第三話:二体の巨人

「げっ!? あんなのとやり合うのかよ!?」

「あれだけじゃないからしっかり気張りな。後、魔術師の巨人は術を使ってくる。後衛は護りも忘れるんじゃないよ!」


 驚くミコラに喝を入れつつ、皆に指示を出すシャリアの声に釣られ、俺達は全員身構える。

 と、同時に周囲の崖下から何かが突然舞い上がり姿を現した。それは……。


翼魔像ガーゴイルですって!?」


 フィリーネが思わず叫ぶ。


 翼魔像ガーゴイル

 これも人為創生物シンセティカルのひとつで、俺の世界でもある意味有名な怪物のひとつ。

 蝙蝠のような翼の生えた、何処か異質な石像。その腕の鋭い爪と機動力のある空中戦を得意とするが、更に口から吐かれる火球もまた厄介。


 だけど……俺達と同じ位の数はちょっとやばい。

 早めに数を減らさないと、それこそあの巨人達を倒すのに支障が出る。


「キュリアさん! 風を乱して翼魔像ガーゴイルの足止めを! ルッテさんは古龍術で翼魔像ガーゴイルの迎撃をお願いします! フィリーネさんは前衛の支援を!」

「うん」

「ま、任せよ」

「え、ええ!」


 俺は叫ぶと同時に、無詠唱で急ぎ聖壁せいへきの護りをウェリックから順に前衛に付与していく。

 突然俺に指示され動揺を見せたルッテとフィリーネとは裏腹に。


『シルフィーネ。翼魔像ガーゴイルの動き、止めて』


 迷わず応えたキュリアが背後に風の精霊王シルフィーネを呼び出し放った術は、風縛ストームロック

 それは見事な程に奴等の動きを風により制限し、空中で動けなくしていく。

 術のチョイスも理想的。流石キュリアだ。


「ゆけ、炎龍!」


 ルッテの叫びに応えるように姿を現したフレイムドラゴン。そいつが口を開き放った火球が、動きを止めた翼魔像ガーゴイルを打ち砕いていく。

 しかし、後から現れる翼魔像ガーゴイルもいて、その数は中々減らない。


「まるで寄ってたかる虫のようじゃの」


 そんな小言を言いながらも、彼女は火力のある火球で的確に敵を落としていく。とりあえずここは二人に踏ん張ってもらえそうだな。


 フィリーネは聖術、聖壁せいへきの加護をパーティーに掛けた後、続け様に魔術、攻撃強化でパーティーの火力を上げる。

 流石は聖魔術師。こっちも手際がいいぜ。


 俺は守りと回復が主体の聖術師。

 聖壁せいへきの護りを急ぎ仲間に掛け終えた後、全体の状況を見極めて、何が来ても対応できるよう気構える。


 前方の巨人に挑みかかった前衛達。

 戦士の巨大な剣を強化防御パワーガードで受け止めたシャリアが後方に滑る。流石に巨体に似合うパワーはあるって訳か。

 その間隙を縫って前に出たアンナ、ウェリックが奴の脚に鞭を叩きつけ、短剣で斬りかかった。


「くっ!」

「これは……!?」


 石像の脚を砕き、切り裂こうとするも、それは致命傷とは程遠い浅い傷が付くだけ。

 見た目に分かる。二人の攻撃じゃ軽い。こうもでかくて硬いゴーレム系は、暗殺者だと手に余るか。


 と。そんな二人を振り払うべく、戦士の巨人は、大きさに似合わぬ速さで、弧を描くように、剣でアンナ達を薙ぎ払う。

 間一髪でそれを避けた二人。だがそこを狙うように、何とも重々しく無機質な詠唱が耳に──って、まじかよ!?


『この地に溢れし炎の魔力マナよ。永焔えいえんなるほむらとなり、この者達を灰と化せ』


 魔術師の石像の詠唱。

 それは魔術師の中でも最高位の炎の術。

 ぜる永焔えいえん


 巨人が杖を天に掲げると、普段の魔術師が使う比じゃない、巨大な豪炎の火球が生み出される。


 くそっ!


「前衛は一旦下がってください!」


 俺はそう叫びながら咄嗟に自身に無詠唱で聖術、命魔転化めいまてんかを掛け、生命を魔力マナに変換する。

 間に合いやがれ!


『神聖なる光の壁よ! その神々しく強き輝きにて、全ての力を打ち消したまえ!』


 前衛が皆一度俺たちの周囲に下がったのを見て、俺は咄嗟に詠唱すると、魔防壁まぼうへきの最上位となる術、光神壁こうしんへきを全員を覆うように、ドーム状に張り巡らせた。


 光の壁と炎の球がぶつかり合うと、一気に俺達の周囲を激しい炎が包む。

 しかもそれは、敵味方問わずに吹き飛ばすだけの威力を持続しやがる。

 事実、周囲にいた翼魔像ガーゴイルはこの炎に無差別に巻き込まれて、あっさりと吹き飛び、石片に戻っていった位だ。


 身体に走る気だるさ。代わりに高まる魔力マナ

 俺は歯を食いしばり、炎が消えるまで術を必死に維持し続けた。


「くっ……!」


 永焔えいえんの名は伊達じゃないってほど長く続く術。術者もまた維持しければいけない術だからこそ、相手から追撃する新たな術はないものの、こんなの継続されたらジリ貧に変わりない。

 それでなくてもやばい威力……俺が、つか!?


「フィリーネ! キュリア! 水系の術でカルドを支援して!」

「ええ!」

「うん」


 そんな劣勢の中、ロミナが叫びながら下段の構えを取る。あれはまさか、最後の勇気ファイナル・ブレイブか!?


「ディルデン! あたし達も合わせるよ!」

「承知しました」


 叫んだシャリアは凧盾カイトシールドを床に刺し、大鉄槌クラッシュハンマーを両手で脇に構え。ディルデンさんも長剣に闘気を重ねると、静かに構える。


『ウィリーヌ。力を貸して』


 風の精霊王を一度解放し、キュリアが呼び出したのは水の精霊王ウィリーヌ。そして彼女が両手を前にすると、そこに大きな水流の球が生み出される。精霊術、水砲アクアキャノンか。


『世界にありし水の魔力マナよ。今ここに集いて、炎を貫きし槍となれ!』


 同じくフィリーネが詠唱し生み出したのは水の力を集約した槍、激流の破槍はそう


 二人が同時に俺が止めているぜる永焔えいえんに向けそれらを解き放つと、それは光神壁こうしんへきの壁越しに炎に激突し競り合う。

 だけど流石は二対一。威力に勝った二人の水の術が炎を撃ち抜くと、勢いをそのままに魔術師の巨人の胴部に直撃した。


「はぁっ……はぁっ……」


 周囲を覆っていた炎が消え去ったのを見て、俺が一度術を解いた瞬間。あがった息と共に一気に襲った気だるさに、思わず片膝を突いてしまう。


 くそっ。

 増魔の仮面まで付けて、ここまでして何とか止められるレベルかよ。

 あんなの何度も撃たれたら、流石にたねえぞ!?


 魔術師の像を象っていた石がキュリアとフィリーネの術で剥げ、剥き出しになったのは──魔導鋼まどうこう!?

 人為創生物シンセティカルでそんなの使ってる奴がいるってのか。そりゃ術の効果がやばいわけだ。

 そんな剥げた身体の心臓に位置する場所に光る、真っ赤な宝石。あれがコアのはずだ。あれさえ打ち抜ければ……。


 そんな俺の願いを現実とするかのように、ロミナ、シャリア、ディルデンさんが同時に技を繰り出した。


「聖剣よ。私達に希望を! 最後の勇気ファイナル・ブレイブ!」

「いくよ! 空弾エアバレッド!」

「轟きなさい! 闘刃スピリットエッジ!」


 ロミナが抜刀するように聖剣を振り。

 シャリアが大鉄槌クラッシュハンマーを横振りし。

 ディルデンさんが長剣を薙ぎ払う。


 各々が武器を振るうと、それらが光の波動、空気の弾、空を走る斬撃となり、勢いのまま魔術師の巨人を狙い飛んでいく。


「いっちまえ!」


 ミコラの期待のこもった叫び。

 しかし、それを遮るように、戦士の石像が無理矢理伸ばした片腕で、それらを受け止めようとする。

 だが、先行した空弾エアバレッド闘刃スピリットエッジが遮った腕を強く弾き、切り開かれた道を突き抜けた最後の勇気ファイナル・ブレイブが、見事に魔術師の巨人のコアを貫き砕くと、そいつは膝を突き動きを止めた。


「よっしゃあ! 残りもやっちまおうぜ!」


 一気呵成に前に出たミコラが、剣士の巨人に飛びかかると、空中で連撃を叩き込み、胴部の石を剥がしだす。


「アンナ! ウェリック! ディルデン! あたし達も行くよ!」

「御意」

「承知しました!」

「はい!」


 シャリアもまた、仲間と共に一気に前に飛び出した。


 魔術師の巨人は倒せたし、翼魔像ガーゴイルはあいつらの力で共倒れしてもういない。

 これでほぼ大丈夫だろうけど、流石に最後の勇気ファイナル・ブレイブを撃って疲弊したロミナだけは、大きく肩で息をしながらも、一旦俺達の前に立ち、念の為備えてくれている。


「カルド。じっとして」

「はい」

「ロミナ。貴女も大人しくて」

「ええ。ありがとう、フィリーネ」


 キュリアが俺に精霊術の生命活性ヒーリングを。

 フィリーネはロミナに聖術の気力回復を掛け、互いの回復を進めていく。


「では、我も加勢するかの」


 随分と余裕をかましたルッテもまた、フレイムドラゴンを進軍させ、一気に戦士の巨人に畳み掛けようと動き出し。皆が戦士の巨人の身体の石を砕き、コアの位置を特定しようと軽快に動き回る。


 相手は一体。多勢に無勢。

 正直俺も、皆も。この時点で勝ったと思ってた。


 そう。

 誰も失うこともなく。勝てると思っていたんだけど。


 ……その時。

 何故か俺の心に、妙な胸騒ぎがしたんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る