第五話:お誘い
その日の夜。
外は少し雨がちらつきだしていた為、俺は大人しく割り当てられた船室で引きこもっていた。
明日の昼には
だからこそ、俺は部屋の備え付けの机に向かい、明日の戦いに備えて情報整理をしていく。
とはいえ、万が一急に誰かが入ってきてもいけないからな。
前みたいにメモを乱雑にはしないで、今回は皮用紙を束ね作られたノートに向かい、俺が知っている限りの情報。そして俺の聖術師としての力を羽ペンで控えつつ、頭に叩き込んでいった。
流石にロミナ達の事は大体知っているから、今回は敢えてメモはしない。
必要なのは主にカバーすべき新メンバーの情報だ。
重戦士シャリア。魔術剣士のディルデンさん。暗殺者のアンナにウェリック。
何となく職の基本的な特性は分かるし、戦い方も今日の皆の手合わせや、以前シャリアと戦った経験からある程度は分かる。
そして、それらは俺が聖術師として戦うにあたって、大事な情報だ。
今回の俺の立ち位置は、普段の聖術師よりかなりハードだ。
一番大変なのは、パーティーを組んでいない事。この一言に尽きる。
ただ、この時点で補助系の術師ってのは一つ大きな制約がつくんだ。
何かって言えば、答えは非常にシンプル。
パーティーに向け効果のある術が、軒並み機能しない点だ。
パーティーにいないってことは、それは自分自身にしか効果を持たせられないからさ。
勿論、補助系や回復系は個人に掛けられる代替えとなる術もある物が多い。
だけど結果として、より多くの人数に掛けるとするとそれだけ
特に聖術師は職の性質上、補助系の術が多い。
だからこそ、特に格上相手ではその判断一つが戦況を左右すると言ってもいいし、仲間の事を少しでも知り、判断もしないといけないって訳。
一応俺も、絆の加護でメンバーに加護を付与するのは慣れているものの。あれは特殊な俯瞰視点で全体を見渡しやすいし効果の掛け方も融通が効くのに対し、自分の視点で全てを判断し、対応しないといけないってのは咄嗟の判断力も問われる。
そう考えると、フィリーネの聖魔術師としてのセンスと判断力って、やっぱりずば抜けてたんだと改めて感心するよ。
「カルド様。お茶が入りました」
「お。ありがとう」
と。背後から掛けられたウェリックの声に俺は返事をすると、一旦席を立つと、部屋中央にあるテーブルの席に腰を下ろした。
テーブルに並べられた紅茶とケーキが俺の分だけ用意されている。
「ウェリック。お前の分は?」
「え?」
「いや。一人だと味気ないしさ。できたら一緒にどうかなって」
各人の世話役として、シャリアにはディルデンさんが。ロミナ達にはアンナが。そして俺にはウェリックが付いている。
今は事情を知る彼と二人っきりだから、口調は少し普段通りにさせてもらってる。
正直、ずっと堅苦しいのは性に合わないし。
「ですが、僕は一応執事ですし……」
ウェリックは立場を弁えてるのか。少し申し訳無さそうな顔をする。早速執事としての自覚を持ってるな。
こいつが本当に真面目なのはある意味アンナの弟らしいし、執事としても正しいんだけどさ。
今は俺の前だし、堅苦しいのはやっぱり苦手だ。
「構わないって。俺が許可したって言えばディルデンさんも怒りはしないし、何か言われたら俺が頭を下げる。だから、お前の分もケーキとか貰ってきてくれよ」
「は、はい! わかりました。行ってきます!」
俺の言葉にウェリックが表情をぱぁっと嬉しそうなものに変えると、足早に船室を出て行った。
なんかこういう所は少し子供っぽいっていうか──いや。多分暗殺集団ではこんな世界堪能できてないから、きっとこういう普段の人並みの生活が素直に嬉しいし、楽しいのかもしれないな。
さて。
今のうちにメモの内容を頭で整理しておくか。
椅子に座ったまま両手を頭に回し、天井を見つめながら足を組み少しぼんやり考え事をしていると、突然部屋のドアがノックされた。
「はい」
「アンナにございます」
ん? アンナ?
ロミナ達の世話をしてるんじゃないのか?
「どうぞ」
「失礼致します」
部屋に入って来た彼女は、扉を閉めると普段通り礼儀正しく一礼をした。彼女以外に誰かいる気配はなさそうか。
「どうしたの?」
「ロミナ様達が、カルド様と是非お茶をしたいとの事ですが、如何致しましょうか?」
落ち着いた口調ながら、表情はやや心配そうだ。
一応彼女にも、俺がロミナ達に素性を隠している件は伝えてあるからな。だからこそ気を遣ってるんだろう。
変装しているとはいえ、あまり深く接触するのは避けたいし、断るのは簡単。
とはいえ、それでシャリアが肩身の狭い思いをしてもいけないし。それに折角だったら、Lランクの聖魔術師様に、術の優先順位についてノウハウ聞くのも悪くないかもな。
「場所は?」
「ロミナ様達の大型客室にございます」
「分かった。ウェリックが戻ってきたら向かうよ」
「その件ですが、弟には先程すれ違った際に伝えておりますので、先にロミナ様達に合流するようお話ししておきました」
「え? 俺が断ったらどうする気だったの?」
「カルド様なら断らないだろうと思っておりましたので」
そう言ってアンナがふっと微笑んでくる。
まったく。この短期間で俺をよく理解してるよ。
心を見透かされた気持ちを誤魔化すように、俺は少し苦笑する
「ちなみにあいつも一緒にお茶させたかったんだけど、アンナもどう?」
「そのお話も伺いましたので、ウェリックに
「そこまで先読みか。アンナはやっぱりすごいメイドだね」
俺は彼女を褒めながら立ち上がると、彼女は俺に歩み寄り、耳元で小声で呟く。
「いいえ。それはカズト様がお優し過ぎるから、きっとそう言ってくださると思っただけですよ」
そう言ってくすっと笑うと、テーブルにある俺のケーキと紅茶を、手にしたトレイに手際よく載せ始めた。
……そう口にされると、ちょっとくすぐったい気持ちにさせられる。
別に俺にとっては普段通りなんだけどなぁ……。
そんな事を思いつつ、彼女の準備ができた所で俺達は廊下に出ると、ロミナ達の待つ部屋に向かったんだ。
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