第二話:大商人のわがまま

「ほえー……」


 馬車を降りた俺は、その建物を見て変な声を上げた。


 ウィンガン共和国の首都ウィバン。

 そこは南の海、シラウェンス海の海に面した巨大都市だった。

 とはいえ城なんかはなく、議会が開かれる議事堂なんかはあるものの、王都ロデムと比較すると、より大きな街のイメージが強い。

 感じとしてはマルベル寄り。だけど華やかさや街の盛り上がりはロデム以上かもな。


 ぱっと見、貴族街と市民街が分かれてはいそうだけど、区画はあまり整理されてない所が、何処か都会の中の下町っぽさを感じるっていうか。

 王都程整然としていない所に独特感がある。


 流石に常に真夏のような陽気だから、正直道着と袴だと暑いし汗でべたついて結構不快。

 本当ならクエスト完了報告を終えたらそのまま宿を探して、着替えとか買いに出たい所だったんだけど。


 何故か俺とシャリアさんを乗せた馬車だけは、そのままウィバンに入ると中心街を抜け、海沿いにある広い敷地の屋敷に到着して今に至る。


 ……っていうかさ。

 これ屋敷じゃないだろ?


 敷地が広いのは貴族の屋敷でもよくある。

 だけどその敷地の使われ方は、完全に小さな街だ。


 屋敷の敷地は外と内のふたつの区画に分かれてるんだけど、海沿いにある屋敷を囲うように、外の区画には店が立ち並んでいる。


 しかも二、三、店があるだけならいい。

 武器屋、防具屋、道具屋に鍛冶屋、レストランから酒場、八百屋に魚屋に肉屋まで。冒険者だけでなく、街の人ですら困らなそうな様々な店が並んでいるんだぜ。

 流石に宿屋や一般住宅こそないものの、敷地内に冒険者ギルドまであるのも驚きだ。

 っていうか、この人どんだけ凄い商人なんだ!?


 勿論内側の区画にある屋敷もまた凄い。

 ロデムやウィバンで見かける屋敷は、大体二、三階建てで横に広いのが一般的なんだけど、ここは高さが段違い。

 何気に現代の都会のホテル位はあるんじゃないか?

 ロデムの城程じゃないにしろ、見ただけで分かる、高くそびえ立つ白壁の建物は圧巻だ。


「お帰りなさいませ。シャリア様」


 屋敷のエントランスに着くと、初老の執事とその後ろにずらっと並ぶメイド達が、馬車から降りた彼女にうやうやしく頭を下げた。


「ただいまディルデン。留守の間何か変わった事は?」

「特にございません。細かなお話は後程執務室にて」

「分かった。因みに急で悪いけど客人だ。宿泊用の部屋を一室用意してくれるかい? あたしと同じ天の箱アークで」

「かしこまりました。すぐご案内した方が──」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 思わず屋敷に圧倒されてて、今さらっと会話を聞き逃しそうになったけど。何か変な事言わなかったか?


「シャリアさん。さっき馬車の中で確かに『屋敷まで来てくれ』とは聞きましたけど。これで契約にある護衛任務も終わりですよね?」

「ああ、そうだよ」

「であれば、俺はここでおいとまして、ウィバンの街に向かいたいんですが」

「ここだってれっきとしたウィバンだから安心しな。クエスト完了報告の手続きもちゃんとやってやるから」

「あ、えっと。そういう話じゃなくてですね。俺、日が暮れる前に滞在先とか色々探さないと──」

「だったら目の前におあつらえ向きのがあるだろ?」

「……はぁっ!?」


 俺の驚きようが面白かったのか。

 にやにやとするシャリアさんだけじゃなく、執事さん、後ろに立つメイドさん達にまでクスクスと笑われてしまう。


 っていうか。あの周囲の反応……。

 絶対「また何時ものですね」っていう雰囲気がぷんぷんする。

 ……俺、もうめられてるのか?


「お言葉ですが、俺はシャリアさんにそこまでしてもらう義理はないですから。気遣いなんて──」

「あー、カズト。まず完了報告は残してるけど、これで主従関係はないからね。あたしのことは呼び捨てにする事。敬語もダメだ」

「……へ?」

「それから、あんたがゆっくり滞在したいのは分かってる。だけど宿代もバカにならないだろ。その点ここだったら三食メイド付きでタダで提供してやる。勿論ウィバンに居たきゃずっと住んでてもいい」

「……は?」


 ……言っている意味が分からない。


「えっと、だから。シャリアさん。俺は──」

「呼び捨てだって言ったろ?」


 少しだけきつく口にされた言葉に、俺は一瞬口籠る。けど、そんなの関係ない。


「シャ、シャリア。俺はあなたにそこまでされる程の事──」

「敬語もダメ」

「うぐっ。……ああもう!」


 くそっ!

 もう気分悪くしても知らないからな!


「いいか、シャリア。俺はあんたにここまでしてもらう理由がないだろ。大体他の冒険者達の方がよっぽど外を馬で護衛して大変だったはず。それでこの待遇の差は可笑しくないか!?」

「いや別に。受けたクエストは確かに同じ。だけどこれはもうクエスト外だしさ」

「それなら尚の事、俺とあんたは関係ないだろ!?」

「あたしが気に入ったから。それじゃダメかい?」

「あ、あのなぁ!? 俺は赤の他人だぞ!? しかも護衛中だってほぼ話し相手をしてただけ。どこに気にいる要素があるってんだよ!?」

「そういう真面目な所」

「ま、真面目な人間はあんたを呼び捨てにしないだろ!」

「なーに言ってんだい。普通の冒険者だったらこんな話されたら喜んで尻尾を振るよ。ここまでかたくなに断る奴が、真面目じゃない訳ないだろ」


 俺が叫ぼうと暖簾のれんに腕押し。

 飄々と会話を躱し、馬車の中と変わらない笑みを浮かべるシャリア。


 俺を選んだのは勘って言ったけどさ。

 にしたって背中を預けられるって何処にそんな要素あるんだって話だし、いきなりここまで踏み込んでくるなんて可笑しいって。


 納得いかない顔をした俺を見て、まったくと言わんばかりにシャリアは大きなため息を漏らす。


「ったく頑固だねぇ。じゃあ、あたしとひとつ勝負しようじゃないか」

「……は?」

「あんたは武芸者。あたしは重戦士。何かを決めるなら、剣が手っ取り早いだろ?」

「ちょ、ちょっと待った! 俺とあんたじゃランクが違いすぎるだろ!?」

「流石にね。だからあんたは時間内にあたしに傷一つつければ勝ちでいい。それができなかったら大人しくここを宿泊先にしな。なーに。別にウィバン滞在中だけでいいさ。但し観光するってんだ。せめて一週間はいな。別にその先は自由だし、取って食うなんてしないから」


 ……ったく。

 商人としてかなりしっかり考えてると感心してたらこれかよ……。

 これ、ミコラと考え方同じじゃないか。実力行使ってやつ。


 正直気は乗らない。だけどシャリアは譲らないだろう。

 まあ一応クエストで選んでもらった恩義もあるし、腕試しとでも思うしかないか……。


「……分かったよ。その代わり、俺が勝ったら宿泊はなし。敬語もさん付けも許してもらう。それでいいか?」

「お? 勝つ気なのかい? ああいいよ。強い奴に従う。シンプルでいいじゃないか」

「ハンデ貰ってるんだ。その時点で俺が強いなんてあり得ないって」


 ほんと。こういうのは苦手なんだけどな。

 Lランクと一緒だったとはいえ、昔は冒険者ってSランクが最高で、あくまでロミナ達は魔王を倒したからLランクとなっただけ。

 それでなくてもこの人は有名だったんだろ? 正直きついって。


「じゃ、決まりだ。付いてきな」


 嬉しそうに俺の肩をぽんっと叩くと彼女は屋敷に入っていく。

 俺はそんなマイペースな彼女に頭を掻きながら、その後ろ姿を追って歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る