第四話:強がり

 城を出た俺は、早速北部の冒険者ギルドの近くに宿を取った後、まずは商業地区に足を運んだ。


 食料や地図。生命力回復用のヒールストーンに術の源、魔力マナを回復するマナストーン。

 防寒具に寒冷地での武器の手入れをできる油。念の為、登山用の装備や簡易のキャンプセットなんかも購入した。


 それが済んだら次は職人地区。

 愛刀閃雷せんらいを研いで貰う為だけど、こいつは魔術や聖術を使う媒体も兼ねられる、特殊な魔導鋼まどうこうを使ってるから手入れが難しい。

 鋼の胸当てに同じ素材を使っているのも同じ理由だ。


 結局術を手に入れても、術を使う条件は術の元となる職の枠を越えられない。

 だからこそ、軽装前提の武芸者ってのは、案外俺の授かった力と相性がいいんだ。


 とはいえ、結局装備も特注品が多いから、割高でも腕のいい職人に依頼しないといけないのが玉にきず

 急ぎの依頼にした為、出来上がるのは明日の昼。

 だけどそのせいで結構な額の支払いになるのを見積もりで知り、ちょっとげんなりする。

 特に今回はクエストを受けてないから、結局ただ働きだしな。

 ま。それでもこれでロミナを救える可能性が僅かでも上がるってなら安いもんか。


 そんなこんなしている内に、とっぷりと日も暮れて、後は宿寝るだけ……といきたい所だったけど。


 俺は夕食を適当に済ませた後、北部の冒険者ギルドに足を運んだ。


 流石は国王勅命。

 既に闘技場は貸し切られていた。


 夜でも照明を落とさず明るくしてもらっている為、見た目は日中と何ら変わらない。

 とはいえ、マルベルの時は冒険者達やルッテがいたけど、今この闘技場内は俺一人だけ。

 今までに経験した事がない闘技場の静けさ。ちょっと不思議な感じだな。


「さてっと……」


 俺は闘技場の真ん中に正座すると、姿勢を正し目を閉じて、心を落ち着けようと集中する。


 ここに来たのは瞑想の為……だったんだけどな。


 普段ならそんな事はないのに。

 俺は恐怖という雑念に駆られ、身を震わせた。


 俺かルッテ達。

 どちらかが何とかしなきゃ、ロミナが死ぬ。

 それは勿論怖かったけど、それだけじゃない。


 Lランク冒険者ですら恐れをなす、魔王に匹敵する相手。最古龍ディア。


 名に龍を冠しているだけで十分強さを感じるのに、古龍術師でも相当の実力者であるルッテの師匠だという相手が、どんな力を持ち、どこまでの強さを持っているのかすら想像がつかない。

 何よりディアのいるっていうフォズ遺跡からの生還者は、噂にすら聞いた事もないんだからな。ヤバさ以外感じやしない。


 確かに俺だって、アーシェに授かった力で強くはなっている。

 だけど、それで本当にどうにか出来るのか?

 奇跡を起こせるのか?

 生きて帰ってこれるのか?


 思わず口を真一文字に結び、奥歯で必死に不安を噛み殺す。 


 ……ここまで強い不安を感じた時が、過去に一度だけあったな。

 パーティーから追放されると知らぬまま、王宮に入ったあの日。

 次が魔王との決戦。そう考えていた時だ。


 あの時はまだ、魔王軍に立ち向かえる勇気も持てたし、今程絶望的な不安まではなかった。

 魔王の真の強さを知らなかったってのもあるけど、俺の『絆の加護』が役に立つと信じてたし、何たって皆やアシェがいてくれたからな。


 だけど。

 当時も心の奥底では、常に不安を覚えてたっけ。


 自分が死ぬかもしれない事にも。

 仲間を失うかもしれない事にも。


 正直、赤の他人になっているとはいえ、皆の前でそんな弱気な所見せられない。だからさっきは必死に格好つけてやったけど。


 本当は怖い。

 俺だって……怖いさ。


 皆が恐れるほどの相手に挑むのに、ずっと側にいたアシェもいない。

 結局仲間もなく、挑むのは俺独りだけ。

 くだらない話をして恐怖を誤魔化したり、互いに勇気を奮い立たせる相手すらいない。


「……ふぅ」


 重い気持ちを空気と共に吐き出してやろうとしても、心にある不安は除けず、俺は思わず奥歯を噛む。


 情けない位、弱気の虫が騒いだその時。

 ふっと懐かしい想い出が、脳裏に甦った。


   § § § § §


 あれはまだロミナが聖勇女と呼ばれる前。

 俺があいつらに初めて出会った時の事だ。


 とある森に挟まれた人気ひとけのない街道脇で一人野営をしてた時、突然森の奥の方で爆発音がして、俺は気になって覗きに行ったんだけど。

 そこで、偵察任務中だったらしい魔王軍の奴等と、クエストの為森に入っていたロミナ達五人が偶然鉢合わせし、戦闘になっていたんだ。


 偵察隊とはいえ魔王軍。しかも人数はあいつらの倍以上。そんな中で奮闘する彼女達に、俺は手を貸した。

 と言っても、あいつらを囲んでいる奴らの背後にいた弓師ゆみし闇術師あんじゅつしに奇襲して、攪乱してやっただけだけど。

 今考えると、当時も皆かなり実力があったし、俺の力なんて要らなかったかもしれないな。


 何とか協力して彼女達を助けはできたし、そこから一時的にパーティーを組んで、何とか近隣の街まで戻ったんだけど。

 その時突然、ロミナに誘われたんだ。このままパーティーにいて力を貸してくれないかって。


「あなたに助けられたのは、きっと絆の女神様のおぼし召しだと思う。だから、その絆を大切にしたいの」


 最初は正直首を傾げた。

 アーシェを信仰している物珍しさもそうだったけど。

 当時はまだ皆Aランク。俺なんてDランクだったのに、そんな理由だけでパーティーに誘うのかってな。


 でも結局、俺はそれを受け入れた。

 まあランク以上の実力に腕を買われる事も度々あって、こういう唐突な誘いは慣れてたし。

 女ばかりだからうざがられて、すぐ見切られるだろとも思ってたから、何かあっても未練もないしな。

 ……ロミナの優しそうな笑顔に惹かれたってのは内緒な。

 

 でも、最初は色々と苦労したよ。


 ミコラは何かと俺を組み手の相手にしてしごいてきたし。

 フィリーネは兎に角冷たく俺をあしらい馬鹿にしてばかり。

 キュリアは全然話をしてこないし、こっちから話しても一言二言話して終わり。だから何考えてるかさっぱり分からず。

 ルッテはそんなパーティーに戸惑う自分を、よく揶揄からかって遊んでたな。


 そんな、癖が強くて、でも何処か憎めない皆と何とかうまくやりながら、旅をしてきたって訳。


 そんな中でロミナは、ある意味一番真面目で常識人。

 そして絆の女神への信仰も厚かった。


 だからこそだったんだろうな。

 数々の実力ある冒険者ですら抜く事ができなかった聖剣を、彼女はさらっと抜いて見せたんだ。


 俺がこの世界に来て、どれだけアーシェの信仰心を世界の人達に取り戻せたかなんて分からない。

 ただ、聖剣を手に聖勇女って呼ばれるようになった彼女が、絆の女神を信じていたのは大きな転機だった。


 魔王の恐怖に晒されていたからこそ、皆が彼女とアーシェに祈りを捧げるようになって。

 アーシェが力を取り戻せる程に存在を知られ、信仰されるようになったのは、本当にロミナのお陰だったと思う。

 正直俺、こっちの世界に来る必要なかったんじゃ? なんて、今でも呆れる位にね。


 だけどさ。

 聖勇女と呼ばれるようになって、より皆の期待を集め、背負うようになった頃。あいつも不安になったみたいでさ。


 ある日の夜。

 宿で皆が寝静まった後、別室だった俺の部屋にこっそりとやって来たロミナが、こんな悩みを打ち明けたんだ。


「私なんかが本当に魔王を倒せるの? 私なんかが聖剣を持ってていいの?」


 偽らざる本音。

 だから俺も笑って本音を語った。


「そんな事言ったら、俺みたいな低ランク連れてる方が問題だろ」


 ってな。

 でも、そんなんじゃ悩みを解消できるわけない。

 だからこう付け加えた。


「だけどさ。俺は皆ほど腕は立たないけど、それでも出来る限りの事をして力になりたいって思ってる。勿論それはあいつらだって一緒さ。お前が聖勇女だろうがなかろうが。あいつらだって心に不安があるだろうけど、それでもロミナの仲間としてずっと一緒に戦ってくれてるんだから。いいか? 聖剣に選ばれた事が不安でもいい。魔王を恐れてもいい。でも不安はきっと、お前も俺も、皆も一緒だ。だから弱気の虫も、辛い気持ちも、俺や皆に口にしろ。そして、それでも魔王から世界を救いたいって気持ちが諦められないなら、皆で一緒に踏ん張ろうぜ。お前は独りじゃない。俺達がついてるんだから」


 ……今考えると、一番弱かった癖にかなり恥ずかしい事を言ってたな。

 だけどそれを聞いて、あいつは涙目で頷き、笑ったんだ。


 そして。

 苛烈になる戦いに苦しみながら。時に大切な人を失いながらも。

 共に、必死に旅をして。

 あいつは皆と一緒に、魔王討伐を成し遂げたんだ。


   § § § § §


 想い出に浸っていた俺は、ふっと笑う。


「今お前がいたら、俺が泣きついてたかもな」


 思わずそう独りごちた、その時。


「泣きつきたい事って何?」


 背後からした想い出と同じ声に、俺は思わず目をみはった。

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