第八話:死ぬより怖くて嫌な事
俺の一言にはっとして、ミコラが驚いた顔をする。
そりゃそうだろうな。
だけど、仕方ない事だってある。
「俺は、怖い物から逃げるのは正しいと思ってる。だから、残ってもいいぞ」
「だけど……ロミナが……」
「……別に他のメンバーでやるだけ。希望が潰える訳じゃないし、ロミナも皆も、誰もお前を責めやしないさ」
俺はすっと立ち上がり、闘技場の隅に置いていた刀を腰に穿く。
そしてまたゆっくりと中央に戻ると、迷いを断ち切るべく、一心不乱に刀を振るった。
動きに合わせ、刀が風斬る音がする。
時に踏み込み袈裟斬り。時に下がって薙ぎ払い。
ただ静かに、演武を舞うように刀を振る。
「……カズトは、怖くないのか?」
ぽつりと届く声に。
「……怖いな」
刀を振るのを止めず、ぽつりと返す。
「じゃあ何で逃げないんだ? ロミナなんて赤の他人だろ?」
「……そうかもな」
「じゃあ、何でさ」
答えを求める声に。
「死ぬより怖くて、嫌な事があるからだ」
刀をゆっくりと鞘に戻すと、俺は座ったままの彼女を見て、そう答えた。
俺を見つめ返すあいつの瞳に、まだ力はない。
そんな目をするな。……なんて、言えないな。
「お前達ほどじゃない。だけどあの日呪いに挑んで、魔王は本当にやばいって思ったし、お前と同じで魔王と同じ位強いっていうディアにも恐れも抱いたさ。だけどそれ以上に、俺はロミナが死ぬのが嫌なんだ」
「何でだよ?」
「……似てるんだよ。昔パーティーに誘ってくれた奴に」
嘘だ。
似てるんじゃない。
そいつがロミナなんだから。
「そのパーティーは皆凄く強くて、癖が強かった。俺なんて大した実力じゃなかったから、結局パーティーは組まなかった。だけど彼女の言葉が嬉しくて、ほんの少しの間、一緒に旅をしようって決めたんだ」
嘘だ。
俺はパーティーに入って、一緒に旅をした。
最初は戸惑った、絆を大切にしたいからって言葉。でもあれは、本当に嬉しかったな。
「冒険は辛くて、厳しくて。だけど最高に楽しくて、幸せだった。気づけばほんの少しが、結構な時間になってた。だけどある日。ついにそのパーティーの皆が、俺を置いてくって言い出した」
「それは弱かったからか?」
「きっとそれもある。だけど、あいつらは凄い危険な相手と戦う決意をしてて。ロミナに似たそいつは、そこでこう言ったのさ。『私達が、生きて帰ると思えるように』って」
そう。
あいつは。
いや、お前達は決意を込め言ってくれたんだ。
俺を残して、未来を見ようとしたんだ。
俺に優しさを見せてくれたんだ。
「結局彼女達は俺と別れ、絶望的な敵を相手にする為、旅立って行った」
「それで? そいつらはどうなったんだ?」
「風の噂じゃ、その敵を倒して元気にしてるって聞いた」
「風の噂? じゃ、お前の元に戻って来なかったのか?」
「……ふっ」
……戻れるはずないさ。
もうそんな約束、皆忘れてる。
お前みたいにさ。
「別に。戻って来なかった事なんてどうでも良いんだ。あいつらが元気にやってるならそれでさ。だけどロミナに逢った時。パーティーに誘ってくれたあいつが重なっちゃってさ。ロミナが死んだらあいつも死ぬ。何故かそう思ったんだ。俺はあいつに生きててほしい。あいつが死ぬ方がよっぽど怖い。だから勝手にあいつをロミナに重ね、助けたくなった。……ただ、それだけさ」
目尻に感じるものを堪え、少しだけ天を仰いたけれど。結局天井がぼやけるのが嫌で、道着の袖でそれを拭う。
……まったく。
何センチメンタルになってるんだか。
「……カズトって、強いんだな」
どこかしんみりした声で、ミコラがそう言ってくれたけど。
「そんな事ないさ」
そう。
そんな事はないんだ。
俺だって今でも怖い。
俺はお前達がいてくれるから、強がれるだけ。
「いや、本当に強いよ。俺が同じ立場だったら、きっと赤の他人相手に一人でそんな事しようなんて思えなかった。これでも魔王から世界を救った、聖勇女パーティーの一員だってのにさ」
彼女はゆっくりと立ち上がると、じっと俺を見つめてくる。
そこにあるのは昔たまに見せた、何かを本気で成そうとする時に見せる真剣な顔。
「……俺も、さ。やっぱりロミナが死ぬのなんて、嫌だよ」
ミコラはぎゅっと歯を食いしばり、下ろしたままの拳をぎゅっと強く握る。
「でも、怖いんだろ?」
「怖いさ。でも赤の他人のお前がロミナと戦うってのに、俺が逃げるのはやっぱり癪だから。だけど……それでもまだ、怖くて身体が震えるんだ。だから……」
不安と戦う必死な瞳で、ミコラが叫ぶ。
「カズト。一度お前の本気の技を見せてくれ! 共に戦ったらきっと勝てる。そう思いたいんだ! だから頼む!」
……ふっ。そう来たか。
確かに俺がこいつに見せたのなんて、後衛の術か受けるだけの体術。
まだお前には武芸者としての腕すら、まともに見せてなかったもんな。
「……そうだな。せめて俺に背中を預けたいって、思わせてやらないとな」
にやりと笑った俺は、ミコラとの距離を詰めると、太刀が届くか否かの間合いで立ち止まり、柄に手を掛け居合いの構えを取る。
予想外だったんだろう。びくっとしたミコラの顔が一瞬で青ざめる。
「カ、カズト!? じょ、冗談じゃ──」
「動くなよ」
怯えた声を静かな声で遮ると、彼女は本気を感じたのか。目を見開いたまま直立不動となった。
……さて。
半年前の俺ができなかった秘奥義、見せてやるよ。
「いくぜ」
目を閉じて、集中する。
俺の斬る心に、お前がいるはずがない。
だからお前は、斬られない。
瞬間。
俺は
カチン
鞘と鍔が触れ合った音がした、その瞬間。
ズバン!
彼女は突然背後からした音に、驚き振り返った。
「こ、これ……」
目を丸くした先にあるのは、闘技場の壁に刻まれた、横一直線の深い刀傷だった。
勿論、俺が
「お、俺……斬られてない……よな?」
自分の身を通らないと付かないはずの傷を見て、ミコラは恐る恐る自身の身体を確認する。
斬る訳ないだろ。
大事な仲間なんだからな。
抜刀術秘奥義、
心を無にし、斬らないと思った物だけは斬らない技。
仲間との戦いで飛び道具は同士討ちの危険もある。
だからこそ会得した秘奥義だ。
といっても、結構集中力や精神力もいるから、そう多用はできないけどな。
ちなみに、実はこの
『絆の力』があるからこそできる、俺が自力で編み出したオリジナルなんだ。
ま、抜刀術らしいだろ?
「俺は弱い。だからお前に応えられるかは分からない。だけど、お前よりは諦めは悪いからな。それでも良けりゃ、一緒にいこうぜ」
俺はくるりと振り返ると、闘技場の外に向け歩き出す。そんな俺の後ろから、ふっと笑い声が聞こえた後。
「……ったく。Cランクの癖に、そういう所だけ一丁前だよな。仕方ないから、俺がきっちりサポートしてやるよ」
たったったっと小走りに走ってきて並んだミコラが、両腕を頭の後ろに回し、にかっと笑う。
俺もそれに笑って応えると、
「ああ。期待してるよ」
そういってまた、優しく頭を撫でてやる。
「おいおい。少し背が低いからって子供扱いするなよ。これでもレディなんだからな」
「レディっていうなら、もう少し淑やかになれよ」
「やーだね! 俺は暴れるのが性に合ってるんだからよ」
それをくすぐったそうに、しかし何処か嬉しそうに受け入れたミコラは、耳を立てながら一緒に歩いていく。もうそこに、不安な顔はない。
大丈夫だよ。
お前の事も絶対護ってやるからさ。
だから。
その先にある、仲間の未来を繋げるために。
やってやろうぜ。弱気でも。怖くても。
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