第二話:洞窟の奥

 あの後、俺達は多少野生動物や、点在し存在していたジェネルスケルトンなんかに遭遇したが、大した苦もなく無事洞窟の入口までやってきた。

 遺跡とは違うのか。鍾乳洞のような天然洞窟っぽい入り口は、あまり何かを封じているイメージはないんだけど……。


「さて。ここからが本番だ。流石に中じゃ洞窟も狭くなる。だから念の為あたしとロミナ、ミコラとアンナで前を行く。ディルデンとウェリックは殿しんがりを頼む」

「かしこまりました」


 真剣な表情で出されたシャリアの指示に、ディルデンさんが返事をし、ウェリックは緊張した面持ちのまま頷く。


「カルドは後衛の一番前に立ってくれ。キュリアとフィリーネ、ルッテはその後ろだ」

「わかった」

「ええ」

「うむ」


 短く返事するキュリア、フィリーネ、ルッテの三人。


「分かりました」


 俺もまた、素直にその指示に従い返事した。


「じゃあいくよ。ミコラはあまり飛び出すなよ」

「えー!?」

「ミコラ。我慢して。勿論前に出て良い時は指示するから」

「ま、しゃーないか。ロミナ、その代わりあんまりじらすなよ?」

「分かってるわよ」


 心底残念そうなミコラにロミナが苦笑すると、周囲も少し緊張がほぐれたのか。皆呆れながらも笑顔が漏れる。

 そして俺達は、ゆっくりと洞窟へと足を踏み入れた。


 洞窟は確かに外見としては天然洞窟のようだったんだけど、少し奥まで入っていくと、目に見えて人為的な壁と、一枚の扉の前に到達した。


 扉の物々しさは何処か遺跡寄り。ここからが本番といった感じだろうか。

 扉の中央には何かをはめるような窪みが存在する。


 シャリアはその扉の前に立つと、バックパックから何かアイテムを取り出した。

 それは扉の窪みと同じ形をした宝石。


「それが扉の鍵なのか?」

「ああ」

「師匠は何故そんな物まで持っているんですか?」

「ちょっと知り合いから譲り受けててね」


 ミコラやロミナの質問に淡々と答えるシャリア。

 周囲はさらりと納得しているみたいだったけど、俺は少しそこに違和感を覚えていた。


 封神の島って、浮海ふかいの神獣、ヴァルーケンとかいう奴を封じている凄い島なんだろ?

 確かにシャリアはこの国でも有名な大商人だし、元々ウィンガン共和国の評議会が懸念した事項に対して彼女が動くのも、Sランク冒険者だってのもあるし分からなくはない。


 だけど、これほど大事な鍵を知り合いから譲り受けた?

 評議会なりが厳重に保管していたのを借りたわけじゃなく?


 ほんのささやかな疑問。

 シャリアがこんな事でいちいち嘘をつかない気もしたけど、じゃあ誰が元々こんな凄い鍵を持っていたのか。それが少し気になってしまう。


 Sランク冒険者ですら最深層に未到達だというダンジョン。

 だけど、そもそも入れなければ冒険もできなかったはず。

 つまり、鍵を持っているパーティーじゃなきゃここに来れないし、実力がなければ踏破を目指せない。


 じゃあ、以前最深層に到達できなかったSランクのパーティーってのは?

 この鍵を貸したのは、そんなSランクのパーティーにいた奴か?


 ……とまあ、色々と気になるけれど。

 今シャリアが望んでいる目標に、何か影響がある訳でもないか。

 俺は余計な雑念を捨て、シャリアを見守る事にした。


 彼女が窪みに宝石を嵌めると、扉は重い音と共に中央から割れ、横にスライドして開き。宝石は中央に残った台座に乗った状態のまま、そこに存在している。


「一定時間で勝手に閉まる。いくよ」


 宝石を回収したシャリアが前に出て、俺達も皆で付いていく。


「これは……」

「綺麗……」


 中に入り、ダンジョンらしい壁の道を抜けた後、その先に広がった光景にアンナやフィリーネが感嘆の声を漏らす。

 だけどそれは彼女達だけじゃない。他の皆も、勿論俺だって目を奪われた。


 そこは人工物と天然洞窟が組み合わさった、とても神秘的なダンジョンだった。

 床の一部は人工的な、大理石でできたような綺麗な床。しかし道となる場所以外は天然の鍾乳洞のまま。時に滝のように水が流れ、道の下には浅瀬が存在している。

 そして、その合間合間に人工的な柱の上にある魔石が輝き、暗いはずの洞窟を淡く照らし出し、水がそれを反射しきらきらと輝いている。


 こんな所で戦いなんてあるのかと錯覚するほどの場所。

 だけど、やっぱりそんなに甘くないのがダンジョンって奴で。やはりここにもしっかり人為創生物シンセティカルは存在していた。


 先程から見える人工的な柱。

 それが動く者を感知し、定期的に森で会った奴らを召喚してくるシステムか。


「時間を掛けると不利だ。駆け抜けるよ!」

「皆、走って!」


 シャリアとロミナの声に従い、俺達は皆で床のある道を一気に駆け抜ける。

 ゴーレム系は全般的に足が遅いし、警戒範囲を出てしまえば追いかけてもこない。

 勿論冒険者はこういう経験だって日常茶飯事。

 だからこそこの判断に迷う者もなく、そのまま勢いでダンジョンを駆け抜けた。


 暫く走り抜けたその先に広がったのは細い橋と、その先に広がる円形に広がる広間。

 周囲は切り立った崖と化し、広間にも橋にも、手すりらしきものは一切ない。

 広間の中央にはまたも鍵となるオブジェを置けそうな台座。

 そしてその奥には、またも大きな荘厳さを感じる、先程以上に巨大な扉と、そこを守護するかのように脇に立つ、人の三倍はある巨大な戦士と魔術師を象った石像が見えた。


「これは……底が見えんのう」

「落ちたらひとたまりもなさそうね」

「うっへー。こりゃやべーな」


 橋を渡りながら危険を口にするルッテ、フィリーネ、ミコラの三人。

 確かにこりゃ落ちたら無事で済むか分からないな。


「いいかい。今までこの広間の先に行けた冒険者はいない。気を引き締めな」


 皆が橋を渡り終え、振り返ったシャリアの声に真剣味が増す。

 ……けど。俺はそこにある違和感を露骨に感じ取った。


 ……シャリア。お前、普段と違い過ぎるだろ。

 真剣過ぎるっていうか、気負い過ぎてる。

 脇に立つディルデンさんもそうだ。何となく悲壮感というか、決意というか。今までにない何かをひしひしと感じるんだ。


 しかも今の会話。

 シャリアはここで何が起こるか知ってるって事。

 って事は、やっぱり……。


「ディルデン。ウェリック。二人も前に出てくれ。ここは総力戦になる。しっかり後衛をカバーしつつ、敵を殲滅する」

「殲滅って言ったって、何もいねーじゃねーか」


 シャリアの言葉につまらなそうに両腕を頭に回し愚痴るミコラ。


「ミコラ、ダメ。気を抜かない」

「そうよ。師匠はこれから戦いがあるって言ってるんだから」

「わーってるよ。ただ逃げてばっかだったから、暴れ足りないだけだってー」


 キュリアやロミナの言葉に一応反省を示すものの、不貞腐れながらマイペースに語る辺りはやっぱりミコラ。

 その反応にはアンナやウェリック、ロミナ達だけでなく、流石のシャリアやディルデンさんもふっと苦笑を見せた。


 ま。本気でこいつの脳天気っぷりは良くも悪くも空気を変える。

 緊張し過ぎの面々には丁度良い感じだろう。


「はっ。期待してるよ、ミコラ」

「任せておけって!」


 少しだけ表情がほぐれたシャリアは、一人台座の前に立つと、そこに宝石を収める。


 すると……。


「な、何だこの揺れ!?」

「これは……師匠!?」

「いいから集中しな! 来るよ!」


 突然俺達を襲った大きな震動の後。

 扉の脇に立った二体の石像が動き出したんだ。

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