第七話:姉弟で共に

 ……ん?

 ……何かが、唇に……触れている?


 ……口の中に、何か……どろりとした物が、入ってくる。

 味は……よく、分からない。けど……窒息するのも、嫌だな。

 何とか、少しずつ……飲み込んで、みるか。


 ……何とか喉を通り、胃に入っていく液体。

 それが、少しずつ俺に何か力をくれ、何から解放してくれている気がする。


 これ……解毒剤、か?

 手に力を入れ握ってみる。……確かに、少しぎこちないけど、動くな。


 唇に重なっていた何かが離れたのを感じ、俺はゆっくりと目を開けた。


「カズト様!」


 ランプの淡い光に照らされ見えたのは、目の前にあるくしゃくしゃのアンナの涙顔。だけど、そこには強い安堵が浮かんでいる。


 ……俺は無事、って事か……って、あいつはどうなった!?


「……アン、ナ……。ウェリックは、無事か?」

「……はい。無事でございます」


 感極まり、またも涙する彼女を見て、俺は少しほっとする。

 どうやら、うまく斬れたみたいだな。


 流石にロミナとの戦い以来、あの技は使ってなかったからな。

 もし失敗すれば、ただ人を斬り殺すだけの技になりかねない。だからこそ常に不安があるし、不安を消し飛ばすだけの覚悟もいる。


 この戦いで、最初っからウェリックを叩きのめしにいかなかったのも、俺が覚悟を決める為の時間。

 結局、俺は臆病者だからな。ま、だからCランクなんだけど。


「カズトさん」


 俺の耳に届く、殺意なんて感じない爽やかな声。

 顔を横に向けると、そこには正座をして俺に申し訳ない顔を向けている、先程までと打って変わったウェリックの姿があった。


「貴方の刀が、僕を救ってくれたんですか?」

「どう、だろうな。ま、多分。お前を大事に思ってる、姉の祈りでも……通じたんだろ」


 少しずつ取れてきた麻痺に、やっと口が回るようになってきた俺は、そんな事を言いつつ奴に笑ってやる。

 もう闇の禍々しさは感じない。これなら、少しは腰を据えて話も出来そうか。


 俺はゆっくりと上半身を起こしたんだけど。


「ぐっ!」


 瞬間。肩に走る痛みで一気に目覚めた。


 痛ってぇっ! って、そりゃそっか。

 さっき肩に短剣受けたの、しっかり忘れてた……。


「大丈夫でございますか!?」

「ああ。なーに。こんなすぐ治せるさ」


 咄嗟に身体を支えてくれたアンナの心配そうな顔に思わず苦笑すると、ふとあることを思い出す。


「ウェリック。お前、脇腹は大丈夫か?」


 刀の峰を振るったとはいえ、手加減はしなかったからな。


「流石に今でも強く痛みますが、大丈夫です」

「そりゃダメだな。ちょっと動くなよ?」


 苦笑した彼に、俺は詠唱はせず手を伸ばし、聖術の生命回復をウェリックに向ける。

 すると、彼の身体が淡い光に包まれた。


「カズトさん。これは……」

「安心しろ。ただの聖術だ」

「い、いえ、そういう意味ではなく。武芸者のあなたが何故こんな力を? それに先程の戦いで、あなたは何度も死んだって──」

「ウェリック。カズト様について、余計な詮索はしない事。勿論ここであった事は誰にも話してはダメ。いい?」

「あ……うん。分かったよ。姉さん」


 彼女の言葉で何かを察したのか。真剣な顔で頷くウェリック。アンナの気遣いはほんと助かる。

 正直、語りたくない事もあるからな。そこに踏み込んでこない彼女は、色々心得てるなって感心するよ。

 

 しかし、今までメイドとしてのアンナしか見てなかったから、ちょっと姉としての彼女が何処か新鮮だな。

 っと。それより今は回復に集中しないと。


 俺が時間をかけて生命回復を続けていると、途中でウェリックは自らの身体を捻ったりしながら、痛みがないか確認する。


「カズトさん。もう大丈夫です」

「そっか。分かった」


 俺は一息き一旦術を止めると、そのまま自身の傷口に手を当て、自分にも生命回復を始める。流石に結構魔力を使ったからな。やれる所までにするか。


「カズト様。この度はウェリックが本当に酷い事を──」

「それはいいさ。それよりウェリック。お前はどうして組織が壊滅した時、アンナと一緒に行かなかった? それにどうやって闇術あんじゅつの力を手にしたんだ?」


 俺は術を維持しながら、気になる事を尋ねてみた。

 彼は少し表情を曇らせながらも、少しずつ話し出した。


「……暗夜あんやの月光団は確かに壊滅しました。ですが、あの組織を恨む者はそれなりに多かったんです」

「……まさか、ウェリック。貴方は……」


 悲壮な顔を浮かべたアンナに、口を真一文字にし、ウェリックが頷く。


「僕は、暗殺者じゃなくなった姉さんを危険に晒したくなかったんです。だから万が一の事も考え、その者達を消す為に、一人暗殺者として動いていました」


 は!? まじかよ……。

 こいつ、姉が平穏に堅気の生活ができるように、たった一人でそこまでしてのけたってのか?

 流石のアンナも、これにはショックで言葉が出ない。


「ですが、最後の一人がどうしても、自分の腕で太刀打ち出来る相手じゃありませんでした。そんな時、噂に聞いたのです。力を与えてくれるという術師の話を」

「それが、闇術師あんじゅつしだったのか?」

「はい。僕はその男を何とか見つけ出し、身体に術式を施して貰い、破滅の闇翼ルイン・セラフを手に入れました。ですが同時に、その呪いで心に強い欲が湧き上がるようになったのです」

「……そこまでしてアンナを護りたいって、思ってたんだな」

「……結果こんな事をして姉さんを泣かせたんです。褒められたものじゃありません」

「それで、闇術師あんじゅつしは?」

「……湧き上がった殺意に任せ、僕が殺してしまいました。あの人は死の間際も喜んでいましたよ。僕は最高傑作だった、と……」


 ……ったく。

 あいつらは本気でいかれてやがる。

 人を呪いで苦しめて、こうやって喜ぶ。

 魔王と同じ系統の力だからこその狂いっぷりが、俺は正直大っ嫌いなんだ。


「僕は結局その力で、最後の標的だった人物も殺しました。ですが、全ての者を殺してでも姉さんを守りたいという、捻じ曲がってしまった想いを止められず、結局ここまでやって来てしまったんです」

「それでも直接シャリアの屋敷にまで乗り込まなかったのは、お前もギリギリ理性で踏ん張ってたって所か?」

「……街の人達や、姉さんの知り合いを巻き添えにするのは避けたいと必死に葛藤していましたが、それが理性と言えるかは分かりません。結局姉さんを殺しの道に引き戻そうとしましたし、別の手段で奪い取ろうとも考えたのですから」

「いや、充分踏ん張ったさ。確かに俺と戦い出した時の狂気は本物の闇術あんじゅつもとにあったけど、それを直前まで抑え込んだんだ。お前は立派だし、強い奴だよ」


 俺は自身への生命回復の術を解くと、歯がゆさばかり顔に見せるウェリックの肩を、ポンっと叩いた。


「アンナ。悪いが止血を手伝ってくれ。もう魔力マナがないから、後は宿まで戻ってから何とかする」

「……はい。承知しました」


 ウェリックは未だ悔やんだ顔してるし、アンナも責任感じた顔で、ハンカチを取り出して腕に巻いてくれる。


 まったく。二人揃って似た者同士だな。

 俺は思わずふっと笑う。


「二人共、そんなしけたつらするな。お前達はこれから一緒に暮らせるだろ?」

「……いえ。僕にそんな資格なんて──」

「アンナ。まずはちゃんとこいつをシャリアに会わせろ。そしてこう伝えてくれ。『こいつの真面目さは執事に向いてるから、ディルデンさんにでも付けて教育してやれ』ってな」


 ウェリックの言葉を遮って話した内容に、二人が驚いた顔をする。

 おいおい。何て顔してるんだよ、まったく。

 俺は呆れた笑みを彼女達に向けた後、ウェリックをじっと見た。


「いいか? これは俺の勘だけどな。シャリアはアンナがお前を連れて行ったら、絶対お前をスカウトしてくるぞ。しつこいくらいにな。そしてお前達を一緒に暮らせるよう計らうに決まってるさ。超が付くほどお節介だからな」


 アンナが手当てを終えたのを確認すると、俺はゆっくりと立ち上がる。

 流石に身体が重いし痛みもあるけど、宿まで歩くだけなら何とかなるだろ。


「ウェリック。お前はこれまで散々苦しんだし、色々負い目もあるだろ。でも、姉を護りたい気持ちは変わらなかった。ならその想いだけは忘れず、アンナの気持ちを汲み取って一緒にいてやれ。そしてこれからもちゃんと護ってやるんだ。ま、その代わり、きっと護りたくなる奴が増えるだろうけどな」


 そうさ。

 アンナが居心地よくあの屋敷にいるのと同じ気持ちをしっかりと味わえ。

 正義感のあるお前だったら、きっとそこにいる皆も護りたくなるさ。


 釣られて立ち上がった二人に俺が笑うと、アンナはまた嬉しそうな笑みのまま涙目になり。ウェリックは真剣な顔を向けてくる。


「さて。じゃ、帰るか」

「はい。カズト様」

「……本当に、良いんですか?」

「ウェリック。そろそろ腹を括れ。じゃなきゃ俺がここまで傷ついた甲斐もないだろ?」


 そういうと、俺はゆっくりと先導するように歩き出す。


 ……何とか生き残れて、アンナに望む未来を見せられた。

 これで良かったよな。アーシェ。


 俺は、力を貸してくれたであろう彼女に感謝しながら、遠くで灯りに照らされるウィバンに向け、二人と共に帰って行ったんだ。

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