第四話:闇の龍、降臨

 あいつは一瞬で俺の前に踏み込むと、腕の鋭い爪をぎゅんっと伸ばし斬りかかってくる。


 普段なら避けるが、ここは前!

 俺は敢えてより深く奴の懐まで踏み込み爪を避けると、敢えて背中向きに相手に体を預け。刹那、勢いよく相手の脇に流れるように、一気に身を翻した。


 武闘家や武芸者の体術のひとつ、流転るてん

 相手の前に出る力に身を任せるように、くるりと素早く背後に回り込む回避技だ。

 俺、結構この技に自信があったんだけど。ディネルは全力で繰り出した流転をあっさりと見切り、同時に身を捻って鬼の形相で爪を振るってきた。


 こりゃ確かに疾い。

 流石に俺じゃ避けきれないか。


 だけど、それじゃ遅いんだよ!


 俺の肩に奴の爪が刺さり、道着が裂かれ、皮膚と肉を深く抉り掛けた瞬間。


「ぐはっ!!」


 ディネルは突然の衝撃に、俺から引き離されるように吹き飛ばされた。

 いや、飛ばされそうになった勢いは、次々に放たれた連撃にて遮られ。奴を拳蹴けんしゅうの嵐が襲う。


「喰らえっ! 連転乱舞れんてんらんぶ!!」

「ぐっ! げふっ! がっ! だっ!」


 ミコラの怒りにも似た叫びがディネルの呻き声を生み。稽古の比じゃない疾さを見せる彼女の技が、天雷のナックルからほとばしる電撃と共に、あいつに一気にダメージを与えていく。


 勢いのままミコラがディネルを俺から引き離し、一気に押し込むのを見届けると、俺は思わず膝を突いた。


「……つっ」


 道着を裂き、袖を赤く染め、腕を流れる鮮血。

 傷がそこまで深くなかったとはいえ、流石に強い痛みを感じる。

 それにさっきの連斬れんざん。基本技とはいえあれだけ隙なく繰り出し続けたのも、結構身体に堪えるな。


 俺が顔を歪め、無意識に肩を押さえたのがよほど痛々しかったのか。


「カズト!」


 フィリーネが必死な顔で翼を広げ滑空し、急ぎ俺の側に飛来すると、血を噴き出した俺の肩に手を当て、無詠唱で聖術、生命回復を向ける。


「まったく! 無茶をして!」

「仕方ないだろ。撒き餌なんてのはこれ位がいいんだよ」


 そう。

 撒き餌はちゃんと喰って貰ってなんぼだからな。


 正直傷が浅くて済んだのは、聖壁せいへきの加護もあったけど、ミコラが作戦通りにドンピシャで飛び込んでくれたから。

 それにあのタイミングだからこそ、ディネルに避けさせる暇を与えずに済んだんだ。

 やっぱりうちの最強の前衛は頼りになるぜ。


「吹っ飛べぇぇぇっ!!」

「ぐほっ!!」


 叫びと共に、ミコラが派手に腹を蹴り飛ばすと、そのままディネルが勢いよく壁画に激突する。

 瞬間激しく壁の壁画にヒビが入ったかと思うと、一気に崩れた壁で粉塵が煙のように舞い、あいつの姿がかき消された。


「どうだ! 俺達だって疾さじゃ負けねーよ!」


 両腕を腰に当て、自慢げにポーズを取るミコラ。

 ほんと。あいつだからこそ、この疾さを使いこなしたって感じだな。


 俺は最初からこの展開を狙っていた。


 龍武術は確かに、術の効果は恐ろしく高い。

 だけど重ねて効果を出せないし、別の術に切り替えるのも即座とはいかないってルッテから聞いていた。

 であれば、俺達にとって最も効率よくダメージを取れるとしたら、あいつが脆くなる肉体風化を使う時。


 とはいえ、簡単に出しはしないのは分かっていたし、相手の疾さを凌駕するには準備もいる。

 だから俺達は気づかれぬようにミコラを強化し、肉体風化を使用するあいつに、彼女を使ったカウンターを目論んだんだ。


 まず俺が一の矢となり、兎に角あいつにプレッシャーを与えて奴の目を引きつけつつ、出来る限り気づかれないようにミコラを強化する。

 シルフの風斬エアブレードをわざわざ詠唱したのは牽制やプレッシャーも理由にあったけど、何よりフィリーネがより効果の高い魔術、攻撃強化を気づかれぬように詠唱し、ミコラに術を掛ける為。

 俺すらほとんど気付けない、完璧に合わせたフィリーネのセンスには脱帽だったぜ。


 俺が無詠唱で唱えた疾風エアスピードも、勿論ミコラに向けたもの。

 これで最強の二の矢の出来上がりだ。


 後は、俺がディネルを苛立たせて肉体風化を使わせ、疾さで競うと見せかけて奴の目を俺にだけ向けさせ、ミコラに対し背を向けさせる。

 後は背後からミコラに仕掛けさせたって訳。


 とはいえ、闘気を強く放てば先に奴に気づかれ避けられてしまう。だからこそ、当てるまでは気配を消せと事前に伝えておいたけど。

 この指示をあの状況で、怒りに任せずやってのけたのは、ミコラの戦闘センスと、仲間を信じ迷いなく実行する決断力があってこそ。


 やっぱり本当に。

 こいつらは最高で、最強のLランクだよ。


「助かったぜフィリーネ。ドンピシャの詠唱だ」

「当たり前よ。貴方が身体を張ってくれたんだもの。無駄になんてできるわけないわ」

「じゃが、あれで終いにはなるまい」


 俺達の脇に立ったルッテは、未だ真剣な顔。


「ああ。だが多少でもダメージは取ったからな。先手としては上出来だ」


 肩の傷が一通り癒えた俺も立ち上がる。

 ゆっくりと粉塵が消えると、壁にめり込んだディネルが見えてくる。


「……ふっふっふっ。はっはっはっ。はあっはっはっはっはっ!!」


 突然。

 壁にめり込んでいたディネルが瓦礫を物ともせず立ち上がる。

 顔に。腕に。腹。脚に。

 ミコラに打ち込まれた痛々しいあざがある。

 口の中を切ったか。端から血も流れている。

 その口角が、ニヤリとあがる。


「人間にもここまでの者達がいるとは。流石はルティアーナ様が目を掛けた者達。面白い。ではわたくしも本気で参りましょう。闇の龍の力。とくとご覧あれ」


 瞬間。

 先程感じた気配と違う、何処か禍々しさを感じる覇気があいつの身体から放たれ、大地が震え出す。


「で、出るのか!?」


 緊張した声のまま、ミコラが唖然としている。

 さて。ここからが本番だな。


「ミコラ。下がれ」


 俺は予定通りに前に出る。

 背後に炎の幻龍フレイム・ドラゴニアによる、実体化したフレイムドラゴンを引き連れたルッテと共に。


「……本当に、大丈夫なのか?」


 怪しげな闇が集まり出すディネルから目が離せず動けないミコラに並び、肩をポンっと叩く。


「今更疑うとか。よっぽどだろ?」

「……ふっ。そうだよな。俺とフィリーネは休んでるから、後は頼むぜ」

「任せるが良い」


 俺とルッテを信じ、ミコラはたったったっと後ろに駆け出す。

 早馬車の中で、ここで二人に出している指示は、とにかく離れて見守れってだけ。

 代わりにルッテには既に、以前温泉宿で閃いた策をこっそりと授けている。

 当時その策を聞き、驚きと戸惑いしか見せなかった彼女は、今も煮え切らない表情を見せている。


 そりゃそうだ。

 ルッテの役割しか俺は伝えていない。

 だからこそこんな顔にもなるかって、そう思ってたんだけど。


「カズト。ひとつ、頼みがある」


 ぽつりと、彼女が呟いた。


 目の前では闇は大きくなり、それが少しずつ巨大なドラゴンの姿に変わっていく。

 それを見ながら、彼女は歯がゆそうな顔で言葉を続ける。


「ディネルを、殺さんでくれぬか?」


 それを聞いた時、俺は思わず目をみはった。


 おいおい、何言ってんだ。

 相手はSランクすら歯が立たないかもしれないダークドラゴンだぞ。

 しかも俺達の敵じゃないか。流石にぬるすぎるだろ?


 そんな数々の言葉を呑み込み、俺はふっと笑う。


 だけどきっと、お前は昔からあいつを知ってるんだよな。

 ずっと、ディアとあいつと一緒に育ったんだよな。

 多分、お前の家族みたいなもんだよな。


 ……これであいつを殺して、お前に泣かれちゃ堪らないな。


「いいか。迷われても困るから言っておく。お前は作戦通りに頼む。ま、俺は仲間を誰も死なせたくないからあいつを殺す気でいく。けど相手はダークドラゴン。そう簡単にくたばりゃしないだろ」


 俺はそう言って、目の前に現れた巨大な闇の化身、ダークドラゴンから目を逸らし、ルッテを見てにやりと笑う。

 目があった彼女もまた、言葉の意味を察したのだろう。


「まったく。人の話を聞いておるのか?」


 そんな小言と共に一瞬ふっと笑うと、視線をダークドラゴンに戻した。


『ルティアーナ様。仲間達の死に、絶望していただきますよ』


 完全に実体化したダークドラゴンが、空気を震わす声でそう語った後。ダンジョンを揺るがすように大声で吠える。


 ったく。うるさいんだよ。

 少しは大人しくしとけ。


 さて。ここからが本番だ。

 最古龍の娘と忘れられ師ロスト・ネーマーの奇跡のタッグ。しっかり目に焼き付けておけよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る