第四話:聖術師カルド

 まあ条件って言っても、大した話じゃない。

 半分は、俺の立ち位置をより違和感なくするための口実の説明だからな。


 まず、俺は聖術師カルドとして行動させてもらう事。

 次に、俺はギルドに加入していない非正規冒険者として力を貸す事。

 そして最後に、皆にはカルドとして接して貰う事。

 これらを掻い摘んで話して聞かせた。


 その上で、今回この依頼はわざわざ冒険者ギルドを通じて、シャリアの部下とロミナ達に向けた限定クエスト化させたんだ。


 実は、普段なら別に非正規冒険者と正規冒険者がパーティーを組むのは問題ないんだけど、ギルドの正規クエストは、正規冒険者のみのパーティーしか受けられない。

 だからこうする事で、シャリアがちゃんとロミナ達に協力してもらう正規の依頼にもでき、俺の力を借りたかったがパーティーに加えなかった理由の口実にもできるのさ。


 シャリアは俺を買っているけど、カルドは自らを未熟と考えててギルドに加入してないって理由にしときゃ、それほど違和感もないだろうしな。


 術が使える話は、流石にここにいるメンバーにしておかないと混乱させるから、一応話しておいた。

 まあそこは、俺が稀にいる複数職を使える奴だったって話に留め誤魔化したけどさ。


 一度その術を目の当たりにしたとはいえ、これにはアンナとウェリックも驚いていたけど。ディルデンさんはそういう人物を何人か知っているようで素直に納得してくれて、釣られて皆も受け入れてくれたのは本当に助かったなって思う。


 後、アンナには言った矢先に申し訳ないけど、カルドでいる間は以前同様、仲間じゃなく客人として扱ってもらう事にした。

 勿論ウェリックやディルデンさんにもだ。


 ちなみに、ロミナ達に俺だってばれたくはない。

 そこに関しては、シャリアが協力してくれたんだけど……。


   § § § § §


「カルド」


 ぼんやりと物思いにふけっていると、シャリアが俺に声を掛け脇に並んだ。

 彼女は重戦士らしく、流石にややしっかりとした鎧を上下に纏っている。こうやって見るとまた雰囲気が違うもんだな。


「どうだい? そろそろかい?」

「ええ。何とか」

「だったらフード位取りな。折角の大海原、堪能しないとね」


 周囲に聞かれないよう、やや小声で言葉を交わした俺達。まあこの内容なら会話を聞かれても、船旅についてそれっぽく話しているように聞こえるだろ?

 まあ実際は別の話だって分かってるんだけどさ。


 ため息ひとつ漏らした後、俺はフードを取った。

 その顔には、魔導鋼まどうこうで作られた、顔の上半分を覆う装飾の入った仮面を付けている。


 付術具エンチャンター、増魔の仮面。

 これはその名の通り、体内にある魔力マナを強化してくれる優れた道具なんだけど、何気に変装にもこいつは一役買ってくれるんだ。

 というのも、これを付けるとその効果で、髪の色が白髪に変わるんだ。勿論地毛が変わるんじゃなく、高まった魔力の色でそう見えるだけなんだけどさ。


 普段の黒髪じゃないから、俺自身が見ても違和感バリバリ。念のため普段は束ねている少し伸びた後ろ髪もほどいているから、パッと見俺を知ってても別人に見える。


「やっぱりあんたにはそれが似合うねぇ」

「そんな事ありませんよ。この傷がなければ外していたい位です」


 どこか嬉しそうなシャリアに俺は苦笑する。

 正直、仮面を付けっぱなしなのは、俺にとっては違和感しかないからな。


 一応昔顔に酷い傷を負っていて、それを隠す為にこの仮面をしている話になっている。

 とはいえ、これのお陰でロミナ達の側に居てもばれないってのは本当に助かった。

 そうじゃなきゃ、気が気じゃなくってまともに冒険なんて出来ないからな。


 シャリアと海を見ながらそんな他愛もない話をしていると、背後で金属音がぶつかる音が耳に届く。

 俺達が甲板に振り返ると、そこでは執事服姿のディルデンさんとウェリックが、互いの愛剣を武器に稽古する姿があった。


 甲板は波で揺れる。

 そんな足場の悪い場所でも、ウェリックは持ち前の身のこなしで体を入れ替え、器用に二本の短剣で鋭く切り掛かり、ディルデンさんは逆にしっかり地に足を付けそれらを丁寧に長剣で受け流す。


 ほんと、二人共これだけで十分実力があるって感じるよな。

 実際、こないだのウェリックは闇術あんじゅつに溺れていたから色々大味な動きだったけど。ここまで丁寧に戦われて暗殺術まで挟まれてたら、俺も気を抜いたらあっさりやられてたんじゃないか?


「カルド。ウェリックのセンス、どう見る?」

「十分過ぎますよ。幹部にまでなった実力は伊達じゃない、という所でしょうか?」

「……きっとあいつも若いのに、苦労したんだろうね」

「……そうですね」


 少しだけしんみりするシャリアに釣られ、俺も少しだけ憂いある目を向ける。

 まあでも、やっとアンナと一緒に堅気の世界で暮らせてるんだ。これからはきっとその分幸せになるさ。


 そんな事を考えながらじっとその稽古を見ていると。


「うわー! ディルデンもすげーけど、ウェリックもすげーじゃん!」


 その動きに目を輝かせたのはやっぱりミコラ。

 耳をピンっと立てて、うずうずしながらその二人のやり取りを見つめている。


 と。ついに我慢できなくなったのか。

 あいつはシャリアの前に小走りに駆け寄ってくると開口一番。


「なあシャリア! 手合わせしようぜ!」


 なんて笑顔で言ってきた。


「ミコラ。あたしは今カルドと話し中なんだけど──」

「そんなの後でも出来るだろ? な? な?」


 ったく。お前は相変わらず戦闘狂だな。

 流石のシャリアも困ってるだろ。


「ミコラ様。でしたらわたくしとお手合わせ頂けますか?」


 そこに割り込んだのはアンナだ。

 相変わらずのメイド服。そして淡々と話す感じは、初めて会った時と同じ雰囲気を感じる。


「お! いいのか?」

「はい。わたくしでは力不足かも知れませんが、精一杯務めさせていただきます」

「やっりー! じゃあ早速やろうぜ! 俺達こっち側な!」


 めちゃくちゃ嬉しそうな顔で場所取りに向かうミコラに対し、アンナはちらりと俺を見ると。


「カルド様。わたくしの腕前も是非、ご評価を」


 なんて言って、少しだけ微笑む。

 っていうか、俺にそのアピール要らなくないか?


 ディルデンさん達の邪魔にならないよう距離を空けて構え、素手での二人の稽古が始まった。

 向こうの二人と違い、武闘家と暗殺者の戦いは軽快に体を入れ替えながらの素早い攻防。


 ……確かに。

 アンナの腕前は流石にウェリックを超えてるな。この足場の悪さでも、あのミコラの疾さにしっかり付いていってるじゃないか。


「アンナ、お前すげーなっ!」

「ミコラ様も流石にございます」


 かたや笑顔で。かたや涼しげな表情を見せている二人。

 これなら本気で後衛に徹しても良さそうだ。


 二人の稽古風景を見ていたシャリアがふっと笑う。


「しかし、あんたも随分あの子に好かれたね」

「え? いや、そんな事はないでしょう」

「こないだウェリックを連れて来た後の、あいつのあんたへの熱の入れようは異常だったよ。アンナがあそこまで本気で願い出た所なんて見た事ない」

「多分弟さんを助けられた恩じゃないですか?」

「さーて。どうかね」


 俺の戸惑いを見て、シャリアは悪戯っぽく笑う。


「ま。あんたも男なんだし、多少モテたっていいだろ? それとも本命でもいるのかい?」

「そ、そんな相手いないですよ!」

「ははっ。仮面の下まで顔を真っ赤にして。まったく、真面目だねあんたは」


 シャリアも相変わらず、何かあるとすぐこうやって揶揄からかってきやがる。ルッテかってんだ。

 少しだけ不貞腐れた俺を見て、嬉しそうに笑うシャリア。


 ……でも何でだろうな。

 やっぱりこの人が俺を見る目が、何となく人と違うような気もする。

 恋愛感情とかそういうんじゃなくって。何か、信愛……とでもいうのかな?


「やれやれ。ミコラは落ち着かんのう」

「何時も通り」

「確かにそうだね。ここだけの話、普段からずっと稽古に付き合うのはちょっと大変だったし、アンナさんに感謝しないと」

「シャリア。ごめんなさいね。貴方の従者をお借りしちゃって」


 と。ミコラへの苦言を口にしながら、ロミナ達が甲板を回り込みこちらにやって来た。


「気にしなくていいよ。アンナが自ら申し出たんだしね」

「師匠も声を掛けられてましたよね」

「まあね。でもこの間ちょっと手合わせしてやってから何度も何度も頼みに来るもんで、少しうんざりしてたのさ」

「ミコラ。きっとシャリア、お気に入り」

「好かれるのはいいけど、こっちも色々仕事もあるし、少しは休みたいからね」

「まあ確かに。あやつは面倒じゃからのう」


 互いに同じ想いを持っているかのように話す彼女達。

 勿論ロミナを始め、皆は俺の正体には気づいてない。


 ……封神ほうしんの島に、浮海ふかいの神獣ヴァルーケン、か。

 話を聞く限り、万が一封印が解けたらかなり危険な感じはする。

 ロミナ達が不安や恐怖にさいなまれてないか心配だったけど、今の所そんな感じは見受けられない。

 それが俺をほっとさせた。


 ……まあいいさ。

 シャリアのお陰で、気づかれずにこいつらの側にいるんだ。

 できる限りの事はして、皆が無事やる事やって帰ってこれるようにするだけさ。


 会話に入れず蚊帳の外の俺は、一人心の中でそんな決意をすると、皆に背を向け再び手摺りに両手を突くと、一人海を眺める事にした。

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