第三話:疾風の如く
ルティアーナ?
聞き慣れない名前に俺達はルッテを見る。
だが、それがさも当たり前のように、彼女は真剣な顔で、じっとその男を見つめていた。
「久しぶりじゃのう。ディネル」
「まだたった数年。瞬きほどの時間にございます」
「はっ。そうじゃったな」
亜神族が長命なのは知っている。
だからこそ、人の世界に染まったルッテと、最古龍と共にあるディネルと呼ばれた男の認識の違いがある。
姿形といい。この会話といい。
こいつが間違いなく、ダークドラゴンか。
自然と警戒し片手を柄に添えそうになった所で、脇に立つルッテが制するように俺の前に手を伸ばした。
「師匠……いや。母上に会いに来た。道を譲れぬか?」
は、母上?
ちょっと待て。ルッテが最古龍ディアの娘!?
予想外の言葉に、俺達は思わず動揺する。
だが、それを意に介す事なく、ルッテだけはじっとディネルを見つめている。
互いに視線を交わし、二人は少しの間沈黙していたが。先に大きくため息を
「ディア様からの命にございます。『冒険者を簡単に通してはならぬ』と」
「……避けられぬか?」
「既にお嬢様も冒険者。そちらの皆様もです。但し……お嬢様のみこちらに戻られ、二度と外の世界に関わらないとお約束いただけるのであれば、お嬢様だけをすぐ中にお通しできますが」
……酷い条件だな。
つまりルッテは会おうと思えばすぐに師匠……いや、母親であるディアに会える。
それは同時に、冒険者でなくなる未来を受け入れる事になり。外の世界と関わらない以上、ロミナを助けられないって事になる。
そんな条件。
ルッテが受け入れるかといえば……。
「……交渉、決裂じゃな」
……まあ、こうなるよな。
「左様ですか。ではお嬢様も、皆々様も、ご覚悟を」
そう口にした瞬間。
ぶわっと俺の肌に鳥肌が立った。
ディネルに一気に昂まったのは殺気じゃない。
言うなれば、闘気。
同時にあいつはうっすらとした青白いオーラに包まれた。
「うっはぁ。こりゃやべーな」
緊張した声を上げながらも、パーティーでの役割を忘れないミコラが自然とルッテの前まで歩き出し。俺もまた、ミコラの脇に並び立つ。
これだけ強く感じりゃ、充分やばさしか感じない。
だけど、ダークドラゴンであるはずのあいつは、本来の姿になろうとはしなかった。
「
「殺すのは簡単にございますが、
彼女に平然とそう言い返すディネル。
随分と涼しげな表情をしているな。
とはいえ迷ってもいられない。
ルッテの知り合いだろうが、倒さないと始まらないんだからな。
俺とミコラが自然と構える。
と同時に、
『聖なる力よ。我が身、我が仲間に屈強なる力をもたらし、その盾となれ!』
俺とフィリーネは同時に同じ聖術、
瞬間。俺達全員の身体がふわりと淡いオーラに包まれる。
パーティーメンバー全員の物理、術双方への防御力を高める補助系の術だが、これはパーティー内にしか効果がないからな。
俺は自身に、フィリーネは向こうのパーティーに術を掛け、互いの防御力を高める。
「行くぜ! 先手必勝!」
恐怖を払うように、拳に付けた天雷のナックルを握りしめたミコラは、瞬間ディネルに飛び掛かると、いきなり奴の目の前で前宙を見せ、鋭い浴びせ蹴りを放つ。
それを迷わず両腕を頭上でクロスし受け止めたディネルは、そのまま宙に浮いたミコラを蹴り上げようとした。
「おっと!」
勢いよく身を捻り蹴りを躱したミコラは、猫のような身のこなしで素早く着地すると、間髪入れずに拳や蹴りを振るうも、ディネルは表情を変える事なく、それらを綺麗に受け、捌いていく。
だが、素早さに勝ったのはミコラ。
何発か捌ききれずにディネルは被弾を見せた。
「くそっ! かってー!!」
が。返ってきた反応は芳しくない。
予想通り、奴は相当に頑強か。
「どうしましたか? まだこちらは本気を出しておりませんが」
「うっせー! これでも喰らえ!」
それはパパンっと小気味良く奴の身体に数発蹴りをヒットさせ、相手を下がらせる。
「
勢いのままに拳に闘気を纏わせると、ミコラが勢い良く突進し、顔面を狙い
だがそれはディネルの腕に弾かれ、カウンター気味に繰り出された蹴りを喰らって……いや。ミコラは咄嗟大きく後ろに蜻蛉返りしてそれを避けた。
だがその隙を狙い、ディネルは宙を舞う彼女に拳を振りかざす。
あんな露骨な隙、狙いたくなるよな。
だが何時も通り、その隙は俺が埋める!
瞬間。俺は一気に深い前傾姿勢で踏み込み、宙を舞うミコラを
が、気配を感じ取ったのか。
咄嗟に両腕を前にして俺の抜刀を止めたディネルが、弾けるように後方に滑る。
強い衝撃と反動。
流石に腕を斬り裂くには至らないか。
と同時に。
「炎龍よ。奴を焼き尽くせ!」
『我が内なる炎の
ルッテの古龍術、
「よっしゃぁっ!」
着地したミコラが思わずガッツポーズした。
しかし、俺は気を抜かずにじっとその炎を見つめる。
「ほほぅ。中々の腕前ですな」
涼しげな声と共に、彼は炎から姿を現すと、表情を崩さずこちらに向け歩いてきた。
多少ローブが焦げた形跡があるものの。身体には焼けた跡などは一切ない。
俺が抜刀したはずの跡も、ローブこそ斬り裂かれていたものの、肝心の腕は青白いオーラを帯びているだけで全くの無傷。
「おいおい。二人がかりの
ミコラが思わず驚愕するのも仕方ない。
俺だって流石に内心驚いてるんだ。
これが龍武術の肉体硬化。かなり厄介だな。
「では、そろそろこちらから──」
「嫌だね!」
言葉が終わるのを待たず、俺はまたも一気に踏み込むと斬りかかった。
何か技を見せるのではなく、間髪入れず、ただ素早く斬りかかっては
確かに技を繰り出すのは強さにも繋がる。
だが、手の内を見せ、隙を作るのもまた技なんだ。
敢えてミコラは戦いに参加させない。
ってより、後衛を急に狙われちゃ堪らないからな。
さっきの俺もそうだけど、一人は守りに回っておく。
ルッテから聞いた話が確かなら……この龍武術は硬くはなるが、素早さを犠牲にするはず。
その言葉通り、相手は腕や脚で俺の刀を受け続けるも、受け漏らしは無視し、そのまま身体で受けていた。
合間に無理矢理反撃を見せるけど、これは十分俺でも避け切れる。
勿論、俺の斬撃は通らないが、あいつも疾さには付いてこれていない。
ビンゴ。
なら後は、信じるだけだ!
俺は、刀を振るう疾さを上げた。
より素早く。より鋭く。より激しく。より覇気を強くする。
「むっ!?」
涼しげだったディネルの顔が少し歪み、その目が俺の刀をよりしっかり追い、少しでも多く受けようとする。
流石に圧が変われば、その硬さを抜く裏があるのか。そんな疑念も生じるだろ?
知ってるぜ。
さっきまでちらちらと俺の仲間を見て、牽制しているのを。
ルッテ達の炎をも止める肉体硬化。俺の刀だって易々と通るとは思っちゃいない。
だからまずは騙して、お前の視線を奪う。
きっかけは圧。
惑わすは、殺。
俺はまず、
『風の精霊シルフよ。我が刀に宿りて、その刃を研ぎ澄ませ!』
高らかに叫んだ詠唱は、風の精霊術、
刀に風を宿し、奮う度に風の斬撃を繰り出せる術だ。
だけどキュリアが託してくれた
ここからの斬撃、甘くはないぜ!
これでもまだ、肉体硬化に及ばない。
が。あいつの鋭い視線が俺に釘付けになっていく。
そうだ。
俺を見ろ!
俺だけを見ろ!
ディネルは防戦一方になりつつも、未だ傷らしい傷は与えられない。
だが、風ってのは厄介だろ?
風が強くなるほど邪魔に感じ、目を背け、逸らしたくなる。
これはドラゴンだって一緒だ。
お前だってその目で俺達を見てるんだからな。
俺は手数での優位をいいことに、斬れぬ相手を斬りまくる。
奴を風の斬撃に巻き込みながら。
剣撃を受け切れない事が増え、風の斬撃も混じって流石に嫌になったのか。ディネルの表情が苦虫を噛んだように歪む。
「いつまでそんな曲芸をするおつもりで」
「疾さに付いてこれないんだろ? お前が倒れるまでだ!」
俺の煽りに心底うざそうな顔をしたディネルは、
「身の程を知れ!」
初めて感情をむき出しにすると、俺が刀を当てようとした瞬間、カウンター気味に俺を刀ごと強く弾き返した。
空で蜻蛉返りを見せ、床に着地するも威力で滑る。
低い姿勢で踏みとどまった俺に、奴はその場ではっきりとした苛立ちを見せた。
「人間が大した力もなく粋がるな! 本当の疾さと力とは、こういう物だ!」
身体を纏うオーラの色がゆっくりと緑に変わる。
来た。ルッテに聞いていたあいつの新たな龍武術、肉体風化。
その視線は揺るがず俺にだけ向けられている。
今、間違いなくあいつは俺しか見ていない。
まずはここが勝負所!
俺は風の精霊王シルフィーネの力を借り、無詠唱で
術を付与した相手のスピードがより早くなる、強化系の魔法だ。
これでより加速できるはず。
「おぉぉぉぉっ!」
雄叫びと共に見せる奴の踏み込み──確かに疾い!
だが、俺も負けじと一気に踏み込み、
お前にも見せてやるよ。
本当の疾さってやつを!
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