第六話:懐かしき時間

  コンコンコン


 三度扉をノックすると「どうぞ」というロミナの返事が届く。

 俺とアンナはそれを合図に部屋の中に入って行った。


 六人部屋らしく広々とした、高級さを感じる客室の中央にある、これまた高級そうな白い長テーブル。

 そこに私服姿で寛ぐロミナ達とウェリックが座っていた。


「カルド様をお連れ致しました」

「お待たせして申し訳ございません。カルドと申します。お招きに預かり光栄です」


 アンナと俺が丁寧にお辞儀をすると。


「あまり堅苦しくならないで頂戴。こちらへどうぞ」


 と、フィリーネがウェリックの脇の空き席へ着座するよう手で促す。

 俺達二人はそれに従い、アンナが俺のティーセットを並べ終えた後、彼女達六人と俺達三人は向かい合う形で腰を下ろした。


 ウェリックが露骨に緊張してるな。まあ何気に正面には美少女だらけだし、執事じゃなく扱われるのも慣れてないんだろう。

 まあ、正直俺は別な意味で緊張してるし、人の事は言えないけどな。


「カルド様。来て早々に申し訳ないのだけれど、失礼な質問をさせて頂いて良いかしら?」

「はい。何でしょう?」

「貴方、先日私やミコラと会っていないかしら?」

「はい。覚えてくださっていたのですか?」

「ええ。服装もそうだったのだけど、あの時見かけた錫杖を持っていらしたから、もしやと思ったのだけど。でも、まさか貴方がシャリアの知り合いだとは驚きだったわ。その節は本当に感謝しているわ」

「いえ、礼など不要です。偶然通りがかりに泥棒を避け損なっただけですから。あと堅苦しいのも苦手ですので、私の事は気軽にカルドとお呼び下さい」

「お気遣い感謝するわ。勿論私達にも敬称は不要よ」

「え? フィリーネってカルドと知り合いなのか?」


 俺とフィリーネの会話を聞き、ミコラが驚きの声をあげる。

 おいおい。お前、あの時結構近くにいたろうが。

 内心呆れた俺と同じ気持ちだったのか。フィリーネが露骨に呆れ顔をした。


「ミコラ、忘れたの? あのひったくりが転倒した時、協力してくださった方よ?」

「え? あ、その……あー! いたいた! 確かにいたよな! 悪い。しっかり忘れた。あはははっ」


 露骨に誤魔化すように頭を掻き苦笑するミコラ。

 ……お前、あいつ抑え込むのに夢中で絶対覚えてないだろ。


「カルド。雨の日、ありがとう」


 次に声をかけてきたのは、意外にもキュリアだ。

 彼女には名前を名乗ったし、少しは覚えてもらえてたって感じか。


「あ、いえ。あの日はお役に立てて光栄です。あの後無事、お屋敷まで辿り着けましたか?」

「うん」

「あれ? もしかして、キュリアが迷子になったのを助けてくれたのもあなたなの?」

「あ、はい。あの日偶然この方をお見かけしまして。気になって声を掛けさせて頂きまして」


 ロミナが少し驚いたので、素直にそれについて説明する。

 

「カルド、良い人」

「いえ。当然の事をしただけですよ」


 ストレートに褒められると、妙に気恥ずかしいな。

 思わずにやけそうになるけど、ここは我慢我慢っと。


「ほほぅ。ここまで我等と縁があるとは。面白い巡り合わせじゃな」

「こちらは緊張ばかりですよ。まさか皆様があのLランクの聖勇女一行だなんて思ってもみませんでしたから。元々ウィバンには何用で? やはりシャリアからの依頼でしょうか?」


 何となく話の流れを利用して、気になった事を聞いてみる。

 答え合わせみたいなもんだけどな。

 すると、これに答えてくれたのはロミナだった。


「私が少し体調を崩してたんだけど、やっと元気になったんで旅に出たんです」

「そうなのですか。ですが魔王も倒され平和になられ、皆様それぞれの生活を過ごされていたと噂に聞いておりましたが。何か心変わりでも?」

「……逢いたい人がいるんです」

「……逢いたい人、ですか?」


 俺の問いかけに、ロミナは幸せそうにはにかむ。


「昔、私達を助けてくれた恩人がいるんです。その人が別れ際に『会いたかったら自分を探してみろ』って言って去って行って……。私はその人に、どうしてもお礼を言いたくって。それで、彼を探しているんです」

「そうなのですか。いつか、巡り会えると良いですね」

「はい。ありがとうございます」


 俺は何とか彼女に微笑み返すと、心の内を出さないように紅茶を口にして誤魔化す。


 ……ったく。

 本当に、俺を探してくれてるのか。

 俺が口にした、あんな無茶な約束の為に……。

 シャリアから聞いていたとはいえ。改めて本人から聞くと、心にくるものがあるな。


「そういえば、カルドはカズトという武芸者に心当たりはない?」

「……いえ、残念ながら。お役に立てず申し訳ございません」

「いえ。気にしないで。こちらこそ急にごめんなさいね」


 俺がそう返すと、少しだけ残念そうに。だけど気丈にロミナは笑みを見せる。

 その表情に、少し胸が痛む。


 ……ごめんな。ロミナ。

 だけど、やっぱり今の俺のままじゃダメだ。

 もし、未来の再会を夢見るとしても、せめてお前を心配させないように、心の傷位は何とかしないと……。


「それより皆、早くケーキ食べようぜ! これ以上お預けなんて辛すぎるって!」


 と。何処かしんみりした空気を吹き飛ばすように、空気を読めないミコラが思わず叫ぶ。


「相変わらず食い意地張っておるのう」

「美味いもの食えるんだから仕方ないだろ? 何ならルッテの分も貰ってやろうか?」

「やる訳なかろう。まったく」


 ミコラの悪びれない態度に呆れ顔でルッテが返す。そんなやり取りが、ロミナや俺の表情をも思わず綻ばせた。


「私も、早く食べたい」

「そうね。じゃあ皆、そろそろ頂きましょうか」

「そうしましょ。では。いただきます」


 ロミナの言葉を合図に皆がケーキにフォークを入れ、各々に食べ始めた。誰もが至福の顔をした時点で、その味は充分伝わるだろ。


 俺達はケーキを食べつつ、皆と色々な話をした。


 ケーキの美味しさについて皆で感想を語り。

 稽古で見たウェリックやアンナ、ミコラの腕前を褒め称え。

 この先の冒険について少し真剣に語ったり。

 それに飽きたミコラが、ウィバンに戻った時の為の観光名所をアンナ達に尋ね。

 そこでまた食べ物の話をしだすミコラに皆が呆れ。

 でも、皆が楽しそうに笑い合う。


 ……それはまるで、夢のような時間だった。


 数ヶ月前、ルッテ達と旅をした時にも確かに感じたけれど。

 聖勇女パーティーが全員揃い。時に笑い、時に真面目に、時に呆れて話す姿を見ながら、俺は懐かしさばかり感じていた。


 同時に普段通りに話せない、カルドとしての自分に対する歯がゆさと距離に、少し切なくもなったけど。今は仕方ないさ。


 でも、本当に。やっぱりほっとするな。

 魔王を倒し。魔王の呪いを解いた今。

 誰一人欠ける事なく、ここで笑顔になっているロミナ達を見られるのは。


 ……シャリア。ありがとな。

 本当に感謝してるよ。

 お前が俺に目を掛けてくれたから、こんな時間を過ごせたんだよな。

 だからちゃんとこの冒険、期待に応えてやるよ。

 誰一人失う事なく成し遂げる為にさ。


 ……ま。流石にあんたの右腕には、ならないけどな。

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