第二巻

プロローグ:噂話

第一話:その噂、真実につき

「なあ? 聞いたか?」

「ん? 何をだ?」

「決まってんだろ。デドナの村のクエストだよ」

「あー。ついに取り下げられたらしいじゃねーか」

「そうらしいんだけどさ。……あれ、奴が絡んでるって噂だぜ」

「奴?」

「ああ。忘れられ師ロスト・ネーマー

「まじかよ!?」


 冒険者ギルドを兼務する宿兼酒場の店の隅で、俺は少し離れた冒険者二人組の会話を耳にした。


 デドナといえば、ウィンガン共和国の辺境の町、ここシュッドと繋がる山間にある小さな村だ。

 小さな村と言うだけあって、元から素朴で平和な村だったみたいなんだけど。

 ここ一年程。あの村は近くに突如湧いた魔狼ワーウルフと狼の群れに悩まされていたらしい。


 奴らは度々村を襲っては、家畜を連れ去って逃げるらしいんだけど。

 したたかなのは、人に怪我を負わせても殺さない事。

 そして家畜も一部だけを連れ去る事。

 しかも襲ってくる頻度も数ヶ月置き。


 その村を生かしたまま、まるで税を納めさせるかのように、生かさず殺さずの状況を維持してたんだとか。

 魔族にも頭いい奴っているんだな。本当に。


 勿論村長もこの状況を何とかしたいって事で、冒険者ギルドにクエストを出してたらしいんだけどさ。

 村で出せる予算なんてたかが知れてて、報酬がかなり渋く、魔狼ワーウルフ相手には割りが合わなかったらしい。


 実際、魔狼ワーウルフだとAランク、悪くてもBランクでも相当実力がある冒険者位は欲しくはなる相手。

 クエストの報酬が安いから、実は甘いクエなんだろって馬鹿な考えを起こし、クエスト受けたCランクの冒険者達があっさり全滅したって話も聞いた。


 しかも何気に厄介なのは、この村の場所だ。

 優秀な冒険者ほど、より高い報酬のクエストを求めて王都や首都に集う。

 だけどここは何たって辺境。あまり腕の立つ冒険者も集まらないし、ウィンガン共和国の首都ウィバンとロムダート王国の王都ロデムを結ぶ大街道から大きく逸れてるのもあって、近間の町にいる冒険者も決して多くない。


 勿論予算さえ出せれば、冒険者ギルドを介して大きな都市へクエストも貼り出せる。

 だけどその分、移動費やら何やらも報酬に含めないとならなくなるし、そんな費用の捻出すら難しいデドナの村じゃ、隣町のここが募集をかける限界だったんだってさ。


 ……ん? 随分詳しいなって?

 ああ、そりゃね。

 全部村長から話を聞いたからな。


 俺の名前はカズト。

 一応Cランクの訳あり武芸者だ。


 今はロムダート王国を離れ、ウィンガン共和国の首都ウィバンを目指してるんだけど、この間偶々たまたま話題になってるデドナの村を通りかかったってわけ。


 珍しく冒険者が来たもんだから、村長が直々に宿に顔を出してきて、クエストの話をしに来たもんで、色々と経緯や実情を聞いたんだ。


「でもよ。忘れられ師ロスト・ネーマーが絡んだってどういう事だよ?」

「それがよ。最近また村に襲撃があって、村人達で何とか応戦したらしいんだけどよ。何と魔狼ワーウルフを倒しちまったらしいんだよ」

「村人だけでか!?」

「ああ。魔狼ワーウルフや狼の死体も沢山転がってて、近くにあった狼の巣ももぬけの殻だったらしい」

「そりゃ、絶対あり得ないだろ。誰か手を貸したんじゃねーのか?」

「それがよ。誰もそんな奴いた記憶がないって言うんだよ」

「村人全員がか? そりゃ怪しいな……」

「だろ? だから話題になってるんだよ。忘れられ師ロスト・ネーマーの仕業じゃねーかって」


 おいおい。人聞きが悪いな。

 じゃなくだっての。

 ったく。


 あ。

 ちなみに、確かに魔狼ワーウルフを倒したのも勿論俺だ。

 クエストの話を聞いてる最中、偶然魔狼ワーウルフ達の襲撃に遭遇しちゃってさ。

 だから戦える村人とパーティーを組んで、迎撃に当たったんだ。


 村人達は決して戦闘技術は高くなかったけど、農業や林業を営んでいるだけあって、タフでスタミナもあった。

 残念ながら武器らしい武器はなかったけど、こっそり『絆の加護』で攻撃力や防御力を上乗せしてやったら、くわや鎌、すきでも狼位は余裕で抑え込めた。 


 とはいえ、後から現れた魔狼ワーウルフ三体を相手にするなんてのは、加護を向けてても村人達じゃ無理だろうからさ。

 そこは一旦村人達に引いてもらい、俺と魔狼ワーウルフ達で最終決戦になった訳。


 まあ、一対三はぶっちゃけ不利だったけどさ。

 これでもLランクの冒険者とも旅してたんだ。

 そう簡単に負けはしない。

 それに村人達程度の目だったら、多少無詠唱で術を唱えても誤魔化せるからな。


 ここで逃がせば被害は減らない。

 だから俺は徹底した。


 三位一体さんみいったいの連携を得意の抜刀術と体術で捌くと。奴らが同時に襲いかかってきたタイミングで抜刀術秘奥義、心斬しんざんうらを発動し、奴らに俺に斬られる未来を見せる。

 瞬間、目の前で身を強張らせ隙を見せた所に、迷わず抜刀術奥義、ざんひらめきで一閃し、奴らを同時に斬り捨ててやったんだ。

 流石に魔術、攻撃強化で火力は盛ったけどな。


 あっさりとボスが死に、思わず動きを止めた残った狼達にも、心斬しんざんうらを使って、この村に近寄ろうとした瞬間俺に斬り捨てられる未来を視せてやる。

 狼達はあまりの殺意に尻尾を巻いて逃げ出し、これでゲームセット。


 ま、指揮してた頭が居なくなった訳だし。巣や子を守るって話なら別だけど、自分達より強い、殺されるかもしれない敵がいる所にわざわざ近寄ろうなんて奴、動物だって早々いない。

 だからこれでもう大丈夫なはずだ。


 村人達にはすごく感謝されたし、村長より報酬の話題も出たけど、クエスト受けてもいないから謝礼は断った。

 村だってこれからもやりくり大変だろうしな。


 それでもどうにかして恩を返したいって言うから、厚意で一晩だけ宿を無料にしてもらい。

 翌朝には村人皆の前でパーティー解散を告げ、そのまま村を後にした。


 結局、俺は一部の村人とパーティー組んだ状態のまま、最後に村人全員と会っていたから、パーティーを解散した今、村人達は皆、俺に助けられた事を忘れてる。

 つまり、俺がいた事実は噂に変わったって訳。


 忘れられ師ロスト・ネーマーである俺が言うんだから、これが真実。

 だけどそんな話、ひけらかすもんじゃないしな。


 ちなみに、今まであまり意識してこなかったんだけど、『絆の力』で得られるのはどうも冒険者らしい技や術だけじゃないらしい。


 今回の村人とのパーティー編成のお陰で、農墾開拓やら、薬草知識やら。何気に一般職の知識や技術も手に入れた。

 一応戦闘職と一般職はカテゴリーが別で、重複して職を持てるから、何かしても怪しまれはしなくて済むか。

 っていうか、この調子だと村を作って開拓とかできそうだな。

 流石に冒険者っぽくはないけど……。


 後、『絆の加護』を与える為のパーティーの人数制限も特になさそうだった。

 とはいえ、人が増えればそれだけ加護を与えるのも複雑化して大変だったし、流石に人数は普段のパーティー位に留めた方が良さそうだったけどな。

 

 ってなわけで。

 俺はロミナを助け、彼女達に忘れられてからも、こんな感じで自由気ままに旅をしている。


 元々王都ロデムと首都ウィバンの間だけなら馬車で一ヶ月弱もあれば着くんだけど、流石にヴェルウェック山からの帰りに、ロデムを経由する気になれなくてさ。

 結局、温泉街チャートから一度迂回してウィンガン共和国に入ったのもあって、今話した村や町を経由し遠回りしている。

 こっちからだと、首都ウィバンまでは馬車でももう二週間は掛かるか。


 ……王都ロデム離れてから、大体二ヶ月近く。

 思ったより足止めをくったけど、やっと常夏気分を堪能できそうかな。

 まあ、男一人寂しくってのもどうかと思うけど、それはそれで気楽なもんさ。

 ……虚しくないか? なんて野暮な事は聞くなよ?


 はてさて。

 ウィンガン共和国の首都ウィバン。

 今までの旅では足を運んでないからな。

 どんな場所なのか楽しみだ。

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