俺が見ても一瞬見間違えるくらい、俺そっくりだったんだから。

 ただ、緊張した面持ちの彼の髪の毛は、真紅のような赤髪。


「シャルム・フィーラー。戦闘職、武芸者。一般職……商人……」


 俺はそれを読み上げながら、自分の中にあった疑念のパズルが組み上がっていくのを感じる。

 ……これ……そういう事、か。


「フィーラーって……これは、もしかして……」


 ロミナはその姓に聞き覚えがあったのだろう。

 少し驚いた声を上げる。


「……とりあえずこれだけでも、持っていきましょう」


 俺は服のポケットにそれを仕舞うと、錫杖を片手で手にして立ち上がり、改めてロミナに向かい合う。


「まずは先に進んでみましょうか」

「……うん」


 気を取り直し、俺達は気持ちを引き締め直すと、壁沿いに、進行方向となるであろう方向に歩き出す。

 ただ、そこにあった過去を知り、俺達は少しの間、言葉を交わす事ができなかった。

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