第三話:船の上にて
アンナが押しかけてきた日から三日。
俺は最近着慣れた聖術師の術着姿で外に出て、フードを被ったままぼんやりと海を眺めていた。
潮風は暑さを和らげる涼しさをもたらしてくれて心地よい。
天気は快晴。絶好の海日和……なんだけど。
周囲を見てもただの大海原。陸地なんて見えやしない。
そう。
俺はシャリアの所有している大型帆船、
船旅なんて久しぶり。普段だったらテンションもあがる所なんだけど、残念ながら今はそうもいかない。
何故かと言えば……。
「お! あれクジラか?」
「あれはイルカね。きっと私達を歓迎しているのね」
「あれ、可愛い」
「うん。凄く愛嬌あるよね」
「しかし奴らは賢いのう。あれだけ綺麗に並んで泳ぐとは。どこぞの獣人とは違うのう」
「おいルッテ。喧嘩売ってんのか?」
「こーらー。二人共仲良くして。師匠のお付きの人達もいるんだから」
そう。
今この船にはシャリアやアンナ、その従者だけでなく、彼女達も乗ってるんだ。ロミナ達聖勇女パーティーが。
……ったく。
気楽にウィバンを楽しむ計画が、どんどん窮屈になってるじゃないか。
まあ、自業自得な所もあるけどさ……。
俺は海風にため息を漏らすと、甲板と海を隔てる木製に手摺りに寄り掛かり、船と並び羽ばたく
俺が何でこの状況にいるのかと言えば、それはシャリアからの依頼があったからだ。
§ § § § §
あの日の昼。
シャリアとまたも宿のレストランにあるVIPルームに入ったんだけど、今回は二人っきりじゃなく、アンナ、ウェリック、ディルデンさんも同席していた昼食の場。
「あたし達と、
皆で食事を終え、一服した後に向けられたシャリアの表情は真剣だった。
「
「ああ。よく知ってるね」
「まさか商人らしく未知のお宝狙いか? それだったら俺はパスしたいんだけど」
「いや。そんな話だったらお前の手を煩わせる気はないさ。実は、最近ちょっと気になる事があってね」
「気になること?」
「ああ」
一旦そこで出されている紅茶を口にした彼女が本題に入った。
「あそこの島の名の由来は知ってるかい?」
「いや。名前しか」
まあ二年前にこの世界に来たってのもあるけど、結局クエストで行くのってロムダートを中心とした大陸が殆どだったし、船旅なんてたまにあった程度。
結局行く機会もない場所の情報なんて、噂程度の話しか知らないことの方が多い位だ。
「あそこにはその名の通り、神に近しい存在が封印されているんだ」
「神に近しい……って、四霊神みたいなもんか?」
「ああ。ただ、その存在はより危険だけどな」
「危険……って、どういう事だ?」
「カズト。神獣は知ってるかい?」
「ああ。四霊神同様、世界の何処かにいる強大な力を持つ幻獣だろ。でもあれも噂話でしかないよな?」
「一応な。だがここだけの話、奴らの一部はその存在を知られてるんだ」
「どういう事だ?」
何処か緊張した面持ちを見せるシャリアに釣られ、俺も声を低くする。
「……カズト。お前にだから正直に話す。だが、誰にも口外はするな」
「……ああ」
しっかりと頷いた俺に、真剣さは崩さず彼女も頷き返すと、ゆっくりと語りだした。
「
「つまり、そこには神獣が封じられてる、って事か」
「ああ。そして最近ウィンガン共和国の評議会では、それに対してちょっとした疑念を持っていてな」
「それって?」
「その封印が解けかかっている可能性さ。お前が来てからも一度、朝から雨が降っただろ」
「そういえば。でも一年でもたまにある話なんだよな?」
「あるにはある。だがたまにじゃない。稀に、だ」
稀に?
いや、稀でも
って事は……。
「最近、それが増えているって事か?」
「ああ。ここ三ヶ月で十度。他の地域ならむしろ少ないって話になるが、ここじゃ違う。ちょっとしたスコールなら幾らでもあるが、朝から長らく雨が降るなんてのは、まずありえないんだよ」
「……つまり、その原因は封じている神獣の力だっていうのか?」
「そういう事だ」
……なんかまた、随分突拍子もない話だな。
「ちなみに、その神獣ってのは?」
「
「ヴァルーケン……」
復唱してみるものの、ピンとこない名前に、相当冴えない表情をしたんだろうな。
ディルデンさんが、普段通りに落ち着いた雰囲気のまま、こう説明してくれた。
「海や雨を司る神獣にございます。一節ではその姿は水で
「……はぁっ!?」
ちょっと待て?
ダークドラゴンや最古龍だって相当やばい話だったけど、今のってその比じゃないんじゃないか?
ディア達はあくまで遺跡にいて
「勿論そんなやばい奴の封印が解けたら、どうなるかわかったもんじゃない。だから状況を確認して、封印が解けそうであれば改めて封じる必要があるのさ」
「それでダンジョンの最深層を目指すってのか?」
「ああ。一応ディルデンもSランクの魔術剣士。アンナはAランクの暗殺者。そしてウェリックは正規冒険者の登録を済ませたばかりでランクこそ低いが、実力はディルデンも認めてる。ただ、残念ながらうちには聖術師や精霊術師といった回復や補助の要員が不足してるんだよ」
「別にお前のコネなら、冒険者ギルドで優秀な術師位見繕えないか?」
「そりゃね。だけどあたしは、出来る限り信頼できる奴で挑みたいんだ。あたしに勝って、アンナやウェリックを救ったあんただからこそ、信頼できる」
まあ、俺にその価値があるかは分からなけど、仲間だと言ってくれたし、その気持ちは有難い。
でも俺は元々術師じゃないし、何より問題だって抱えてる。
「それは嬉しいけどさ。俺とパーティーを組むってのは、どういう事になるか分かってるよな?」
俺は敢えて、他のメンバーに俺が
「ああ。勿論分かってるし、あんたを苦しめたくもないさ。だからパーティーを組まず、支援に回ってもらいたいんだよ」
「……まあ、それでいいなら、いいんだけど……」
正直、術ならフィリーネやキュリアから得た力もあるからな。
本職ではないとはいえ、それは何とかできる気がする。
ただ……何処か彼女の冴えない顔に浮かぶ影を見て、俺の中に嫌な予感が過ぎった。
……よく考えたら、今この街には俺なんかより、よっぽど適任の冒険者達が滞在している。
シャリアは口にしなかったけど、そのメンバーに白羽の矢が立つ可能性があるんだけど……最悪の場合、神獣とやり合うかもしれないって事は、相当な危険が付き纏うはず……。
「ちなみに、この話はロミナ達に話したのか?」
俺は少し不安な顔でそう尋ねる。
もしあいつらが誘われてたら、彼女達がまた、恐怖や不安に
すると、シャリアは恐ろしくバツの悪い顔を見せた。
「……あいつらには、既に話してる。っていうか……あたしの部屋でここの皆に説明していたのを、
「……で。あいつはどんな反応をした?」
「……私達もお供したい、だとさ」
……やっぱりか。
ロミナは正義感もあるし、師匠に手を貸すって言い出すよな。
勿論戦力としては十分過ぎる程。だけど、シャリアの顔は何処か冴えない。
「……弟子は、巻き込みたくなかったか?」
「……ああ。この間食事時にあいつらと話した時に聞いたんだ。魔王との戦いは本当に怖かったし辛かったって。最悪神獣とやり合う事になれば、同じだけの恐怖を感じさせるかもしれない。できりゃあ避けたかったんだけどな」
「ロミナ以外にも話したのか?」
「勿論さ。危険だから止めとけって釘も刺した。だけどあいつらは言うんだよ。『その前に何とかすれば良いだけだから』ってさ。強がってるのかもしれないが、そこまで言われると無碍にできなくてね」
憂いをはっきりと顔に出し、ため息を漏らす彼女の気持ちは痛いほど分かる。
そして、恐怖があろうと乗り越えようとする、あいつらの勇気もな。
「つまり、さっきのは建前か」
「……悪い。あたしはあんたの実力を聞いてる。だから万が一の時には、その力を貸して欲しいのさ。もしもの時、誰も失いたくないからね」
……まったく。
お前、その顔は俺を誘う表情じゃないだろ。
そう強く思ってしまう位、シャリアの顔にはっきりと浮かんでいたのは、露骨な位の申し訳なさ。
分かってるよ。
もしかしたら俺がロミナ達に気づかれる可能性や、それこそ正体を明かしてでも力になるべき可能性も天秤にかけて、それでも苦渋の決断をしたってのはさ。
本当に弟子想いのいい奴だよ。お前は。
「気にするな。もしもの時にあんた達やあいつらを助けられるなら、俺は願ったり叶ったりさ。ただ、簡単に正体を明かしたくはないから、条件だけは付けさせてくれ」
未だ申し訳なさが色濃いシャリアを安心させるように笑った俺は、そこで条件について話し出したんだ。
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