第二話:導かれるままに
移動を始めて数時間。
まだ日が南天を指す前、俺達はフォズ遺跡に辿り着いた。
早馬車の御者に、迎えに来て欲しい時には離れていても音で合図を送れる音の水晶で伝える事。一週間音信不通の場合には、王都に戻りその旨を国王達に伝える事を指示し、一度フリドの村に戻って貰った。
ここまで来るような物好きな野盗なんて早々いないだろうが、何かある訳にいかないからな。
早馬車が離れたのを見送った俺達は、ゆっくりとフォズ遺跡へと足を踏み入れた。
歴史の教科書なんかで見た、ギリシャの写真を思い出させるような倒れた装飾の柱。石造りの今にも崩れそうなボロボロな建物も何処か神秘さと儚さを感じさせ。
同時に足元や周囲にちょこちょこと見える人か何かを焦がしたような痕。中の人が消えても人型を残す凍りついた氷像など、その惨劇の跡がまるで冒険者の墓場のようにも感じさせる。
溶けかかった雪が残る遺跡の中、ルッテが先導し歩いていく。
普段ならもっと寒さが厳しいはずなんだけど。
初めて来た俺からしても、ここが極寒の地と言われたら信じられないほどの柔らかな陽射しと暖かさがそこにはあった。
お陰で余計な荷物は早馬車に残し、身軽に動けるのは救いだったけどな。
「……普段であれば、
ひとりごちるルッテの言葉の通り、視界にはそれらしき怪物は一切ない。
まるで人気のない朝の観光地を歩いているかのように、俺達の足音だけがする。
……つまり。
最古龍ディアはやはり俺達を誘っているって事か。
遺跡を歩いて暫く。
高台の先、階段を登った先に見える崩れた神殿を目指すように、階段を上り始めたルッテに続く。
階段を登り切った先にあった神殿跡は、先程までと打って変わり、何者にも荒らされておらず、戦場になったような痕もなかった。
「何でここだけこんな綺麗なんだ?」
ミコラが素直な感想を漏らすと。
「普段ここは、遺跡本来の力で神殿に上る階段を含め、巨大な結界が張られておる。そのせいで普段神殿は見えぬし、結界に触れれば世界の知らぬ果てに飛ばされるのじゃ」
そこまで言うと、ルッテが振り返る。
「ここからダンジョンに入る。良いか?」
「……ええ」
「あったり前だ。引き返す気なんてねーからな」
真剣な顔を向ける彼女に、フィリーネとミコラが緊張した顔で応えたけど、俺はすぐには応えられなかった。
ルッテにも緊張と決意は浮かんでいる。
だけど、俺にはその瞳が何処か切なげに見えたから。
……お前。本当は、師匠と戦いたくはないんだろ。
「……カズト。びびってるのか?」
ミコラの言葉にはっとした俺は、思わず「はんっ」と鼻で笑う。
「ふざけるなって。ただCランクの冒険者がよくこんな所に来れたなって、感慨深くなっただけさ」
「あらそうなの。ま、ほとんど私達のお陰よね。感謝してもらわないと」
「おいおい。ここまで案内してくれたルッテには感謝してるけど、お前なんて高い温泉宿泊まって楽しんでただけだろ?」
「あら。随分酷い言い草ね。否定はしないけれど」
「へっへー。フィリーネどやされてらー」
「ミコラ。お前も変わらないからな」
「何言ってんだよ。俺はここから大活躍するからな。楽しみにしとけよ!」
ふっ。
さっきまで緊張してたくせに。
ま、とはいえ確かにここに来れたのは、本当に頼りになるお前らのお陰だよ。
そんな二人のやり取りを見て呆れた笑みを浮かべた俺に、ルッテもふっと笑う。
「ほんまに騒がしいのう。お主らは」
そう言いながら、彼女はくるりと背を向けると、神殿へと足を踏み入れた。
屋根は既に倒壊し、岩壁や石柱、敷石ばかりが目につく神殿。所々射し込む陽の光のお陰で薄暗さだけで済んでいる建物の中を進んでいると、ルッテが足を止めた。
じっと足場を見ると、こつこつと敷石を順番に叩く。
凹むわけではない。しかしそれを幾つか叩くと。
突然、ゴゴゴゴ……という低い音と共に、彼女の前の床がスライドし、そこに地下に入る階段が見え始めた。
完全に床が開いたのを見届けたルッテは、古龍術のひとつ、
階段は外の遺跡と比べ傷もなく、よりしっかりしており、劣化を殆ど感じさせない。
「……ここも荒れてはいないんだな」
「Sランクの冒険者であろうとも、敵がおれば上の遺跡を見て回るのが精一杯じゃろ。人がここに入る事など、ここ千年でも指折り数える程しかなかろうて」
「ダークドラゴンはいなかったみたいだな」
「普段なら地上で待ち構え冒険者を迎え撃つはずじゃが。……
なにか思い当たる節があるのか。
何処か重たい、低い声で語ったルッテと共に階段を下り続けていると、荒れた様子の少ない、岩壁の通路にたどり着く。
見た目には一本道。しかし灯りもなく真っ暗……かと思ったが。
ボッ ボッ ボッ ボッ
突然壁に掛けられた松明が、手前から奥に順番に点いていく。
まるで俺達を導かんとするように。
「……歓迎でもされてるのか?」
思わず首を傾げるミコラ。
そりゃそうだ。普通、追い払いたい冒険者を助けるように、松明など灯すはずがないからな。
「我がダンジョンを知っておるのもあるじゃろうが。面倒事が嫌いなんじゃろうて」
「ま、有り難いじゃないか。こっちは少しでも時間が惜しいしな」
「そうね。案内があるならさっさと行きましょ」
「そうじゃな」
俺達はそのまま松明の灯りの案内に従い、ダンジョンを迷うことなく進んで行った。
途中幾つかの扉もあったが、ルッテが足を止めなかったため、それらはすべてスルーした。
きっと財宝やら罠やら色々あるのかもしれない。
けれど、正直今はそんな物への探究心なんて湧き上がりもしないしな。
そして、地下を歩きだしてどれ位経ったか。
道を遮るように、大きな両開きの扉が見えてきた。
今までの扉と違い、凝った装飾が施されている。
……間違いなく、この先に何かあるな。
扉の前で、俺達は歩みを止め、互いに向かい合った。
「よいか。ここから先、遅かれ早かれダークドラゴンと戦いになるはずじゃ。覚悟は良いか?」
「ああ。何時でもいいぜ」
「私も大丈夫よ。カズト。貴方は?」
「言うまでもないさ。皆、いざとなったらまずは作戦通りに」
その言葉に皆が頷いたのを見て、こっちも頷き返すと。俺はゆっくりとその両扉を押し開けた。
ゆっくりと開いたその先の明るさに、俺達は少しだけ目を顰める。
そんな光に慣れた目に映ったのは、広い空間だった。
部屋、というには少々広すぎる。それこそ闘技場位はあるんじゃないだろうか。
壁にはまるで彫刻のように刻まれた壁画がびっしりと広がり、歴史を感じるような物々しさが溢れている。
そして、遠く向かいには出口となる同じような扉があり。
だだっ広い部屋の中央に、何かがいた。
ルッテ同様、ボロボロの漆黒のローブを身にまとった端正な顔立ちの青年。
髪は俺と同じ黒髪。
左右の耳の上辺りから伸びる、枝のような角。
殺意も闘気も何も感じない、まるで空気のような男は。
「お帰りなさいませ。ルティアーナお嬢様」
そう言って、まるで執事のように、深々と頭を下げた。
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