第四話:最古龍ディア

 宿を出た俺達は、予定通り北部の冒険者ギルドに向かうと、マーガレスが手配してくれた早馬車に荷物を積み込み、一路ヴェルウェック山に向け進み始めた。

 信頼できる御者も用意してくれた為、俺達はゆったりとした馬車の中で、四人が向かい合い座っている。


「そういや、少し皆の話を聞かせて貰ってもいいか?」


 落ち着いた頃合いを見計らい、俺は向かいに座るミコラとフィリーネを見ながら声をかけたんだけど。返ってきた反応は、残念ながら望んだ反応じゃなかった。


「あら? これでも聖勇女パーティーとして有名なつもりだけど、私達の自己紹介がいるのかしら?」

「そうだよなー。俺やルッテだって超有名人だぜ」


 いや、そりゃ知ってるよ。

 だけどそうじゃないだろ? っていうか、そこは昔と違うのか?

 俺が露骨に呆れたのを見て、隣に座るルッテが何かを察したのだろう。


「戦術の話じゃろ」


 短く、しかし的確に彼女はそれを言葉にしてくれた。


「何だよ。そんなん実戦でぽんぽーんって見せりゃいいんじゃねーのか? カズトの腕前だって、口で言われるのと見るのとじゃ全然印象違うかもしれねーし」

「確かにミコラの言う事も一理あるわね。でも、知識だけでも知っているか否かでは、考え方も行動も変わるわ。特に今回の相手は強さの次元が違う。咄嗟の判断ひとつが、命に関わるでしょうからね」

「あ、そっか……。確かに、そうだな」


 流石は普段から戦いをコントロールするフィリーネ。ちゃんと気づいてくれたか。

 とはいえ彼女自身もミコラ同様、改めて最古龍ディアの。強いては魔王と戦った際の強さを思い出し、変に緊張しだしたけれど。


「……それならば、その前に話さねばならぬ事があるな」


 何かを言い淀んでいたルッテが、静かにそう口にする。


「最古龍ディアについて、か?」


 俺の推測。

 それを耳にして、彼女は少し驚いた後、感心したような顔を向ける。


「ほんに、お主のCランク詐欺も酷いもんじゃ」

偶々たまたまだよ。偶々たまたま


 と冗談っぽく返したけれど。

 伊達に一年、当時Sランクまで登り詰めた聖勇女パーティーと、旅をしてきた訳じゃないからな。


 女五人。その実力は折り紙付き。

 だけどそれは、技術に裏打ちされたものだけじゃない。分かってて挑む戦いには綿密な計画も立てて、意見交換だってしてたんだ。Cランクの俺の負担も考え、どう戦うか戦術を立てながらな。

 当時からミコラだけはこれを苦手にしてたけど、それでも決めた事はきっちりやる。だから頼りになる前衛なんだ。


 お陰で俺も、腕は地味でもあいつらに『絆の加護』を与えてバックアップ出来たし、何よりこういう皆で戦うっていう考えも身に付いた。


 本当にあの一年があったから、俺は今でもソロでやっていけるだけの経験を積めたんだ。本気で感謝してるよ。


「やっぱりディアって、本気で強いのか?」


 恐る恐るといった感じでミコラが尋ねると、ルッテは小さなため息を漏らす。


「ミコラ。覚えておるか? 初めてお主がパーティーに加わる話になった時、挑みかかって来た日の事を」

「……ちっ。忘れるもんかよ」


 ルッテの問いに、ミコラが唇を噛む。


 それは俺がまだロミナ達と出会う前の事の話だって、以前ミコラから聞いた事がある。

 妙に上から目線の生意気さが気に入らなくて、突如喧嘩を吹っかけミコラが挑み掛かったらしいんだが。結果は惨敗。

 本人曰く、全く手も足も出なかったって言ってたな。


「古龍術は、確かにドラゴンの力を呼び起こす。とはいえ我は龍の血を引く亜神。術だけでなく、身体もまたドラゴン同等の力を持てたからこそ、あの時は圧倒できたんじゃ。今はミコラは強うなったし、勝負しても勝てるかは分からんがな」

「それじゃ、最古龍にも結構イケるのか?」


 褒められたせいか。少し自信を取り戻したミコラだったが、希望を打ち砕くように、ルッテは首を横に振った。


「師匠も種族で言うならば亜神族じゃ。しかしそれはドラゴンではなく、より神に近しい。じゃからこそ、その古龍術すら規格外じゃ」

「例えば?」

「我が得意な古龍術、炎の幻龍フレイム・ドラゴニア。あれは一体のドラゴンを我が身に宿し、ドラゴンを分身のように扱ったり、ドラゴン同様の炎の力を繰り出せるんじゃが。師匠はそれを同時に複数体宿せるのじゃ。無論、より本物のドラゴンに近い、強力な奴をの」


 ミコラの問いに答えた彼女の一言に、俺は衝撃を覚えた。

 あの時ルッテと刃を交えた時だって相当強さを感じたのに。あれより強い奴を同時に複数宿せるってどういう事だよ!?


 フィリーネも同じ感想だったのか。

 俺と同じく目をみはったんだけど。


「複数宿せたら、強いのか?」


 一人、理解できてない奴がいた。


「無論じゃ。お主とやりあった時の我が数人掛かりで襲ってくる、とでも言えば分かるか?」

「うわぁ。それはやべーな……」


 流石にその危険さに気づいたミコラがげっという顔をする。


「しかも、我は正直体術は苦手じゃ。じゃからこそ宿したドラゴンを主に戦いに駆り出すが、師匠は龍武術の使い手でもある」

「龍武術って……亜神族でもほとんど誰も身につけられないっていう、伝説のあれか?」


 噂にしか聞かない武術を耳にし、俺が思わず聞き返すと、ルッテはこくりと頷いた。


「そうじゃ。龍の力を身に纏い繰り出される技の数々。その力強さは魔王と肩を並べられるじゃろうな」

「それじゃ、生半可な術なんて……」


 フィリーネが愕然とすると、ルッテは何も言わず、苦虫を噛み潰したような顔で頷く。


「は、はは……。そんな奴に、勝てるのかよ?」


 改めて突きつけられた現実に、流石のミコラもやばいと感じたのか。

 どうすりゃいいのかと諦め顔になる。


 まあ、そうなるよな。

 じゃなきゃ、魔王に匹敵なんてしないんだろう。


「……で。お前から見て、付け入る隙はあるか?」

「正直微妙じゃ。単純には四体一。じゃが、ドラゴンを複数呼び出されれば数の利はない。しかも相手は最古龍とドラゴン。我々四人だけで付け入れると思うか?」

「ちなみに、龍武術を見た事はあるか?」

「あるにはある。我は身につけられんかったがの。昔、同じ術を使いこなすダークドラゴンが、その力でSランク冒険者を瞬く間に殺したのを見ておるからな」


 話す程に馬車の車内を包む重い空気。

 だが、俺は尋ね続けた。


「主にどんな動きの武術だ? 何ができて何ができない?」

「武術というよりは魔法じゃ。時に肉体硬化。時に拳脚けんきゃくへの属性付与。術を変えれば肉体風化でより素早く動く事もできるわ」


 どこまで聞くのかとうんざりし始めたのか。

 ルッテが少しだけ嫌そうな顔をする。

 きっとこの絶望的な空気の中で話すもんじゃないと思ってるんだろうな。


 だけどな。

 聞いてりゃいい事もあるんだよ。

 俺にとっても、お前らにとっても。


「……切り替えるって事は、同時に複数の龍武術は重ねられない。合ってるか?」

「そりゃ当たり前……じゃが……」


 ルッテが。フィリーネが。ミコラが。俺の顔を見て茫然とする。

 まあそうなるさ。

 だって俺が、


「そうか。じゃあそこは前哨戦で確認するか」


 なんて言って、してやったりな顔をしてたんだから。


 三人が顔を見合わせ、何と言っていいか分からない顔をする。


 ははっ。驚いてるな。

 ま、そりゃ仕方ない。きっとここまで質問責めにしてくる奴、お前らの記憶にはないだろ。


 だけど俺は以前だって、パーティーで一番弱かったからこそ貪欲だったんだぜ。


 何ができればパーティーを活かせるか。

 何ができればパーティーの役に立つか。


 俺は昔っから必死だったのさ。


 まあでも、この優越感は口にしない。

 敢えてそんな驚きに対し。


「あ……俺もしかして。的外れな事を聞いたか?」


 なんてきょどってやる。


「……いえ。面白い所に目を付けたわね」


 なんてフィリーネが平然を装い、


「ほ、本当に役に立つのか?」


 なんてミコラが戸惑った反応を見せ、


「まあ、何事もきっかけにはなるじゃろ」


 と、ルッテは少し楽しげな顔を見せる。


 こんな反応も昔のまま。

 半年前の別れ間際には、こんな性分も皆によく感謝されたんだぜ。ま、慣れるまでは皆こんな反応だったけどさ。


 こうしてその日から、早馬車での移動中は、俺の仲間に対する質問タイムがひたすらに続いた。

 龍武術。古龍術。ダークドラゴンにディア。彼女達の今の実力から得意な技まで。


 俺は聞けるだけ聞いた。

 勿論、勝つ為にな。

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