第四話:とあるメイドの裏の顔

 俺はシャリアさんの指示で案内役となったメイドのアンナさんと共に、自分に割り当てられた部屋に向かっていた。

 彼女は森霊族の女性らしい大人びた顔立ちに、落ち着いた暗めの茶髪が印象的。

 まあ格好を見ても、典型的なメイドっぽい感じなんだけど。

 どうもこういう余所余所しさが自分は苦手だ。


 一階中央ロビーから乗った魔導昇降機──所謂いわゆるエレベーターが完備されていたから、流石に上の階まで階段って事にはならずに済んだ。

 それに乗って向かった先は七階だったんだけど。


「こちらが最上階、天の階にございます」

「うわぁ……」


 昇降機のドアが開いた瞬間。その高さと景色の良さに驚かされた。

 廊下に面した窓から見える、夏らしい陽射しの下にあるウィバンの街と青い海。


 それがほぼ一望できるこの場所は相当だ。

 同じ位高い建造物なんて時計塔位。他にもやや高い建物は幾つかあるものの、ここには全然及ばない。

 こりゃ圧巻だな……。


「この眺め、シャリア様もお好きなのですよ」

「そうなんですか。夜も見応えありそうですね」

「はい。是非、夜景もお楽しみください」


 静かに語った彼女は、そのまま廊下を歩き出す。

 俺は窓から外を見ながら、その後ろを付いていった。


 廊下の突き当たりに見える扉の一部屋手前。その前でアンナさんは足を止めると、ゆっくりと扉を開く。


「こちらがカズト様のお部屋、天の箱アークにございます」

「ありがとうございます」


 そこに入ろうとした瞬間。

 俺は思わず足を止めた。


 ……は?

 俺の素直な感想はこれだった。


 なんて表現すればいいか……。

 金持ちがめちゃめっちゃ大きな部屋で、豪華なソファにガウン姿でワイングラスを手にしている。

 ドラマなんかで、金持ちを強調する為に見せるような赤絨毯を敷き詰められた広い部屋が、まんまそこに広がっていたんだ。


 ロミナが寝かされてた王宮の部屋だってここまで広くなかったし、そもそも俺みたいな若い奴がいる部屋じゃないだろこれ……。

 こんな部屋にずっとなんて、正直落ち着かなくって困る。こりゃ勝っておいて正解だな……。


「どうか致しましたか?」

「あ、いや。あまりの豪華さに驚いちゃって」

「初めての方は、皆そんな反応をなされますよ」


 やっぱりそうか。

 まあ、俺だけじゃなかったなら良しかな。


 とりあえず置き場に困りつつも、一旦部屋にある大きなテーブルにバックパックを置くと、そこから小型のリュックを出し、最低限の荷物を入れ替え始める。


「この後のご予定は?」

「クエスト完了報告書を貰い次第、街に行ってきます。ご案内ありがとうございました。後は一人で何とかなりますから、お仕事に戻られて下さい」


 俺は荷物をまとめながら彼女に顔を向けて笑顔で頭を下げる。

 すると、彼女はじっと俺を見ながら、


「僭越ながら。シャリア様より明日までカズト様のお世話を承っております。ですので街の案内役も兼ねて、わたくしもご一緒致しましょう」


 なんて言ってきた。


「いや、そこまでは結構です。別に一人でも問題ないですし」

めいに背けばわたくしがシャリア様に叱られてしまいます。これがわたくしの仕事故に、ご容赦頂きたく」


 淡々と返す言葉にあまり感情を感じない。

 見るからに仕事だからってのは分かるんだけど……俺、プライベートの時間ないのか?


「だったらシャリアさんに話して任を解いて貰いましょう。ご案内頂けますか?」

「申し訳ございませんが、既にシャリア様は執務室にて仕事中。私用での御訪問はご遠慮頂いております」


 はぁ……。

 つまり、俺のこういう反応も織り込み済みってことかよ。

 ったく。シャリアは良い人だとは思うんだけど、こっちは子供じゃないんだそ。まあ多分、客人として扱ってくれてはいるんだろうけど……。


 本当は何とか断ろうかと思ったんだけど。それでアンナさんをこれ以上困らせるのもはばかられて、結局俺は諦めて、彼女を連れて街に出る事にした。


   § § § § §


 俺達がまず向かったのは、敷地内にある防具屋。

 アンナさん曰く、


「ウィバンの中心街よりも品揃えが良いのですよ」


 という事で、そこに入ったんだけど……これは確かに凄い。


 王都ロデムの店も品揃えはかなり良いんだけど、ここはそれに匹敵する物がある。

 特に付与エンチャントされた戦士系の防具だったり、特殊素材を使った術師系の衣類系防具なんかのレア物の品揃えが半端ない。

 流石は大商人のお膝元って感じだ。


 さて。

 お目当ての物はっと……。

  

 俺が探し始めたのは、武芸者や武闘家が愛用する道着のコーナー……ではなく。聖術師や魔術師の衣類系防具があるコーナー。


「差し出がましいかと思いますが、カズト様は武芸者とお見受けします。でしたらこちらのコーナーの品々の方が良いのではございませんか?」


 本当はな。

 まあ折角だからそっちも見るつもりだけど、今回はちょっと用途が違う。


「職の装備制限にはどちらの服装も掛からないのもあるんですけど、こうも暑いと道着や袴って動きづらくて。半分は観光目的なんで、機能性を重視したいんです」


 そう。

 確かに道着にも寒暖用はあるのだけど、武芸者っぽさを求めると結局袴が個人的に辛くってさ。

 そういう意味では術師系の方が暑さ対策のされた術着のラインナップが多いんだよね。


 後、街中で咄嗟に動くなら素手の武術でもどうにでもなるし、ちょっとした時に術の効果が高められる方が、目立たず何かする時にも良いしな。

 まあ、流石にそんなが絡む話、口が裂けても言えないけど。


 って事で。

 俺は結局、袖が短くて風通しも良い、白を基調とした聖術師の術着にする事に決めた。ローブを着なくてもパーカーみたいにフードがあって、陽射し対策もできるし。


 一応、幾つか新しい道着や袴も買っておく。

 結構見たら質が良かったのもあるし、今日着てたのは、シャリアに少し斬られてボロくなってるからな……。


 次に向かったのは勿論武器屋。 

 こっちで俺が見始めたコーナーは、流石に武芸者系のコーナー。

 とはいえ、思ってるような武器はあるか?


 太刀や脇差なんかは無難に取り揃えがあるんだけど。正直思いつきだからなぁ。何処かにあるんだろうか?


 俺が少し困った顔をしていると、アンナさんが声を掛けてきた。


「今度は何をお探しですか?」

「あ、えっと。仕込み杖みたいなのってあったりしますか?」

「それでしたら、こちらに」


 そう言って案内されたのは盗賊系武器のコーナー。

 そこでアンナさんが、置かれていた長い錫杖を両手で手に取った。


「こちらの長杖は普段はこの通り錫杖となっておりますが……」


 彼女は少しだけ錫杖の上部を捻ると、杖の先を柄のように握るとすっと引く。

 すると、杖の中から細身の刀身が顔を出した。


「このように、刺突両手剣エストックとしても利用できるのです」

「へぇー」

「太刀とは異なりますので取り扱いが難しいかもしれませんが、杖部分にも魔導鋼を使っておりますので、本格的な術師に成りすますのにも向いておりますし、勿論より効果の高い術の媒体にも利用できます。ただし、多少重めなのが欠点ですが」


 ……って言ってるけど。

 アンナさんそれ軽々と扱ってるよな。


「ちょっと借りても良いですか?」

「どうぞ」


 預かったその杖は、魔導鋼まどうこうを使っているだけあって、やはり少しずっしりとくる。

 まあとはいえ、刺突両手剣エストックとして使う分には鞘部分を外すので普通に軽いし、杖としての取り回しも、この重さなら十分いけそうだな。


「アンナさん、これ持って重くなかったんですか?」

「はい、多少は。ですがこれでもわたくし、以前は暗殺者をしておりましたので」

「……え?」


 今さらりと凄い事言わなかったか?


「じゃあどうしてメイドになんか」

「シャリア様の暗殺に失敗した際、その腕を買われたのです。自分の元で真っ当に暮らしてみないかと」


 暗殺者。

 軽業師の上位職のひとつであり、大体は何らかしかの組織に属して動いている事が多い、非正規冒険者に多い戦闘職なんだけど。

 ……俺、殺されないよな?


 反応に困った俺の顔を見て、アンナさんがふっと笑う。


「ご安心ください。既にわたくしは暗殺者という職ながら正規冒険者扱い。裏の稼業からは身を引いております」

「え? 前の組織とか追われたりは……」

「問題ございません。そちらは壊滅しておりますから」

「か、壊滅?」

「はい。シャリア様が依頼主、そして組織共々、仲間と共に報復しまして」

「……そ、そっか」


 おいおいおいおい。

 なんか凄い物騒な話を聞いたけど、俺本気で大丈夫なのか!?


 きっと、よっぽど驚いた顔をしたんだろうな。


「あまりお気になさらないで下さい。シャリア様がわたくしを宛てがわれたのは、カズト様の護衛も兼ねてですから」


 なんて言って、クスクスと笑ったけど。

 はっきり言って、本気で安心できないからな、それ……。


 あまりの事に、俺は思わず頭を掻くしかできなかった。

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