第七話:耐え難い恐怖
温泉街を堪能してからさらに数日。
俺達は最後の経由地、フリドの村へとやって来た。
この辺りまで来ると、ヴェルウェック山は目と鼻の先。それもあって、もう辺りは既に雪景色。
そんな中でも走り抜けられたのは、この時期にしては珍しく穏やかな晴れが続いたのもあったが、やはり早馬車に乗っていたからというのもある。
ここまでの道中、敵らしい敵に遭遇しなかったのも同じ理由だ。
何しろ普通の馬車より倍は早い。その速度に追いついてこれる相手なんてまずいない。
「結局ウォーミングアップも出来なかったなー」
なんてミコラは残念そうにしてたけど、余計な戦いなんて無い方がいいんだ。
これから決戦なんだからな。
この辺りまで来ると、宿でも皆の表情が少し硬く、口数も少なくなる。
俺も例外じゃなかったが、かといって鬱々ともしてられないからな。できる限り話をして、皆をリラックスさせようとした。
ルッテやフィリーネはそれでも覚悟が決まっていたのか、そこまで心配もいらなかったんだけど。一番の問題は、意外にも最も楽観的だと思っていた、ミコラだったんだ。
§ § § § §
普段なら翌朝に稽古をするけれど、明日は遺跡まで着けば、そのままぶっつけ本番の戦いが始まる。
そのため、俺とミコラは夕食を済ませた後、村の冒険者ギルドの闘技場を貸し切って稽古をする事にした。
流石に規模が小さいため、あまり広くなく、魔術耐性の付与もないこじんまりした闘技場。
とはいえ雪ばかりの外と違い、しっかりと暖房が入った温かい地下は、稽古にはうってつけだ。
互いに防寒着を脱ぎ、普段の格好をした俺とミコラは、互いに防具だけを身につけ、素手のまま闘技場の中央で構える。
「いっくぜー!」
「おう!」
返事をするや否や、ミコラが俺に殴りかかって来た。
テンポ良く右、左とパンチを繰り出したのを俺がパンパンと掌で受け、流れで繰り出す腹を狙った後ろ回し蹴りを、片手で往なす。
稽古での戦いは、基本的にミコラに殴らせていた。
これは今回一緒に旅をした初日から変わらない。というか、あいつの記憶にない、以前パーティーを組んでいた時から同じだ。
結局ミコラは武闘家で俺は武芸者。
ナックルと刀という組み合わせは、どうにも稽古に不向きってのもあるけど、躱すという点では軽装であるこの職業は共通しているし、俺も武闘家の力はミコラから得ていたからな。
正直合わせやすいし、ミコラにとっても稽古なだけじゃなく、ストレスも発散できるだろうって思っての事だった。
「俺はお前と真剣にやりあいたいのになー」
なんて言いつつも、初日は型だけの手加減を見せてくれていたんだけど、あまりに俺がしっかり受けるもんで、三日目にはもう途中から技を混ぜ始めて来やがった。
しかも。
「カズトやるじゃん! うっはー! 気持ちいいー!!」
なんて嬉しそうに口にしながら、本気出して来やがったからタチが悪い。
まあそれでも、気持ち良くは打たせても、受け損ないはしないけどな。
実際昔はよく、受け損なって痛い目みたからな……。
正直、半年でこいつも強くなっていた。
キレも力も段違い。だからこそ俺だって必死に受けていたんだけど。
今日に限っていえば、正直そんな成長を感じない、こいつらしくない動きだった。
普段以上に本気で当てにこようとしているのは分かってる。
正面より素早く連続蹴りを繰り出す
一撃必殺を狙い顎を狙った闘気を込めた
空を舞い、頭を狙った蹴り脚をガードさせ、瞬間反対の足の踵で頭部を挟み込む
実戦さながらに、ミコラは様々な技を繰り出して来たんだけど……悪いけど、それじゃ当たらない。
「くそっ! くそっ!」
普段だったら楽しそうに稽古する奴なのに、今日に限っては焦ってばかりで動きが硬く、普段の身のこなしすら出来てない。
「こんのおっ!!」
仕舞いには、ミコラの得意技であり必殺技のひとつ。素早く左右に身体を転身させながら、両腕、両脚で連続して技を繰り出す
今まで俺に反撃などされた事のなかったミコラは、完全に虚を突かれ、綺麗に宙を舞うと背中から勢い良く倒れ、痛みに顔を顰める。
「な! 何しやがる!」
思わず片足だけ膝を立て、両腕で上半身だけ起こし抗議する彼女だったけど。
……ダメなんだよ。それじゃ。
「今日はここまでだ」
「ふざけんなよ! 俺はまだやれる!」
「嘘つけ。脚が震えてるだろ」
その言葉にはっとし、彼女が視線を向けた先で、確かに脚が震えていた。
そりゃ確かに飛ばしていたとはいえ、こいつは十分Lランク。スタミナが切れ膝が笑っている訳じゃない。
悪いけどそれも分かってる。
ミコラも、その理由に気づいているんだろう。
猫耳をペタリとし。体育座りの格好になると。
「くそっ」
悔しそうに、膝に顔を埋めた。
脚の震えは止まらない。……いや。肩までも震わせてる。
まあ、もう敵は目と鼻の先だからな。
「ミコラ。やっぱり怖いか?」
俺は隣に胡座を掻くと、彼女を見る。
目も合わせず、ただ身を震わせていたミコラだったけど。
「怖いに、決まってるだろ……」
静かに、震えた声を出した。
「俺は、魔王と戦う前思ってた。絶対俺達ならやれる。魔王なんて余裕だって。だけど、魔王といざ戦い出した時、普段の俺じゃないのに気づいた。普段ならもっと動ける。もっと強く殴れる。そう思ってたのに、それができなかった。マーガレス以外の皆もそうだった。普段と何処か違うって混乱して、迷っててさ。それでも何とか必死に戦ったんだ」
ぎりっと、歯ぎしりが耳に聞こえる。
恐怖か。それとも、悔しさか。
「結局、俺達が連れてた幻獣アシェが、ロミナの祈りで絆の女神アーシェ様になって。神様の力を受けて俺達は戦いを乗り切り、ロミナが何とか魔王を倒した。だけど、あの時何度となく、魔王が狂気の笑顔で殺意全開で向けて来た攻撃を避けきれず、身体を斬られた。それが本気で、怖かった」
ミコラが膝にもたれたまま、ゆっくりこっちに顔を向ける。それは、今まで見た事のない、彼女らしからぬ悲壮な顔。
「最古龍ディアが魔王と同じ位強いってルッテから聞いた日から、俺はずっと何処かで怯えてた。戦う必要なしに、ロミナの呪いが解ける手段が出てこないかって、勝手に願ってた。情けないけどよ。お前に付いていくって決めた日に、あれだけ粋がったのに……。俺は、ロミナが死ぬのも怖いけど……俺が死ぬかもしれないのも、やっぱり怖いんだよ。……くそっ」
そこまで言って、ミコラはまた膝に顔を埋めた。
……やっぱりそうか。
俺がパーティーを抜ける前。俺は戦いの最中、気づかれないように、皆に様々な『絆の加護』を与えていた。
それは飛躍的に彼女達の力を。術を強くした。
そう。
俺はそうやってパーティーの皆に陰ながら貢献して来た。だからこそ、俺が居なくなって、その力がない現実に戸惑ったんだよな。
普通に円満に離れたパーティーはともかく。
俺を追放したプライド高いパーティーは、大体どこも同じような結末を迎えたって聞いた。
お前達と同じ戸惑いを見せて、それでも現実を受け入れられず、結局無理な冒険を続けようとして。
あるパーティーは仲間内で歪み合い。
あるパーティーでは酷い負傷者を出し。
最後にはパーティーを解散し、人によっては冒険から離れた奴もいるって聞く。
噂話ですら届いた戸惑い。実際にそれを経験したパーティーの奴らの戸惑いは相当のものだったんだろう。
それでも魔王なんてのを相手に踏み止まれたのは、お前達位だよ。
俺がパーティーの追放を受け入れなかったら、もう少し恐怖させずに済んだのか?
そんな後悔が心に過ぎるけど、今更だな。
ただ。
昔、俺のせいでそんな怖い思いをさせた。
そして今また、恐怖を背負わせたまま、最古龍と戦わせようとしてる……。
それは、可哀想だよな。
思わず歯ぎしりしそうになるのを堪えると、ミコラの頭を優しく撫でた後、
「……残ってもいいぞ」
俺はそう、言葉をかけた。
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