第五話:龍達の狂宴
ルッテの指示でふわりと巨大な翼で舞い上がり、赤きドラゴンが俺達の前に立つ。
ダークドラゴン対フレイムドラゴン。
その開幕は、互いの口から放たれた球の撃ち合いだった。
禍々しい、何者も吸い込みそうな闇の球と、何者も燃やし尽くしそうな炎の球の空中での激突。
同時に爆発した衝撃で部屋の空気が激しく揺れる。
『ほほう。ルティアーナ様も成長なされましたな』
「ふん。お世辞は終わってからじゃ」
その言葉に合わせ、フレイムドラゴンが今度は奴に向け豪炎のブレスを放った。
炎はブレスを吐き終わってもその場で激しくめらめらと燃え、まるでそこがテリトリーだと言わんばかり。
同時に、ダークドラゴンも自身を中心に床に闇のブレスを撒き散らした。
互いの炎と闇がぶつかると、激しく嫌な音がする。
ダークドラゴンの闇。
それは別にただの暗闇じゃない。
ダークドラゴンの別名はカースドラゴン。
その根本には魔王の呪いのような、触れれば相手を苦しめる、呪いに近い力を持っている。
呪いの闇がより高く、広く、大きくなり、ダークドラゴンを包むように広がると、あいつを闇の中に沈める。炎もまた高く猛々しく燃え盛り、侵食してくる闇を遮ろうとする。
『さて。ルティアーナ様のお力で、どこまで持ち堪えられますかな?』
闇の中で
その言葉が示す通り、ルッテの額には既に汗が滲み、炎で闇を止めるので精一杯だ。
残念だが二体のドラゴンには大きな違いがある。
それは召喚された物か、ドラゴン自身か。
圧倒的に後者の方が力は上だって以前ルッテから聞いた。それが今現実になってるんだろう。
本物のダークドラゴンが生み出した闇を、古龍術で止めている彼女は相当頑張っている。
と。炎の壁を貫くように、突如闇の槍が突然フレイムドラゴンに襲いかかる。
ちっ! 直撃はやばい!
俺は咄嗟にフレイムドラゴンの背を利用して一気に跳躍すると、空中で素早く抜刀し、全力の
それは闇の槍に直撃すると、互いに相殺され弾け飛んだ。
ふぅ。危なかった。
ってかあいつ、炎の壁すら撃ち抜く力があるって事かよ。
炎の壁で威力が落ちたから止められたけど、このままじゃジリ貧。やはり短期決戦じゃないとやばいな。
くるりと空中で身を翻した俺は、フレイムドラゴンの頭の上に器用に着地する。
『人間風情が中々やりますね』
「そりゃどうも」
『折角です。貴方もルティアーナ様ごと、闇に飲まれてみませんか?』
淡々とした言葉と共に、闇の壁の圧が高まり、炎の壁がじわじわとこちらに押され始めるのが見えた。
「カズト! どうするのじゃ!」
冷や汗を流しつつ叫ぶルッテの表情が歪む。
ダークドラゴンはこの闇の壁の中でより力が増すと聞いている。
だから、この壁を生み出すのは予定通りの展開。
後はもう俺次第。どうなるかは分からないけどな。
「折角だ。ちょっと遊びに行ってくるわ」
「はっ!? 何を言うておる!?」
ルッテの驚愕の叫びと、俺が飛び出すのは同じタイミングだった。
正直、あまりやりたくはない。
半分はアイデア。だが半分は賭け。
失敗すれば全てパーだからな。
天を舞った俺はそのまま覚悟だけを決め、闇の壁に上空から飛び込んだ。
「カズト!!」
「何やってんだ!!」
フィリーネとミコラが思わず叫び。
『自ら我が闇の内に入るとは。能無しにも程がある』
ダークドラゴンも俺を馬鹿にするように呆れた声を上げる。
そうだな。
自ら呪いに飛び込むなんて無茶。
確かに精霊術でも呪いに抵抗はできるし、聖術にも浄化の術はある。
だけどそんなのはこの持続する呪いの中じゃジリ貧。
だからこそ、俺は精霊術も聖術も使わず、闇に飛び込んだんだけどな。
闇に潜った瞬間。一気に襲う痛みと苦しみ。
身体が傷ついているんじゃない。心に直接、来やがるか。
『はっはっはっはっ! 無知とは怖い。これだから人など無能。そのまま闇に心を潰され死になさい』
奴の言葉を聞きながら、俺はそのまま闇に溶け、沈む。
「カ、カズト……!?」
ルッテが唖然とした声を上げ。
「お、おい。まさかだよな!?」
「カズト! 返事なさい!!」
ミコラとフィリーネの涙声も聞こえる。
だけど今、返事なんてできない。
『はっはっはっはっ。無駄ですよ。この闇に入り生き残れる人間などおりません。事実、既にもう
まるで仲間の絶望を喜ぶダークドラゴンのより嬉々とした声。
……ルッテが話してた通りだ。
お前は闇の中は見えてない。気配だけで俺を追ってたな。
確かに俺は闇に溶けてやったさ。
勿論、わざとな。
とはいえ、長くは
さっさとこっちも本気を出す!
何も見えぬ闇の中。
俺は床に立ち、消した気配をそのままに、静かに抜刀術の構えを取る。
鞘から刀は抜かず。心静かに。
周囲は既に闇。
って言っても、心はまだ闇に食われてなんかいない。
知ってるか?
黒いインクで書いた文字は、溢れた黒いインクが重なり、流れ込み、溶け込むんだ。
じゃあ、同じ力を持ってこの闇に飛び込んだら、さあどうなる?
『ではお嬢様もそろそろ限界。弱き者達と──』
あいつの言葉が止まる。
そこに現れた、俺じゃないもうひとつの存在に気づいたんだろ。
『ギャオォォォォォォッ!!』
『な!? これは!?』
あいつの耳元にも届く咆哮。
そうだ。吼えてやれ! しっかりとな!
いいか?
目には目を。歯には歯を。
闇には闇を。じゃあダークドラゴンには?
勿論、ダークドラゴンだ!!
古龍術、
ルッテがこの術を昔から使えるのを、以前流れ込んできた力で知っていたのさ。
今まで使ったのを見た事はなかったけど、こんなの使いたくない気持ちもよく分かる。
呪いの力なんて、魔王と同じだからな。
だが結局、今俺がまだ無事なのもこのお陰。
古龍術の本質は、ドラゴンの力を身に宿す術だからだ。
つまり俺の身体は今、呪いを身体に宿し、闇に潜んでも殺されずに済んでいる。あいつと同じ条件って事だ。
勿論お前の闇の壁から流れ込む力のお陰で、俺の古龍術も強くなってるって訳。
さて。
俺の召喚したダークドラゴンは、あいつのお陰で強化されている。とはいえ、ルッテのフレイムドラゴン同様、本物には及ばない紛い物。
だけど、これならどうだ?
俺は迷わず、こっちのドラゴンをあいつに喰らいつかせようと突進させる。
『小賢しい! 消えな──!?』
それを嫌った奴が新たに闇のブレスを吐こうとする気配。だが、あいつはその瞬間、思わず動きを止めた。
『ば、馬鹿な!? 貴様生きて──』
はんっ。あったり前だ。
この手の呪いの苦しさは、とっくにロミナの呪いで経験済み。
更に言うなら、俺には絆の女神の呪いもある。
苦しみなんて日常茶飯事。
呪われ続けてる男を舐めるなよ。
そして、お前が動きを止めた理由も俺だ。
抜刀術秘奥義。
表は斬らないと思ったものを斬らない技。
対して裏は、斬りたい相手に斬られたと思わせる技だ。
俺は瞬間、強い覇気と殺気であいつに見せてやったんだ。ブレスを吐いた瞬間、首を斬り飛ばされる未来をな。
この技は俺の気力と精神力を相当使う。
それだけの殺気と覇気を向けなきゃいけないからな。
でもその割に、実際は牽制にしかならない、普段なら正直微妙な技だ。
しかも闇の呪いを抱えたまま、ダークドラゴンを召喚し続け
だが今は、足止めさえできりゃ十分なんだよ!
ダークドラゴンの動きが止まった事など関係なく、俺のドラゴンが勢いよく喉元に噛み付くと、そのまま力任せにあいつを押し倒す。
『がはっ! こ、このっ!
ひっくり返った奴が強く抵抗しようとする度に、新たなる殺気で斬り殺される未来を見せ、奴の動きを固まらせる。
人だろうがドラゴンだろうが、それをしたら死ぬと感じた恐怖に、早々踏み込めやしない。
しかも何処にいるかも分からなきゃ、止められもしないだろ?
「ルッテ! 全力で闇を吹き飛ばせ!」
「その声、カズトか!?」
「いいから早く!」
俺の声が届いたのか。
あいつのいる方の熱量が上がる。
俺は咄嗟に構えを解き、一気に熱に向け駆け出すと天高く跳んだ。
間一髪。
闇は一気に炎で焼き払われ、その中心で二匹のダークドラゴンが取っ組み合うように抑え込み、抗う姿が晒される。
「ルッテ! ドラゴンで奴を抑え込め!」
一旦彼女の脇に着地した俺は、素早く指示だけ出すと、またも大きく跳躍する。
「う、うむ!」
一瞬唖然とした彼女は我に返るとフレイムドラゴンをけし掛け、奴の後脚に噛みつかせ抑え込んだ。
二体一。
これなら易々とは起き上がれはしないだろ。
俺は風の精霊シルフの精霊術、
狙うは一点。あいつの顎だけ。
『ぐおぉぉっ! ふざけるな! どけぇぇぇっ!』
叫び声を響かせもがくダークドラゴン。
二体一で押さえ込んでいるとはいえ、時間は掛けられない。
俺の気力も精神力もかなり削られてるからな。
だから、ここで決める!
『世界に満ちし
俺は魔術、雷属付与を
愛刀がその名の通り、激しく放電を始める。
ははっ。その意気だ。行くぜ相棒!!
俺は居合の構えのまま、強く天井を踏み抜き、一気に奴に向け落下した。勿論、
「いっけぇぇぇぇぇっ!!」
そして、地上で押さえ込まれているダークドラゴンが天に向けている顎目掛け、全身全霊の
喰らえ!
抜刀術奥義、落雷!
勢いのまま俺は刀を振り抜くと、奴の顎に雷の宿りし刀の
『ぐお……っ』
頭を激しく床にめり込ませ、感電による追撃に強く震えたダークドラゴンは、そのまま白目を剥きピクピクと痙攣すると、その場で動かなくなったんだ。
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