第一章:勘から始まる物語

第一話:おかしな護衛

 あれから二週間。

 俺は徒歩だったり馬車を乗り継いだりしながら旅を続け、今は首都ウィバンが目前に迫った街道を、馬車に乗って進んでいた。


 真夏のような快晴の中、海岸線の砂浜に沿うように存在する大街道。

 既に風は海風。強い熱を感じる光と風は、本当に常夏っぽさを感じるな。


 って言っても、俺も今までの冒険でそんなに南は来た事ないし、現代でも沖縄やハワイなんて行ったこともなかったから、あくまでしか分からないけど。


 数日前にやっと大街道と合流する街ウィッシュに着いて、これが最後の乗り換えだったんだけど。今乗ってるこの豪華な馬車は、残念ながらただの馬車じゃない。


 というのも、この辺まで来れば護衛任務のクエストも多い。だからそのひとつを受けたんだ。

 少しの間、落ち着いてウィバンに滞在するつもりだし、お金は少しでもあったほうがいいからな。


 この馬車に一緒に乗っているのは、商隊の護衛任務の依頼主である女商人。

 俺は彼女と二人っきりで、馬車に揺られている。


 勿論商隊だから、他にも何組か任務を受けたパーティーがあったんだけど。彼らは商隊を馬で囲むようにして、外で護衛している。

 つまり今の俺は、要人護衛の要、SPエスピーみたいなもんだ。


「へー。ソロだけでCランクまで上げたのかい。かなり大変だったんじゃないかい?」

「そうですね。やれるクエストも限られましたから。格下のクエストをコツコツやったりして、何とかここまで」


 快活さを感じさせながら、同時に大人な美貌も持ち合わせた、長い赤髪を持つ人間の女性。

 彼女はシャリアさんって言うんだけど、実はウィバンでも凄腕の若手大商人らしくて、まだ三十にもなってないのに、ウィバンの商会組合の幹部の一人らしい。


 本来こんな凄い商人。しかも依頼主とこんなに親しく話すなんて、本来無礼極まりないんだけど。

 彼女は元々冒険者だったのもあって、


「堅苦しいのは苦手でね」


 って理由で気楽に話せと言われて、今はやや砕けた感じで話し相手をさせてもらってるんだ。


 しかし……。

 このクエストを受けてから、俺はある事がずっと気になっている。


 何でこの役割、俺なんだ?

 普通こういう護衛なら、身辺しんぺんはより強い冒険者に任せるもんだろ。

 大体俺なんて、正規冒険者とはいえソロでCランク。そんな奴一人だけを護衛にしてて、心許こころもとなくないのか?


 最初に頼まれた時には他のパーティーもいる手前、詳しく話を聞けなかったんだけど。馬車で色々と話す内に、それが妙に引っかかってさ。


「だけど、ソロの冒険者なんて不自由多いじゃないか。こだわりでもあるのかい?」

「まあパーティーと比べると色々困りますけど、結構自由は利きますからね。あとで、どのパーティーにも受け入れて貰えなかったってのもありますけどね」


 俺が何時も通りに答え苦笑すると、彼女はふっと笑う。


「まったく。そいつらは見る目ないねぇ。私が冒険者なら迷いなく誘う所だよ」


 ……うーん。

 ここまで話した印象だと、気さくな人なんだろうとは思う。

 だけど、やっぱり俺を買い被り過ぎな気がするんだよ。

 何でそこまで断言できるんだ? 社交辞令だとしてもちょっと過剰な印象なんだけど……。


「あの……すいません。無礼を承知で聞かせて下さい」

「何だい?」

「シャリアさんは、何で他のパーティーじゃなく、ソロの俺を直接の護衛に指定したんですか? 今回の参加者には、格上の冒険者も多かったはずですが」


 彼女はその質問に、じっと俺の顔を見る。

 何かを見定められている感覚。それがちょっとキュリアの瞳と重なる。

 ……やっぱり、こういう目を向けられるのはちょっと苦手だな。


 とはいえこっちが質問したんだしと、目を逸らさず見つめ返していると。彼女がふっと笑い、こんな事を聞いてきた。


「建前と本音。どっちが欲しい?」

「……両方、って言ったら、怒られますか?」


 ちょっと生意気かもと思いつつ、俺がそう返すと、


「いや。知りたい謎を追い続ける。それでこそ冒険者さ」


 シャリアさんはそう言うと、楽しげな顔をした。


「建前は単純。あたしだってこれでも五、六年前まではSランクの重戦士として活躍してたんだよ。知らないかい? 炎髪のシャリアって」

「あ、その……すいません。まだその頃は冒険者にあまり興味がなかったもので」

「そっかぁ。若者に伝わってないってのは、ちょっとショック」


 申し訳なさそうな俺に、手すりに肘を突き、冗談混じりにため息をく。


 五、六年前って言ったら、俺がこの世界に来る前だ。そりゃ流石に分からない。

 っていうか、そんな有名人だったのかよ。どうりで募集にパーティーが殺到してた訳だ。


「その話はいいか。まあ、そんな感じであたしも冒険者をやってたから、商隊が抱える危険ってのを熟知してたからね。だから商人を始めた当初から、商隊の随伴者には、あたしを慕う腕の立つ部下しか入れてない」

「え? 今もですか?」

「そうさ。ま、だからあたしのかたわらに誰を置こうが、自分で身を守れる自信もあるし。商隊の安全だって、余程じゃなきゃ保証できるから困らない。実際この護衛任務で襲撃受けるのなんて動物達位で、野盗とかは滅多に襲って来なかったろ。それは、そういう奴らが皆知ってるからさ。あたしの商隊のをさ」


 ……そういう事か。

 確かに商隊の人達の雰囲気が、普通の商隊と随分違う気がした訳だ。

 だけど、それなら護衛なんてそもそも……。


 俺が思わず考え込んでいると。彼女は意味ありげに笑う。


「言いたい事は分かるさ。だけど、商隊がこんな事してたら、冒険者の食い扶持が減るだろ? 経済を回すなら、ちゃんと仕事は用意してやるべきだからね。だからあたしは今でも護衛を付けてるのさ」


 ……正直この話には驚いた。

 そういう所まで考えてるってのは。流石は冒険者出身って感じがする。


「つまり、自分達で身を守れる自信があるから、誰を護衛に付けても変わらないって事ですよね」

「そうだね」

「それは本音に聞こえますけど、建前ですか?」

「ああ、そうだよ」


 俺の感じた疑問に、彼女は笑みを絶やさず頷く。


「ここからは本音だ。あたしはね。あたしの隣には、信頼できる奴しか置きたくないんだよ」

「え? それって、俺がそういう奴だって事ですか?」

「決まってるだろ。だから本音だ」


 いや、決まってるって……。

 流石にそれはちょっとおかしいだろ?


「お言葉ですが、俺は先日シャリアさんと初めてお会いしたばかり。信頼される程の何かをお見せしたりはしてないと思うんですけど……」


 そう。

 俺は今回のクエストで彼女を初めて知ったんだ。

 しかもクエストに参加するメンバーは確かに彼女に会って話をしたとはいえ、試験があった訳でも何でもない。

 それなのに何でだ?


「カズト。本当にあんたは真面目だね。まあ、そういう所もあんたを選んだ理由のひとつだけどさ」

「どういう事ですか?」

「いいかい? 護衛が要らなそうな商隊の護衛。あんたがそれを知らなかったってのもあるかもしれない。けど、あたしの事を知ってたら、有名人であるあたしに名を売りたいからって、安易にクエストを受け近づこうとする奴とか、楽な任務だって気を抜いて参加しようとする奴らは圧倒的に多いんだよ」


 ……あ。言われてみれば。

 俺はそもそもクエスト中に気を抜きなんてしないけど、冒険者は名が売れてなんぼだし、楽なクエストならラッキーとは思ったりするかもな。


「連れて行くメンバーの厳選をあたし自らやってるのは、あたしが責任を持つって意味も込めて。だからあたしは周辺護衛に回した外のパーティーも、目の前のあんたも信頼してる」

「その言葉は嬉しいのですが。それなら尚更俺じゃなくて良い気がしますけど。どうしてですか?」


 俺の当たり前の疑問を聞き、シャリアさんは爽やかな笑みと共に、こう言った。


「……勘だよ」

「か、勘?」

「そうさ。確かに外の奴らも腕は立つだろうし、気を緩めもしないだろう。だけどあんたには感じるんだよ。背中を任せてもいいって思う何かをね」


 ……これがSランクらしさって事か。

 勿論何かあれば全力で護る気でいたけど、実力を見せていない相手をここまで信じられるってのは、本当に凄い人だ。彼女の為に人が集まるのも頷けるな。


「とはいえここだけの話。この出会いは絆の女神様のおぼし召しじゃないかって思ってるのさ。今まで護衛に加えた腕の立つ奴らに、ここまで強くそう感じた奴はいなかったからね。あんたを片腕としてうちに雇い入れたい位さ」


 どこか熱の籠った視線でこっちに笑いかけるシャリアさんが口にした、何処かで聞いたような懐かしい台詞に、俺は思わず苦笑する。

 まあ気に入られてはいそうだけど、流石に社交辞令だよな。


「護衛ですから出来る限りの期待には応えますけど。流石に買い被り過ぎですって」

「いーや。あたしの勘は当たるんだ。じゃなきゃ、相場と世相を読み切る商人なんてやってられないさ」


 そう言って豪快に笑う彼女を見て、釣られて笑う。

 正直、こうやって褒められるのは嫌な気分はしない。特にシャリアさんは、裏表なく話してくれてる気がするからな。


「そうそう。カズトはこのクエスト終えたらどうするつもりなんだい?」

「特に。少しの間ウィバンでちょっとしたクエストでも受けつつ、観光でもしてのんびりしようかと思ってました」

「そうなのかい。ちなみにウィバンは初めてかい?」

「ええ、まあ」

「行く当ては?」

「いえ、特に。知り合いもいないんで」

「ふーん……」


 ん? 何だ?

 その意味ありげな顔は?


 何か思惑おもわくがありそうな、にんまりとした笑みを見せると、


「じゃ、決まりだね」


 シャリアさんは突然、そんな事を口にしたんだ。

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