第二話:許せない

 旅立ちの朝。

 この日も俺の不安なんて関係ないといわんばかりの、空気の読めない快晴だった。


 少し伸びた後ろ髪を紐で束ね。

 道着と袴に身を包み、胸当てを付け。

 腰紐で愛刀を穿き。

 旅の荷物を纏めた大きめのバックパックを背負う。

 

 準備は万端。

 だけど心に緊張が走る。


「ふぅ……」


 大きく、深く息を吐く。

 不安を吐き捨てて。

 決意だけを残す。


 閃雷せんらいをほんの少しだけ鞘から抜き、素早く戻す。

 鍔と鞘がぶつかる、カチンっという澄んだ音で迷いを断ち切り、心を整えると。


「……よし」


 俺は部屋を後にしようと、ドアに手を掛けようとしたんだけど。


  コンコンコン


 取っ手を掴もうとした瞬間、突然ドアがノックされた。


 誰だ?

 ここを知ってるのはキュリアだけのはず。だけど、あいつが今日も俺に用事があるなんて事はないだろ。

 って事は宿屋の主人か?

 だけどチェックアウト時間なんてまだまだ先。

 出て行けなんて催促される訳じゃないし、余程じゃなきゃ、部屋にまで来やしない。


 突然のことに戸惑っていると。


「カズト。まだおるんじゃろ?」


 ノックした相手がドア越しに声を掛けてきた。

 ……キュリアの奴。居場所を教えたのかよ。


 ため息をきながらドアを開けると。そこには普段のローブの上から地味なローブを羽織り、姿を目立たぬように隠したルッテが、フードを取り笑顔で立っていた。


 凱旋した王都じゃこいつらは有名人。

 昨日のキュリアといい、姿を隠してないと街中を歩くのもままならないんだろう……って、今はそんなのどうでもいい。


「おお。丁度出る所じゃったか。間に合って良かったわ。入るぞ」


 彼女は笑顔のまま、ずけずけと部屋に入ると、ドアを閉め俺に向き直る。


「何だよ。わざわざ見送りか? そんなのいいからお前は早く仲間探しを進めろよ」

「おーおー。随分と冷たいのう。我とお主の仲じゃろ?」

「仲も何も、クエストの話で絡んだだけだ。しかもそのクエストは断った。それ以上の関係なんてないだろ?」


 小馬鹿にした態度に少し腹が立ち、言葉が少しきつくなる。だが、ルッテはそれに機嫌を悪くする事なく、余裕の笑みを浮かべている。


「何を言っておる。大ありじゃぞ」

「何でだよ」

「ロミナを助けたいと想う仲間じゃろう?」

「……」


 俺はそれを聞き、言葉を失った。


 確かに同じ想いはある。

 だけど俺は一人で旅に出るんだ。

 お前に何も頼んでないだろ。

 もう、お前とは関係はない。

 お前からしたら、仲間でも何でもないはずだ。


 思わず何とも言えぬ顔をすると。彼女はふっと真剣な顔をすると、背中に背負っていた布に包まれた大きな何かを下ろし、両手で俺の前に差し出した。


「ロミナからじゃ。預かれ」

「……これは?」

「いいから開けてみい。外に出る時は隠すんじゃぞ」


 俺は扱いに困りつつ、その布に包まれた何かを預かる。

 決して重くはない。だけどこの長さは間違いなく武器だ。ロミナからの武器って……まさか……。


 預かった布をテーブルに乗せ、ゆっくりと布を広げていくと。現れたのは、豪華な装飾の施された鞘に収まった白金色の聖剣、シュレイザードだった。


 ロミナはこの剣を抜き聖勇女として認められ、世界を救う為戦った。そんな彼女の愛剣が、何でここに……。


「『重いかもしれないけど、私も付いて行きたいから』だそうじゃ。じゃから持っていけ」

「……ははっ。確かに重いな」


 呆れ笑いを見せながら、少しの間聖剣を見つめる。

 武芸者である俺が振るえなどしない、伝説にも謳われた世界を救う長剣。

 ロミナがいてくれている、か。確かにそんな気がするな。


「あと、これはキュリアからじゃ」


 ルッテが聖剣の脇にことりと置いたのは、彼女が普段から身につけている付与具エンチャンターの腕輪、精霊の心。

 精霊との絆を強くし、より強力な精霊術を放てるようになる代物しろものだ。


「あいつも『ちゃんとカズトが返しに来て』なんて言っておったわ。珍しい事もあるもんじゃて」


 優しげな口調で笑うルッテに、俺も釣られて笑う。

 確かに、そんな事を言うなんてあいつらしくないな。

 ……いや、前言撤回。

 あいつも、口に出さないだけで、優しい奴だったからな。きっとあいつなりに、無事に帰って来いって言いたかったんだろ。


 あの夜、キュリアが使っていたのは生命の精霊ラーフ。

 俺の全力の術にはあれだけ抵抗したし、きっと今のロミナを延命するのに、より強い力は意味がないって事なんだろうな。

 

 だったら、しっかり使わせてもらうか。


「ルッテ。わざわざありがとな」


 俺が腕輪を左腕に通し、聖剣を布に巻き直しながら礼を言うと。


「礼には及ばん。共に旅する身。少しは強くなってもらわねば、我も楽ができんしのう」


 そう言って、彼女は「はっはっは!」と豪快に笑う。


「……は?」


 いや。

 俺の耳が腐った訳じゃないよな?

 思わず動きを止めた俺に、ルッテが楽しげに話し出す。


「聞こえんかったか? 仕方ない。はっきり言ってやるかのう。カズト。我も連れて行け」

「……はぁっ!?」


 思わず驚愕すると、彼女は真剣な顔に戻り、こっちをじっと見た。


「我もロミナを救う。じゃから連れて行けと言うた」

「馬鹿野郎! 駄目に決まってるだろ!」

「何故じゃ? 我はLランクの実力者じゃし、最古龍ディアへの道案内もできる。勿論雇えなどとは言わん。よもや破格の待遇じゃぞ?」

「そういう話じゃないだろ! 片手落ちだろうとお前は最強のLランクパーティーの一人だ! お前はミコラとフィリーネと行けよ! 戦力分散なんて愚の骨頂だろ!」

「ほほぅ。つまり、戦力が良いのじゃな?」

「……は?」


 待て。

 俺はまた何かを聞き違えたか?


 予想しない言葉の数々に唖然とする俺の顔がよっぽど面白かったのか。にやりとしたルッテが「入るが良い」とドアの向こうに声を掛けると。

 ゆっくりと開いたドアから入ってきたのは、これまたルッテとお揃いの地味なローブを羽織った二人組だった。


 ドアを閉めると、二人はゆっくりとフードを取る。


「……ミコラ。フィリーネ」

「よ、よう」

「……ごきげんよう」


 二人はどこか気まずそうな顔で、こっちをちらっと見た後視線を逸らす。


「……どういう事だよ」

「どうもこうもない。これが我等の考えた、ロミナを救う最善じゃよ」


 ルッテの真剣な顔に嘘はない気はする。

 だけど二人は違う。これが最善だというのなら、もっとちゃんとした顔をするはずだ。


 ルッテ。

 フィリーネ。

 ミコラ。

 キュリアの精霊の心。

 そして、ロミナの聖剣シュレイザード。


 人として。

 想いとして。

 かつての仲間全てがここにいる。

 これってつまり……。


 俺はがしがしと黒髪を掻くと。


「……ロミナか」


 そう言ってため息をいた。


「そうじゃ。お主が無茶した後、暫くしてあやつが目を覚ました。そこでお主の力でほんの僅かじゃが、命が長らえた話を聞かせたんじゃ」

「そうしたら、あの子がふざけた事を言ってきたのよ。『カズトに力を貸して』って」

「正直乗り気じゃねーけど、あいつの頼みだしさ。しゃーないから、わざわざ俺達が力を貸しに来てやったんだよ」


 フィリーネとミコラのどこか棘のある言葉に、俺は二人を一瞥すると、視線を逸らして真顔で聖剣を布に戻し始める。


 ……かつての仲間だ。

 性格も知っているし、裏にある本音も何となくわかってる。

 だけど……俺は苛ついた。

 ……ふざけるな。


「……帰れ」


 心の内を誤魔化せず、俺は怒気を孕んだ声で静かに呟く。


「俺は認めない。お前らがLランクで凄かろうが。俺よりどんなに強かろうが。命を失いかけてるロミナが言った言葉をふざけた事なんていう奴を。ロミナの為じゃなく、わざわざ俺の為なんて恩着せがましい事を言う奴を」


 聖剣を布に戻し終えた俺は、それをバックパックと背中の間に収め固定すると、二人を睨みつけた。


「いいか。俺はCランクだと馬鹿にされようと、弱いと笑われようと構わない。だけどあの夜、命懸けで逢いに来たロミナは、俺を仲間だって言ってくれたんだ。俺はそんな仲間を侮辱し、仲間の願いに中途半端な気持ちで応えようとする奴等と、共に戦う気になんてなれない。だから帰れ。そしてお前達はさっさと理想の冒険者でも見つけて、早くロミナを助けに行けってんだ」

 

 低く苛立ちの篭った声でそう言い放ち、俺が部屋を出ようとすると。


「まったく。カズト。待つのじゃ」


 ルッテがため息と共に、困ったような声で俺を呼び止めた。

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