第五話:ついてない日

 早馬車に乗って数日。

 その日の宿泊は、温泉街チャートだった。


 魔王がいなくなり街道も随分と安全になったからか。

 元々長閑のどかだったこの街も、王都ロデムからそこまで遠くない事もあり、たった半年で一躍人気の観光地になった。

 昔一度来た時はもっと静かな街だったんだけど。こうやって都会化は進むのかもな。


 夕方。

 街の車庫に馬車を預け、宿を探す事になったんだけど、そこはもう女性陣の一存でこの街一番の温泉宿に決まった。


「あそこは疲労回復に良いんだってよ」

「あら? 美容に良いって聞いたけれど」


 と、ミコラもフィリーネも元々乗り気ではあったんだが。


「何なら胸にも良いらしいぞ」


 というルッテの一言が決め手になったのは、それを聞いて二人が目の色を変えたのですぐわかる。

 まったく、現金な奴らだな。


 とはいえ、確かにロミナやキュリアと比較すると、三人ともあまり凹凸おうとつはないしとも思ったけど、命を危険に晒したくないし、流石にそれは黙っておいた。


 一応男女だから互いに部屋は別室。

 それは昔も当たり前だったし、今回はパーティーも別。

 だから自分の宿の支払いは自分でする気だったんだけど。マーガレスより旅の資金の援助があったからと、頑なに譲らなかったフィリーネとルッテに根負けし、支払いは任せる事にした。


 とは言ってもだ。

 何で選んだのが最上級の、個室温泉付きの部屋なんだよ。


 この先、早々こんな贅沢すらできないって思ったのか。

 はたまた、最古龍ディアとの戦いへの不安を忘れたいとでも思ったのか。


 まあどっちにしても、最近少し減っていた皆の笑顔を見られたのはちょっと安心した。

 にしても奮発し過ぎだとは思うけどな……。


   § § § § §


 夕食は皆と一緒に宿の食堂で食べたものの。その後は一人自室に篭ると備え付けの机に向かい、紙にひたすら羽ペンを走らせていた。


 書き出しているのは、ここ数日仲間から引き出した情報の数々。

 頭に置いておくだけじゃなく、こうやって羅列でいいから書き出しては戦いのヒントを探し、何が優位で何が不利か。何か役に立つ情報やアイデアがないか。色々と模索してるんだ。


 この書き癖は、以前皆とパーティーを組んでいた時もたまにやっていたんだけど、元を正せば現代世界にいた時から、こんな事を続けていたりする。


   § § § § §


 物心付く前には両親と死に別れ、向こうでの大半を孤児院で過ごしてた俺は、孤児院でも学校でも、決して明るくもなく、どちらかと言えば一人部屋や席で静かに過ごす奴だった。


 そんな俺にとって、部屋に備え付けられたゲームがもっぱらの趣味だったんだけどさ。

 特に好きだったのが、いわゆる『死にゲー』と呼ばれる、高難度アクションゲームだった。


 何か間違えばあっさりと死ぬ緊張感もそうだったんだけど、俺はそれを自力で攻略するのが好きでハマってたんだ。


 どうやったらこの攻撃が避けられるか。

 どうやったらここに反撃が入れられるか。


 自分で徹底的に考えて、腕を磨いて、攻略するのに熱中して。その過程で情報整理として、今と同じように情報を書き出しててさ。

 その経験がこの世界でも活きてるって訳。


 でもさ。

 こっちの世界の攻略は、本気で辛くて大変だったな。


 こっちじゃ当たり前だけど死ねないし、時にリアルに人を殺さなきゃならなかった。

 当時の俺にはこれが衝撃的だったし、最初は本気でこの世界に来た事を後悔した。


 まあ、今思い返すと考えなしでアーシェに力を貸す選択をしたなって思うけど、そりゃゲームやラノベでしかファンタジーを知らなかったからな。

 ゲームじゃない現実の厳しさに、本気で恐怖したもんさ。


 唯一の救いは、この世界で神の加護を受ける人間や各種族は、死体が残らないって事。

 死んだらふっと光になって消えるんだ。善人、悪人問わず。

 動物や魚類、幻獣、魔人、ゴーレムなどの怪物。そういった人の生活に影響する物達は死体が残るのは不思議だったけど。


 とはいえ、同族が倒れ、死んで目をむいた死体も、無残に斬られた死体もすぐさま消える。

 見続けなくて済むってのが、これほど有り難いと思うこともなかったよ。


 でもさ。

 残ろうが消えようが。

 やっぱり時に人を。時に人じゃない物を倒し、倒されちゃいけない緊張感と恐怖はずっと付いて回ってて。

 必然的に、現代世界では身近に感じなかった事──やっぱり死ぬのは怖いって事を、より強く思うようになったんだ。


 だからこそ。

 俺は自分が死なないよう、この世界でも必死に多くの事を煮詰めていったんだ。

 知識を。技術を。練度を。経験を。


 確かにアシェが一緒にいてくれたし、与えられた力もあったけど。

 とにかく生き残らないと成長できないし、戦えなかったからな。


 だから、今でもこういう事前に戦術などを考えられる戦いやクエストの時には、これを癖づけている。

 これをしていると、諦めてない自分を鼓舞できるのもあるけど。

 俺は生きてやるんだって、強く思えるから。


   § § § § §


 ただ。

 今回ばかりは正直、毎日書き出す程に、ため息ばかりが漏れた。


 そもそも相手が魔王に近い最古龍なのもあったけど。その前哨戦にSランクでも倒せるか怪しいダークドラゴン。

 こんなの、高難度クエストどころの話じゃない二連戦だ。


 初日みたいにちょっとした穴を突けそうな気づきは幾つかあった。だけど結局相手が強過ぎると、そこを突く事自体がそもそも困難過ぎて、作戦以前の問題になる。


 補助系の術が多彩な聖術と魔術を両方駆使できる、聖魔術師フィリーネの高位の術。それを加味しても、力の差を埋められるかも怪しいしな……。


 最悪パーティーを組んで、俺の加護で支援する必要があるかもとは考えている。

 だけど、未だ踏ん切りは付かなかった。


 まず俺がパーティーを組んで皆に力を貸すってことは、俺の個の力、つまり前衛力が格段に落ちるんだ。

 『絆の加護』をコントロールするってのはちょっと特殊で、自身の行動にかなりの制約が掛かる。

 加護を自在にコントロールして付与できるってのは、欠点も持ち合わせるってわけ。


 それは言い換えれば、前衛であるミコラの負担が増すって事。

 これは人数の少ないパーティーでは致命傷になりかねない。


 それに情けない話だけど。

 あいつらの記憶が戻った時に幻滅され、呆れられるんじゃないかって不安も、どうしても拭えなくってさ。

 皆がそういう精神的な乱れのせいで、連携もへったくれもなくなる可能性もある。


 結局、皆に『絆の加護』を与えられるとはいえ、それが良策なのかの判断すら、今の俺には答えが出せなかったんだ。


 相手が強大すぎると、どこまでの力があればいいか。その基準すら計算できないし、その為にどこまで無理をし、どこまで我慢すべきかの線引きも難しい。


 ったく。マジでどうするんだよ。

 せめて前哨戦となるダークドラゴン戦位、疲弊は避けたいんだけど……。


 それでも何か書いていればアイデアも出る。

 そんな思いだけで、あれから数時間。ひたすら紙にメモを書き連ね、何か突破口がないかと考えていると。

 突然急な眠気と共に、大きな欠伸が出た。


 時計を見ると、気づけばもう深夜。

 そういや最近ずっとこの事ばっかり考え過ぎて、正直あまり寝られてないんだよな。

 だけど、それでも俺はやら……な……。


 ……はっ!?


 かくんと自分の頭が揺れ、思わず現実に返るも、気づいた時には既に遅し。


  ゴトン


 頭と共に動いた腕がインクの瓶を押し、書き留めていたメモの大半がゆっくりと、真っ黒なインクに染まっていった。


「……最悪……」


 自分自身を嫌悪しても、こればかりは元に戻らない。

 とはいえ、すぐにこれを片付ける気にもなれず。


「……風呂にでも入るか」


 俺は独りごちると道着と袴を脱ぎ、タオル一枚巻いた姿で、部屋に隣接する温泉に浸かった。


 少し眠かった頭が、外の肌寒い空気で冴える。

 でも、だからなんだって話なんだけど。


 夜は思った以上に静か過ぎて。

 気が紛れるような物もなく、頭に色々と余計な事を思い浮かべてしまう。


 ……決意しても。

 ……覚悟しても。


 拭えない不安。

 溢れ出す恐怖。


 闘技場でロミナに逢ってなかったら。

 皆が付いて来てくれてなかったら。

 とっくに絶望していたか、不安に押しつぶされてたかもしれないな。

 あれだけの覚悟をしたはずなのに。やっぱり俺も弱いって事か……。


 北に進むにつれ、少しずつ外の空気が冷えて来て、決戦の足音が近づくのを痛感させられる。

 ……まったく。お陰で眠気まで覚めるって。


 温泉に浸かっておきながら、逆上のぼせる事もできない自分が嫌になり。一度頭ごと丸々湯船に沈めると、勢い良く温泉を出て新しいタオルで身体を軽く拭く。

 そしてそのままタオルを腰に巻くと、頭にも別の乾いたタオルを乗せ、早々に部屋に戻る。


 くしゃくしゃと頭を乾かしつつも、ぼんやりと戦いの事ばかり考えていたせいだろう。

 俺は、ある音にまったく気づけなかった。


「カズト。いないの? 入るわよ」


 突然聞こえた聴き覚えのある声。

 フィリーネか!?

 ドキッとした時には遅かった。


 ドアが開き、姿を現したパジャマ姿のフィリーネは、タオル一丁の俺と目が合うと、動きを止め暫し固まった後。一気に顔を赤く染め。


「ば、ばか! いるならちゃんとノックに応えなさい! は、早く着替えて!」


 珍しく狼狽うろたえながら、バタンと勢いよくドアを閉めた。


 一応下半身を確認する。タオルはしっかり腰から膝下までを覆っている。

 ……見られては、いないよな?


 ったく。

 今日はどこまでついてないんだか。


 ため息を漏らし頭を掻いた俺は、いそいそと身体を拭き、再び道着と袴に着替えるのだった。

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