第二話:初めて
こうして仲間として共にいる事になった俺とアンナは、彼女が運んでくれた朝食を、テーブルに向かい合い座り食べ始めた。
「そういやもしかして、肩や腕の手当て、寝ている内にしてくれてた?」
昨日の生命回復の術で回復しきれず、残っていた肩や腕の短剣の刺し傷。
結局昨日はアンナ達と街中で別れた後、宿に帰ったら疲れ切って、何とか着替えだけしてそのままベッドに横になっちゃってたんだけど。さっき気づいたら綺麗に包帯で手当てされてたんだよね。
「はい。流石に術で治りかけとはいえ、衛生上よくありませんでしたから。もしや起こしてしまいましたか?」
「あ、いや。それは全然。なんかごめん。来てくれた矢先に手間ばっかりかけてさ」
「お気になさらないでください。これもまたメイドの務めですので」
仲間でとお願いしたせいか。口調の割に彼女の表情が柔らかい。
うん。正直この方がちょっと助かるな。
格好はメイドだけど、どこか良家のお嬢様と話している気分にさせられるのは、彼女のこの柔らかな物腰もあるんだろう。
「ちなみにこのリゾットって、宿のレストランで出しているの?」
「いえ。理由をご説明し、厨房をお借りして
「いや。寧ろ凄く美味しいよ」
「喜んでいただけて光栄です。昨晩ウェリックが使用した毒が抜けきっていない可能性もございましたので、多少薬草など混ぜ込んでおりまして。苦味などないか心配にございましたが」
「苦味はあるけどほんの少しだし、塩気とのバランスが良くて癖も強くないから、とても食べやすいよ」
ほんと、これなら薬膳として毎日食べても食べ飽きないんじゃないかな。
ちょっと物は違うんだけどさ。
向こうの世界で孤児院暮らしの時、新年になるとシスターが七草粥を作ってくれたんだけど、シスターには悪いけどあれが本気で苦手でさ。
そのせいで、薬膳とかも勝手にそんな苦味の強い料理ってイメージを持っていたから、そうじゃなかった事にほっとしてたりする。
……あれ? そういえば。
その時、ふっと脳裏に蘇った疑問があった。
「そういや昨日の事で、ちょっと気になった事があるんだけど。聞いてもいいかな?」
「はい。何でしょう?」
「昨日俺、解毒剤を飲んだ気がするんだけど、飲ませてくれたのってアンナ?」
素朴な疑問をぶつけた瞬間。
アンナはぽんっと音が出るんじゃないかって勢いで、顔を真っ赤にした。
「あ、あの……はい。
真っ赤になり俯き、もじもじと落ち着かないように白いエプロンの裾を弄り出す。
……アンナがこんな反応を見せるなんて、今までの彼女から想像できない……っていうかさ。
何でこんなに恥ずかしがって……ん? ちょっと待て。
あの時、まだ頭がぼーっとしてたけどさ。
何かが唇に触れて……口に液体が入ってきたよな?
今思い返すとあの時の感触、瓶みたいな硬い感じ、なかったような……。
……いやいや。まさか……。
「えっと、聞いて良いのか分からないけど。その……もしかして、もしかしたり……する?」
「……は、はい。大変申し訳ございません。あの毒はカズトの命に関わるものでして……し、しかも、既に貴方様の意識もありませんでしたから……その……止むなく……」
歯切れ悪く続いた言葉は、先に行くほどに声が小さくなり、最後はもう消え去りそうな呟きになる。
……まじか……。
いや、確かに麻痺毒ってウェリックが言っていたし、あの時は
麻痺毒って、確かに身体が少しずつ痺れて動かなくなるんだけど、放置するとそのまま心臓も止まる、この世界では結構やばい毒なんだ。
だからこそ俺はあんな事になった訳だし、助けてくれたアンナに非は一切ないんだけど……ただひとつ、不安な事もある。
「あ、あの。き、気分悪くしたらごめん。その……アンナって、初めてだったり、する?」
「……は……はい……」
それはもうか細い声で、未だ俯いたままアンナが答える。
……初めて……初めて、か……。
急を要したとはいえ、本気で悪いことしたよな……。
「その……本当に、ごめん。俺がもっとちゃんとしてたら、こんな事にならなかったのに……」
罪悪感が一気に強くなり、俺も俯いたまま謝罪する。
「……そ、それは構いません。貴方様はウェリックを救う為に尽力してくださりましたし、
……頼むよ。申し訳なさそうな顔で上目遣いでこちらを見てるけどさ。
少しは自覚してくれよ。アンナ。お前美人なんだぞ? 破壊力やばいんだぞ?
「あ、うん。大丈夫。俺もその、初めてだったから」
ほら! 俺もテンパって何言ってんだよ!?
何が大丈夫なんだよ!? パニくり過ぎじゃねえか!
そのせいでアンナも困った顔したじゃないか……。
「……あの……由々しき事態だったとはいえ、その……大変申し訳、ございませんでした……」
「あ、いや。それはお互い様だし……。その、お陰で生きてる訳でさ。……でも、何かその、ごめん……」
互いにその後の言葉が続かず、気まずい沈黙だけが続く
……ああっ! もう!
ダメダメ! 何とか流れ変えないと!
「そ、そういえば。あの後ウェリックをシャリアには会わせたのか?」
咄嗟に俺は、気になっていた事を彼女に尋ねてみる。
昨日あれだけ大口叩いておいて、シャリアが受け入れなかったなんて言われたら、元も子もないしな。
突然の質問に少し戸惑いを見せたものの、アンナは何とか顔を上げてくれた。
「あ、はい。カズトが仰られていた通り、開口一番こちらで働くように、と笑顔で仰ってくれました」
「そっか。ウェリックは戸惑ってなかった?」
「それはもう、とても驚いておりました。あまりにさらりと受け入れられておりましたから」
「それで、あいつは納得した?」
「いえ。だからこそ弟はその理由を尋ねておりましたが、『カズトが信じた相手なんだから』という一言で片付けられました」
「やっぱりか。相変わらずだなぁ、シャリアは」
「本当ですね」
その時の事を思い返したのか。
彼女は先程までの恥ずかしさを忘れ、ふっと微笑む。
ウェリックの戸惑った顔と、シャリアのドヤ顔が容易に想像できたせいで、釣られて俺も笑ってしまう。
と。彼女はふと、何かを思い出した顔をした。
「あ、申し訳ございません。シャリア様からご伝言を賜っておりましたのを失念しておりました」
「シャリアから?」
「はい。本日昼頃こちらに伺おうかと思っていらっしゃるようで、
「昼食、か……」
俺は少しだけ答えに窮した。
いや、別に昼食を共にしたくない訳じゃないし、今日は一日休もうと思ってたから時間はあるんだけど。
ただ、この間の朝の件もあって、何か引っ掛かるんだよな……。
「何かご予定でも?」
「え、あ。いや、全然。後でシャリアに分かったって伝えて貰えるかな?」
「はい。承知しました」
勝手な想像だけど、多分また何かあいつから話がありそうな気がするんだよ。
まあ、とりあえず色々覚悟しておくか。
俺はそう思いつつ、冷めない内に残りのリゾットに手を付け始めた。
……しかし……初めて、か……。
正直よく覚えてないけど……こんな形で経験するとは……って、もう忘れろ俺!
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