第六話:決意
俺は
あの後少しして、彼女はまた少し息苦しそうになった。
多分、元々延命のため呪いを抑える魔方陣にでもいないといけないんだろう。
一度声を掛けたが、反応もない。
結局、泣きつく暇もなかったな。
王宮に近づくと、少し騒がしくなっていた。
流石に大々的に口にできないロミナの呪いだからな。マーガレスの信頼できる家臣にのみ捜索を手伝わせてるんだろう。
俺達に気づかずにすれ違う兵士達を無視し、俺はそのまま王宮のエントランスに歩いていく。
遠間から見える、ルッテ。ミコラ。フィリーネ。キュリア。
彼女達が見せているのは、はっきりとした苛立ちと不安。
そりゃ、皆心配だってするよな。
分かってるか? ロミナ。
大事な仲間に心配かけてるんだぞ。少しは反省しろよ。
報告を受けた兵士に対し、マーガレスが新たな指示を出すと兵士達が去っていき。彼等が五人だけになった所で。
「届け物だ」
俺は
「カズト!? 貴方が何故こんな所に!?」
「話は後だ。ロミナの症状が良くない。何処かに寝かせたい」
自分でも分かる。
今の俺もあいつらと同じ位、歯がゆさで苛立ってるって。
フィリーネに応えた俺が、昼間と雰囲気が違うのを感じ取ってか。
それとも意識のないロミナの身を案じたのか。
「……こっちだ」
ミコラが俺を一瞥し、苦虫を噛むような顔をした後、先導するように王宮に入り、俺達も後に続く。
「どこで見つけたんだ?」
「貸し切った闘技場。こいつがわざわざ逢いに来た」
「そうか。だがどうやって城に」
「こっそり侵入しただけだ」
「そんな事が簡単にできるはず──」
「Cランクの冒険者なんて、誰も気にしないってだけだ」
廊下を歩きながら、マーガレスの問いに淡々と答えていると、
「……我の、せいか」
闘技場に向かえる理由を作ったルッテが、悔しげにそう口にする。
確かにそうかもしれない。
俺をクエストの為に彼女に会わせたのも。
彼女に俺の居場所になるような情報を与えたのもルッテだからな。
だけどな。
「ロミナが自ら選んだんだ。お前は自分を責めるな」
俺はそう言ってやった。
そう。
選んだのはあいつだ。
きっと、覚悟もあったんだ。
ミコラが二階の奥、突き当たりの部屋の扉を開けると、そこには天蓋付きのベッドが置かれていた。
床には呪いの進行を抑える為であろう、仰々しい魔方陣が描かれている。
ベッドの側まで着くと、皆が俺からロミナを下ろし、急ぎベッドに寝かせつける。
苦しげな顔で荒い呼吸をし、意識はない。
ないはずなのに。
「ありが、とう……。カズ……ト……」
さっきまで一言も言われなかった事を、うわ言のように口にする。
こうなったのは、魔王と戦ったから。
こうなっているのは、魔王の呪いが解けないから。
これを何とかするには、魔王に抗える程の力がないとだめ。
これを何とかしないと、ロミナは……。
キュリアが静かにしゃがみこむと。
『ラーフ。力を貸して』
そう言って生命の精霊ラーフを呼び出し、魔方陣に精霊術、
きっと普段から、彼女がこうやって出来る限り側にいて、何とか少しでも進行を遅らせてるんだろう。
世界樹を助けながら、聖勇女も助けてるなんて。
キュリア、お前は本当に凄い奴だよ。
「馬鹿野郎。何でこいつなんかに会いに行ったんだよ」
「本当よ。仲間でも何でもないのに。ロミナは何考えてるのよ」
ミコラ。フィリーネ。
お前達には分からないさ。
ロミナはな。俺を仲間だって言ったんだ。
Cランクの、お前達に認めてすらもらえない男をな。
「……情けない」
確かにそうだ。
情けない。
だけどルッテ。
お前がじゃない。
俺がだ。
何
何びびってるんだよ。
昔。それでも魔王と戦おうと思っただろ。
今日。最古龍と戦うって決めたんだろ。
何が魔王だ。
何が最古龍だ。
力がない?
届かない?
勝てない?
死ぬのが怖い?
……ふざけるな。
皆が心配そうに彼女を見守る中。
俯いたままぎりっと歯ぎしりした俺は、隣に立つフィリーネを見た。
突然向けられた視線に、彼女は「な、何よ?」とたじろぐ。だがそんなのを気にも留めず。
「借りるぞ」
彼女が手に持った術の媒体、神魔の魔導書を奪い取ると、ロミナの前に立った。
「な、何を勝手な事──」
彼女のその先の言葉が呑み込まれる。
きっと俺が、手にした魔導書に
浮き上がった魔導書が、勝手に開くとぱらぱらと捲られ、あるページで止まる。
『神聖なる絆の女神アーシェよ。その優しき加護の力にて、我が生命を
本来なら神の名など唱える必要のない、フィリーネが駆使できる聖術、
だが、俺は神に祈り、唱えた。
アーシェ。お前だってロミナを助けたいだろ?
ふわりと俺の身体を包んだ光。
同時に
わざわざ生命を
だけど相手は死んでたって魔王。だからこそ、少しでもやれる事をする。
俺は
『現世を見守りし生命の精霊王ラフィーよ。我が生命、我が魔力を糧に、彼の者の呪いを打ち祓え!』
俺は、闘技場で使った生命の精霊ラーフじゃなく、生命の精霊王ラフィーの力を借りて、
パーティーを組んでいた当時、既に万霊術師だったキュリアが生命の精霊王の力を使えたからこそ、俺にもその力がある。
勿論
だから
きっと、これでも足りない。
きっと、これでも祓えない。
だけど俺はそれでもロミナに手を
麗しき女性の姿をした精霊王ラフィーが姿を現し、俺と同じように手を翳すと、ロミナを輝かしい光が包む。
同時に、闇の文様が強い力に抵抗したのか。
彼女の身体を取り巻くように激しい闇の稲妻が現れると、反発するように光を掻き消そうと蠢き出した。
光と闇の閃光が、周囲に放電するようなバチバチっという嫌な音を立てる。
同時に、術を行使する俺の生命と魔力が一気に削られていくのも分かる。
だけど、闇の稲妻は弱まる気配など全くない。
……くそっ。
これが死んだ奴の力だってのかよ。
まるで嘲笑うかのように、魔王の呪いの稲妻が時に俺の腕に。頬に。腹に触れ。強い痛みを寄越す。
耳障りな音が、聞くことが叶わなかった魔王の高笑いにも聞こえ始める。
生命力が奪われ。
だけど、俺は術を止めなかった。
何故かって?
俺は決めたんだ。
ロミナを助ける為に抗ってやるってな。
魔王。
お前に食らいつけなくて、最古龍ディアなんて倒せるか!
俺が起こすのは奇跡だ! 俺が見せるのは可能性だ!
魔王だろうが、最古龍だろうが。
俺は奇跡でも何でも起こして、絶対にお前達を倒し、ロミナの呪いを解いてやる!
今はできなかろうと。
今は力は無かろうと。
少しでも、意地でも喰らいついてやる!
魔王! 最古龍! 覚えておけ!
俺はこの力で、絶対にロミナを救ってみせる!
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
俺の手から向けられた彼女を包む光がより強くなり、少しずつ闇の稲妻を抑え込もうとする。
同時に、身体により強い痛みも走る。
それがなんだ!
ロミナはもっと辛いんだ!
この程度で弱音なんて吐けるか!
こんな所でくたばってられるか!
限界が近づくのにも構わず、俺が歯を食いしばり全力で術を向け続けていると。
「……これ以上ダメ。あなたが死ぬ」
突然。術を遮るように俺の腕を掴んだのは、キュリアだった。
『ラフィー。帰って』
彼女の言葉に迷わず従い、傍にいたラフィーがふっと姿を消し、俺の手から光は放たれなくなる。
ロミナを包んでいた光も、抵抗していた闇の稲妻も消え。手の上で浮いていた魔導書がぱたりと閉じると、そのまま俺の手を零れ床に落ち。
俺もまたがくりとその場に座り込み、両腕を床に突いた。
息が苦しい。身体が痛い。
無理矢理術を駆使し続けたせいか。頭もガンガンと痛む。
止めどとなく流れる冷や汗。
悔しさと共に目から流れる何か。
このまま続けていたら、確かに死んでいた。
だけど、そこまでの事をしても、呪いひとつ解けやしない。
魔王ってのは、本当に強かったんだな。
そりゃ皆が
ロミナが魔王を倒せたのは、やっぱり聖勇女だったからかもしれないな。
……ったく。
これじゃきっと、数日動くのが辛そうだ。
まあ、どうせ十日は早馬車の旅。それだけありゃ回復もできるだろ。
目から溢れる悔しさをそのままに、床に顔を向けたまま力なく笑う。
まだ魔王にも届かず、最古龍にも届かないであろう自分の力のなさに。
だけど俺は。
勝手に約束したんだ。
勝手に決意したんだ。
絶対に止まるもんか。
俺は、生きてるかぎり、足掻いてやる。
絶対に、あいつに未来を見せてやるんだ。
「お前……何者なんだ?」
驚きと戸惑いの入り混じったミコラの声。
それに応えず、俺はふらつきながらも立ち上がる。
動く度に身体が痛むけど丁度いい。
お陰で意識を失わなくって済みそうだ。
道着の袖で涙を拭い、ぐっと歯を食いしばると、顔をあげる。
皆して面食らった顔しやがって。ま、いいさ。俺には関係ない。
俺はそのままくるりと踵を返すと、一人無言のまま、扉に向かって歩き出す。
「待ちなさい! ミコラの質問に答えなさいよ!」
フィリーネの叫びにも振り返らず。俺は扉を開けると、こう言い残す。
「俺は……お前達に呆れられた、力もなけりゃ腕もない……だけど。世界一諦めの悪い、Cランクの冒険者だ」
そう。
もう、諦めるもんか。
もう、止まるもんか。
それだけを強く決意して。
俺は一人、部屋を出て行った。
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