第三話:知っている

 案内されたのは地下にある、屋敷に似つかわしくない本格的な闘技場だった。


 トレーニング用なんだろうけど、ちゃんと被害を抑える結界なんかは完備されてるし、手入れや修復もしっかりされてて、かなり真新しさを感じる作りだ。


 しかし……。

 この間から、何かと闘技場には縁があるな。

 別に好きで戦いたいって訳でもないのにさ。


 俺は控室に荷物を残し、愛刀閃雷せんらいを腰に穿いただけのシンプルな格好で闘技場に入る。

 シャリアはさっきまでと同じ私服姿のまま、大きめの凧盾カイトシールドと巨大な大剣を手にし立っていた。


 重戦士らしい装備を軽々と持っている姿は、やっぱりさまになると同時に圧が違う。

 こりゃ、流石にきつそうだな……。


 向かい合うように闘技場中央に立った俺達は、じっと互いを見た。


「いい立ち姿だ。様になってる」

「シャリアこそ。流石は

って言って欲しいね。ギルドカードは返してないし、今でもちゃんとトレーニングは欠かしてないからね」

「そこまで用意周到かよ。中々に酷いな」

「策士って言ってほしいね。あ、勿論戦いたくないなら今敗北を認めても──」


 彼女の言葉が止まる。

 理由は簡単。俺が抜刀術の構えを見せたから。


「……いいんだね?」

「俺がを貫くなら、戦わないと可能性がないからな」


 相手はSランク。

 負けたら負け。気負うものもない。

 だけど。正直、内心負けたくなかった。


 俺は嫌なんだよ。

 権力や力を振りかざして、相手を従わせようとするのって。

 そこに悪意がなく、厚意しかないとしても。


「試合時間は十フィンだ。ディルデン。コールは頼む」

「かしこまりました」

「カズト。もしお前が意識をなくした場合も──」

「ああ」


 俺は短くだけ応え、心を落ち着け、ただ静かに構えたまま。

 その真剣な空気を感じたのか。シャリアは一瞬ふっと笑うと、


「じゃあ、いくかい!」


 そう叫ぶと腰を落として剣と盾を構え、真剣な顔を見せた。


 瞬間より強くなる圧。

 この感じ……Lランクのロミナ達あいつらより、強い。


「どうした? 来ないのかい?」


 確かにこの戦い。俺が仕掛けないとダメ。

 時間制限もあるし、実の所こっちが完全に不利。

 とはいえ。『絆の力』で色々するのはばれるとかなり面倒そうだしな。たまには武芸者として全力で挑むか。


 開幕。

 俺は素早く抜刀すると、刀を振り回し、真空刃しんくうはを連続して繰り出した。

 放たれた鋭い衝撃波に対し、彼女は……前に出た!?


 一撃目を盾で受け流し。

 二撃目を低い踏み込みで潜り。

 連続する真空刃しんくうはことごとく捌き、掻い潜って、シャリアは俺との間合いを少しずつ詰めてくる。


 傷つけられなければ彼女が勝つルールだったから、守り一辺倒でいてくれるかって期待したのに。

 しかもこの程度の技じゃ足は止められないか。流石は重戦士。

 だが、俺は敢えてこのまま真空刃しんくうはを繰り出し続けた。

 下手な事したら集中力が切れる。

 相手の出方をしっかり見極めろ。

 相手の行動を絞れば、自ずと守りに繋がるからな。


「中々面白いけど、それじゃ能がないんじゃないかい?」


 笑い──いや、喜びを露骨に見せた彼女が瞬間、目の前から消える。

 ちょ、早っ!


  キィィィィン!


 咄嗟に俺は自らの刀で彼女が腹を狙った一撃を止める。

 重っ!

 強き剣撃に押され床を滑りながらも、カウンター気味に真空刃しんくうはを放ったけど、それは易々と盾に弾かれる。


 飛び道具じゃ無理。止めるのもヤバい。

 なら、踏み込む!


 何とか踏みとどまった俺は、再び抜刀術の構えを取ると、そこから一気に間合いをつめ斬り掛かった。


 鋭さのある剣に、体勢を崩させるように受けようとする盾。

 流石にその場に留まったままなんて無理。だから素早くたいを入れ替えながら、斬り、往なし、躱していたんだけど……。


 俺は彼女の剣撃を受けながら、負けられない気持ちが一層強くなった。

 まさかという予感が、振われる剣撃で、より強く俺に現実だと訴えてくる。

 マジかよ……。


 少しずつ彼女の剣が鋭くなる。正直何も知らなかったら止められなかった一撃もあったろうな。

 だけど、俺は身体に刻まれた記憶を頼りに、往なし、躱し、刀を返した。


 肌や道着を剣が掠めて傷になる。

 だけどこれ位しなきゃ腕の差は埋まらない。だからギリギリでいく。


「カズト! あんた本気でCランクなのかい!?」


 嬉々として盾で受け、剣を振るうシャリアの顔。

 これ完全に、戦闘を楽しみすぎてるミコラと同じ顔じゃねえか。


「残り五フィン」


 俺達の世界でいうなら後五分。

 既に半分の時間を使った。もうのんびりはしてられない。


 今の斬り合いなら、残り時間を耐え抜く事はできる。でもそれじゃ勝てない。

 この人を越えようとするなら、覚悟がいるか。


 俺が勝たなきゃ、筋は通せない。

 だから俺は、全力を出す!


 あんたの言う事は聞かない。

 だけどあんたの勘の正しさだけは、意地でも証明してやるよ!


 連続で斬り合い、受け合う最中さなか

 抜刀したまま振っていた俺が刀を鞘に戻す一瞬を、彼女は見逃さなかった。


「遅いよ!」


 シャリアが迷う事なく俺を袈裟斬りにしようと剣を振るおうとした瞬間。

 俺は一気に覇気と殺意を解き放ち、刀を抜かずに彼女を斬った。


 抜刀術秘奥義。

 心斬しんざんうら


「くっ!」


 俺に振るおうとした腕が切り落とされる未来を一瞬で感じ取ったのか。シャリアが選んだ選択は、剣を止めての盾での防御。


 それが俺と彼女の視界を遮った瞬間。

 同時に俺は仕込んだ。


 抜刀術奥義。

 疾風はやての舞。


 気配を無にして一気に彼女の横を神速で駆け抜けると、まるで風が流れるかのように自然に刀を振るう。


 そして。

 俺の狙い通り、まるで風が撫でるように、刀のきっさきがそっと彼女の長い赤髪の一部に触れると。音もなくほんの少しだけ、それを切り落とした。


「おお……」


 空を舞い散る赤い髪に、見守っていた執事やメイド達が驚きの声を上げ。シャリアもはっとして、背後に抜けた俺に驚愕の視線を向けてくる。


「……俺の、勝ちですよね?」


 振り返ったまま構えていた俺は、何も答えず驚いたままの彼女を答えとし、息を吐き、構えを解く。


 ふぅ……。

 時間を掛けられるならもう少し考えようもあったけど、短期決戦じゃこうしないと勝てなかった。


 正直、人相手に心斬しんざんうらはやりたくなかった。殺意を向けるなんて好きじゃないしさ。

 だけど流石はSランク。斬り合いは何とか喰らい付けたけど、結局これ以外で隙が作れなかったんだからな。


 俺は露払いするように刀を振るった後、静かに鞘に戻す。


 それを見た彼女は。


「……はっはっはっ! こりゃ一本取られた!」


 豪快に笑った。


「正直あんたを舐めてたよ。あたしを殺そうとするなんて思っても見なかったからね」

「情けない話ですが、そこまでしないとシャリアさんに勝てないと思って、覚悟しただけです」

「だが、斬らなかったね」

「ええ。隙が欲しかっただけですから」

「ったく。それであの殺意とか、どんだけ場数踏んでるって話さ。その腕で何でCランクなんだい」

「小細工しないと勝てないからですよ。っていうか、シャリアさんこそ手加減なしで斬りまくってきたじゃないですか」


 ほんとそれだよ。

 俺は彼女だったら防戦だけするんじゃと思ってたのに。

 最後の袈裟斬りなんて、避けなかったら死ぬだろって程気合い入ってたぞ!?


「いやぁ悪い悪い。あまりにあんたがあたしの剣を綺麗に捌くから、思わず本気になっちゃってさ」

「殺されたら俺、泊まるどころかこの世からおさらばでしたけど」

「まあね。だけどあんたならきっと避けた。それ位は太刀筋で十分わかったからね。やっぱりあんたは強い。だからあたしの勘は当たりって事さ」

「でも、勝負は俺の勝ちですよね」

「ま、それは約束だからね。諦めるよ」


 心底残念そうな顔をするシャリアさんを見ると、少し申し訳ない気持ちになる。

 だけど、彼女が何者か分かったからこそ、やっぱり俺はここで世話になるのは心苦しい。


 ……この人の剣の軌道。

 ロミナと同じだったんだ。

 勿論ロミナより鋭く強い。だけど、そっくりなんだよ。

 だから俺は見切れただけ。

 あいつとは、こないだも剣を交わしてるからな。


 絆の女神のおぼし召し。

 昔、そんな理由であいつが俺をパーティーに誘ったのも、この人の影響だろ。


 そう。つまりシャリアさんは間違いなく、ロミナのだって事だ。

 流石にそんな所で世話になる気にはなれない。余計な事思い出しそうでさ。


 まあでも、いい経験だった。

 凄い冒険者ってまだまだいるんだって知れたしさ。


「では、後はクエスト完了報告書を頂いたらおいとまします。良いですよね?」

「いんや。ダメだね」

「……は?」


 思わず素っ頓狂とんきょうな声をあげた俺に、シャリアさんはにやりとする。


「カズト。あんたは確かにあたしに勝ったけどね。あんたはあたしの大事な赤髪を切り落としたんだ。その責任は取ってもらわないと」

「い、いや。だって傷つけたら勝ちだって……」

「肌なら魔法で治せるんだし諦めもついたけどね。よりによって髪だよ髪。魔法じゃ治らない女の命を傷つけるって、どういう了見だい」

「いや、だからその……。切ったのもほんの少しだけに留めたじゃないですか」

「その少しの大事さも分からないとか、冒険者以前に男として最低じゃないか。覚悟しな」

「何でそうなるんだよ……」


 まるで鬼の首を獲ったような笑顔を見せる彼女を見て、俺は思わず顔を手で覆う。

 この人、絶対何かにかこつけて、断らせない気だったろ……。


 俺が露骨にげんなりしたのを申し訳なく思ったのか。シャリアさんがふっと微笑む。


「ふっ。まあそれでもお前が勝ったんだ。流石に一週間とかは言わないさ。ただせめて今晩くらいは世話させな。別に宿探しなんて明日でもいいだろ? バカンスを楽しむ気なんだしさ?」

「……はぁ。分かりましたよ。だけど本当に一泊だけ。あと敬語と敬称は許して貰いますからね」

「ああ。折角だ、ゆっくりしな」


 俺の肩を叩き、屈託なく笑う彼女を見て、俺は少し困ったように笑う。

 まあそれ位は仕方ない。彼女の顔に泥塗っても仕方ないしな。


 こうして俺は一泊だけ、この豪邸を堪能する事になったんだ。

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