第三章:偽りの身
第一話:心的外傷《トラウマ》
月夜の中、襲い来るウェリックの闇の翼が、俺の刀を掻い潜り腕に触れる。
呪いで感じる強い痛みが走った刹那。
「何故。何故あなたは!」
突然目の前に現れたのは、盾を構え、剣を振りかざそうとする、涙顔のロミナだった。
彼女の聖剣を見て、俺の身体が恐怖に竦み、動きが止まる。
これを喰らったら、俺はまた死ぬのか?
心に強く走る怯えのせいで、身体は動かない。
そんな中、泣きながら振り下ろされた彼女の聖剣を、ただ俺は目を見開き、恐怖したまま見つめる事しかできず。
そのままロミナは、俺を──。
§ § § § §
「うわぁぁぁぁっ!!」
俺はベッドの上で飛び起きた。
寝間着すらびっしょりとなるほどの冷や汗。
まるで、死を経験した時のように荒くなった呼吸。
……俺は、生きてる……よな……。
慌てて自分の身体を確認すると、寝間着姿の俺は、昨日の治り切ってない傷こそ手当てされ残っているけど、勿論死んでなんていない。
その事実に胸を撫で下ろすものの、正直心は晴れなかった。
……
たまにこんな夢を見る事がある。
ロミナを救うための試練で、彼女に何度となく殺され。死の痛みだけを感じ続け、それでも死ねなかったあの時が重なる夢。
この間の昼の件もそうだけど、今でもあの試練は地味に
別にロミナを恨んでなんかいないし、恐れてもいない。
彼女の顔を見られて、嬉し泣きするくらいだからな。
そして彼女がきっかけでこの夢を見たわけでもないはずだ。
もしそれがきっかけだったら、数日前に見かけた時点でうなされてたはずだろう。
……きっと、あの
あれで傷ついた時も、まんま呪いのような痛みだった。その痛みのせいで、心に刻まれた痛みを思い出したかも知れない……。
息を整える為に大きく深呼吸した後、俺は意味もなく自分の
……正直、ロミナが俺を探してくれているのは嬉しいし、俺もできれば再会したい。
シャリアに語ったのは嘘偽りない本音だ。
だけど……もし、こんな姿をロミナの前で晒したら、あいつはきっとショックで落ち込むだろうし……それは、嫌なんだよな……。
……くそっ。
最近少しこの夢を見なくなって安心してたのに。
まったく。情けない。
自分の弱さに悔しくなり、俺はぐっと奥歯を噛み、拳を握る。
と、その時。
急にノックもなく部屋のドアが開いた。
そこに立っていたのは、料理をトレイに乗せ持っているアンナさん。
「カズト様! いかがなされたのですか!?」
俺が思った以上に疲弊していたように見えたのか。
それとも顔色が相当悪かったのか。
彼女が慌てて近くのテーブルにトレイを置くと、ベッドまで駆け寄ってきた。
「いや、ごめん。ちょっと怖い夢見てうなされただけだから。大丈夫」
「もしや、昨日のウェリックとの戦いで……」
「違うって。ほら、俺普段も結構怖い夢見るんだよ。巨大な虫に襲われる夢とかさ」
何とか安心させようと冗談交じりに話すも、彼女の表情が変わらない。
まったく……。心配しすぎ──って、あれ?
俺はふっと時計を見る。
今は大体朝の九時。普段よりは遅い時間に起きている……って話はいい。
何でアンナさんがここにいるんだ? しかも俺、部屋に鍵掛けて寝てたよな?
「えっと、アンナさん」
「カズト様。
「へ?」
「昨晩はそう呼んでくださったではありませんか。敬称など不要にございます」
……あ。
俺は改めて口にされた事実に、反省を顔に出し頭を掻く。
ったく。俺ほんとダメだな。シャリアの時と同じじゃないか。熱くなるとそういう所すぐすっ飛ぶんだよ……。
「えっと、あの、ごめん。昨日はその、ちょっと真剣になっちゃって……だからむしろ申し訳ないっていうか……」
「いいえ。問題ございませんよ。
そうか。アンナさんは俺の専属のメイドだから大丈夫か……へ? どういう事だ?
今、話がいきなり訳のわからない方向に飛躍した気がするんだけど……。
「えっと、アンナさん」
「アンナで結構です」
「あ、う、うん。じゃあ、アンナ。さっきの言葉、俺の聞き間違いじゃないよね?」
「はい。
「……へ? 何で?」
俺が相当戸惑った顔をしたのがおかしかったのか。
アンナはくすりと笑った後、真剣な顔をこちらに向けた。
「
「それで鍵も開けられたのか……って、いやいやいやいや。別にそんなの気にしなくっていいから!」
「いえ。それでは
彼女はそう言いながら、すっと床に正座し平伏する。
……おいおい。
どういう事だよこれ。
俺は一人気ままにバカンスを楽しみに来ただけなんだぞ?
それが何で大商人に目をつけられて、メイドまで宿に押し掛けるってどういう事だよ!?
「あの……アンナ。頭を上げてほしいんだけど……」
「カズト様が
彼女は頭をあげずそう言い切る。
「はぁ……」
俺は自然とため息をつく。
何となくだけど。最初に会った印象から、こうなったら
正直、そんな責任感じてほしくないんだけれど、このままこうしておく訳にもいかないし……。
はぁ……。
仕方ないか……。
「……分かったよ、アンナ。俺の負けだ。顔を上げてくれ」
俺の言葉に彼女はゆっくりと頭を上げる。
凛とした表情はやっぱりメイドだよなぁ。
「あのさ。世話になってもいいけど、お願いがある」
「何でしょうか?」
「その……できたら、メイドと主人みたいな主従関係は避けたいんだけど」
「それでは
「あ、うん。それは分かってる。だから、さ……」
……うーん。
こういうの口にするの得意じゃないんだよ。
俺は目を泳がせ頬を掻くと、恥ずかしさを誤魔化すように苦笑する。
「あのさ。この街にいる間、メイドじゃなくって、仲間として側にいてくれないか?」
「仲間として……ですか?」
ほら。きょとんとされた。
分かってるよ。変な事言ってるのは。
「うん。あ、パーティーを組めとかいう話じゃなくって。できればウェリックと話している時みたいに、普段のアンナらしくいて欲しいんだ」
「
「……気づいてるかもしれないけど、正直言うと、こういう身分違いみたいな関係って苦手でさ。その状況でずっと側にって言われても、逆に俺が困りそうで。だから俺の事はカズトって呼んで欲しい。そうしたら俺もアンナって呼びやすいし。あと、世話もまったくするなって訳じゃないんだけど、こっちにも気を遣わせて欲しいんだ。そうでないとどうも息苦しくって……」
「……ふふっ」
あーもう!
どうせ俺が顔を赤くして困ってるのを見て笑ったんだろ。分かってるよ!
こういう話、
まあ、あれは向こうに誘われたのもあるし、あいつらは最初から、容赦なく馴れ馴れしかったのもあるけど……。
「カズト様……いえ。カズトはお優しいのですね」
「そんな事ないって」
「いいえ。本当にお優しいです。まるでシャリア様のよう」
「シャリアみたい?」
「はい。
「あー。確かに言いそう……」
「勿論お屋敷のメイドの中にはシャリア様と親しげに話される方もおります。ただ
「……恩義があるから?」
「それもございますが、何より
……うーん。
この流れだと、俺の提案も却下されそうか?
無理に説得は流石に可哀相か……。
「……じゃあ、やっぱりダメ、かな?」
俺が少し残念そうに言うと、アンナは微笑みを絶やさず首を横に振った。
「いえ。ただ
「……うん。それで良いよ。ごめん、無理言って」
「そんな事はございませんよ。こちらこそ
「こっちこそ。ありがとう、アンナ」
……普段なら絶対に断るんだけど。
正直、さっきの
ほんと。心が弱いのは困りもんだ。
予想外の申し出だったけど少し助かったかも、なんて思いながら、俺は座ったまま微笑む彼女に、同じように笑みを返したんだ。
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