第五話:怪しき者達

 装備類を買い込んだ俺は、一度屋敷に戻ると、部屋に備え付けられた更衣室で、一式買った装備に着替え直す。

 術着じゃ胸当てなんかも装備しないから、より軽装感もあって身が軽い。


 姿見に見えるのは間違いなく聖術師。

 ちょっとこの姿は新鮮だな。


「お似合いでございますよ」


 なんて、微笑みながら言ってくれるアンナさんに、気恥ずかしくなり頬を掻く。

 こういうの言われた事、ほとんどないからな……。


 まあでもさっきの会話以降、彼女が少し表情を見せるようになってくれたのは救いかな。


   § § § § §


 あの後、俺達は一旦屋敷の敷地内にある冒険者ギルドに、クエスト完了報告を行うため足を運んだ。


 報酬が思ったより多いなと思ったら、どうやらさっきの戦闘でダメにした装備代なんかも含めた追加報酬を加えてくれていた。

 ……とはいえ、それ程困難もなかった護衛任務で金貨十枚はやり過ぎだろ。

 後でシャリアさんに話して返しておくか?

 でも素直に受け取ってくれなさそうだよなぁ……。ま、それは追い追い考えるか。


 ギルドで用事を済ませたその足で、俺はアンナさんと共にウィバンの街に向かい、主だった場所の案内を受けた。


 首相の住む屋敷に、政治が行われる議事堂。

 街中の冒険者ギルドに宿屋や色々な店。

 観光客に人気のレストラン街やカジノ街。

 街の目玉の時計塔に、皆が最も楽しんでいる海岸。


 観光地と一体化したようなこの場所を歩いて改めて思ったけど、やはりここにはロデムとは違う華があった。

 国も違えばここまで雰囲気も変わるもんなんだな。


 ただ、正直大通りを外れたら道が入り組み過ぎて、アンナさんが居なかったらとっくに迷子だっただろう。


   § § § § §


 そうこうしている内に日も暮れ始め、俺達はシャリアさんの屋敷に戻り始めたんだけど。

 途中。アンナさんが突然「こちらへ」と小声で口にし、街の裏路地に俺を導き早足で歩き始めた。


「……何かあったんですか?」

「申し訳ございません。やはりこの格好は目立ち過ぎたようです」


 そういう彼女はメイド服姿のまま。

 確かに街中ではそれなりに目を引いていたのは気づいていたけど。


 人気ひとけが感じられない路地まで来た所で。


「ちょっと待ちな。お嬢ちゃん達」


 そう言って声を掛けて、背後から声を掛けてきた者達がいた。

 目に見えてガラの悪そうな輩が数人。

 っと。進行方向側からもか。見事な挟み撃ちだ。


「そっちの術師さん、随分と羽振りが良さそうな格好してるじゃねえか」

「い、いえ。そんな事は」


 なんて答えながら、俺は相手の数を数える。

 前後それぞれ五人。見た目は町人っぽいけど、ゴロツキにしちゃ目が据わってる。

 多分、盗賊や戦士崩れって所か。ぱっと見じゃ術師系はいないようだけど、その雰囲気はSランクとはいかずとも、元はAランク位の実力はあるように感じる。


「二人共。大人しく俺達に付いて来りゃ、酷いようにはしないぜ?」


 露骨に信用ならない言葉を口にして、悪びれもせずへらへらと笑う。

 正面のこいつがリーダーか。

 さて、どうするか……なんて考えていると。


「……ウェリックの差し金ですか」


 と。隣に立つ彼女が警戒した表情のまま、ぽつりとそう口にする。


 ウェリック?


 俺は勿論知らない。だが、その言葉に眉をピクッと動かしたリーダーは、表情に警戒心を強めた。


「……察しが良いようだな。あんたが元暗殺者だとしても、これだけを相手にそんな足手まとい連れちゃ、勝ち目がないのは分かるよな?」


 ……足手まといねぇ。

 まあ、確かに今の俺の見た目は間違いなく聖術師。

 聖術師といえば基本補助、支援、回復が主となる、ファンタジーの定番、僧侶みたいなもんで、近接能力に期待はできないってのがこの世界でも常識だけどさ。

 アンナさん、さっきの俺とシャリアさんの戦いを見てたよな。とりあえず演技でもしつつ反応を見るか。


「……あ、あの」

「何だ?」

「わ、私が付いて行きますから、彼女は見逃してくれませんか?」

「何を言っておられるのですか!?」


 俺がわざとおどおどしながら話し始めると、アンナが驚愕と共に驚きの声をあげる。

 一応アイコンタクトを試みたけど、通じた感がない。

 ……あれ? 俺、実力を軽く見られてる?


「貴方様は大事なお客様。残るならわたくしが!」

「ダメです! あんな男達にあなたを差し出せる訳ありません!」

「そうは参りません! お客様を危険に晒すなど、メイドとして失格です」


 互いに目を見て熱を込め話す。

 彼女の瞳は……何処か歯がゆさを本気で感じる。

 って事は、俺が足手まといって以前に、そもそも数で不利って考えてるって事か。


 まあでも、数での不利は暗殺者らしいか。

 盗賊や暗殺者ってのは、勿論戦いにも長けてはいる。だけどその技は基本一対一や奇襲に特化しているんだ。

 流石にこの数を、姿を晒した状況で相手にするのは不利。それを理解した目か。


 まあそれに、俺も仕込み杖とはいえ武芸者の武器じゃないからな。本気を出せないって判断もされても仕方ないだろうし。


 ……じゃ、仕方ない。

 暴れるのは簡単だけど、もっと楽に決めるか。


『この世の常闇にありし深淵の力よ。の者達を眠りの森に導き給え!』


 俺は咄嗟に声高らかに詠唱すると、この周囲一体に魔術、深き眠りの森を展開した。


 詠唱必須の魔術、眠りの雲の最上位魔法。

 勿論、別にここに森が生まれるわけじゃないけど、掛かった者の抵抗力が高くないとまず眠りに落ちるし、寝たらちょっとやそっとの刺激じゃ起きない、ぶっちゃけ相当強力な奴だ。

 しかも相手も俺が魔術師の術を使うなんて思ってない。警戒されてないから効果絶大。


 瞬間。一気にバタバタと、敵もアンナさんもその場に崩れ落ちる。

 パーティーメンバーなら掛からずに済むんだけど、そうでなくても気構えていれば抵抗はできなくない。とはいえ、まさか俺から魔術を掛けられるなんて思わなかったよな。

 ごめんな、アンナさん。


 視界外でも何人か倒れるような音がした所を見ると、偵察役か伏兵が潜んでたか。


「ぎっ!? き、貴様はいった──ぐほっ!?」


 唯一踏み止まったリーダーが顔をしかめた所を、俺は何も言わずに間髪入れずに踏み込むと、錫杖の長い柄の先で顎を勢いよくかちあげる。

 その一撃で意識が飛んだリーダーは、前のめりにぐしゃっと倒れ込み、周囲が一気に静かになった。


 結構広範囲に術を掛けてみたが、誰かが駆けつける様子もないって事は、大体は巻き込めたって事だな。


 さてっと。

 まずはリーダーの服やポーチを漁ってっと……。

 お、あったあった。


 この世界は口約束も無いわけじゃない。

 だけど大体は、正規非正規問わず、契約には書面を残す。誰だって言い逃れられて損はしたくないからな。


 普段こういうのって、足がつくから持ち歩かない奴も多いし、あまり期待してなかったんだけど。こういう冒険者崩れとかは自信あり過ぎて気にしない奴もいる。こいつがドンピシャなタイプで良かったよ。


 アンナさんの話からすると、彼女を知る何者かから狙われた事になるからな。

 細かい内容は後で見るとして、この契約書は頂いておくとするか。


 それから、こいつらの持ってるアイテムや腰紐を使って、海老反りにして手足を縛って固定して、猿ぐつわもしてっと。

 ……って、結局倍の数はいたのか。中々に用意周到だな。きっとアンナさんはここまで想定して不利って判断してたんだろう。


 最後は錫杖を背中に背負い、アンナさんを前で抱えてっと。

 さて、ずらかるとするか。

 確か戻った先に冒険者ギルドがあったからな。

 そこで匿って貰いつつ、こいつらを取り押さえてもらうとしよう。


 ちゃんと現霊バニッシュで気配も消して、俺は他にマークしてる奴がいてもいいように念入りに準備して場所を離れた。


 しっかし。

 のんびりバカンスしようと思ってたけど、そうもいかなそうか? 俺はのんびりしたいんだけど……。

 そんな事を考えながら、俺はささっと裏路地を戻って抜けると、そのまま足早に冒険者ギルドに駆け込んだんだ。

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