第三話:笑顔が見たいだけ
「分かった。じゃ、この話はなしだ」
俺の言葉に、再び皆の視線が集まる。
「ルッテ。悪かったな。力になれなくて」
「ま、待て! そ、そうじゃ! 今からミコラに実力を見せるのじゃ。さすれば──」
「個々の実力で運良く腕を見せられたって、パーティーでの連携が絶望的な俺じゃ意味ないって」
必死に食い下がろうとしたルッテも、俺が口にした偽りの現実に思わず奥歯を噛むと、悔しそうな顔をする。
本音を言えば、これでも約一年は一緒にパーティーを組んだんだ。皆が強くなっていたとしても、連携位ならどうにでも出来る自信はある。
だけど、ダメなんだ。
一緒に行くって事は、結局あいつら自身が不安や恐怖をかなぐり捨て、俺に背中を預ける覚悟がなきゃいけない。
だけど、魔王との戦いで心が傷ついたお前らに、それは
こっちはCランクの実力のない相手って思われてるんだ。尚の事さ。
ルッテからまた笑顔を奪っている。
その事実が胸に刺さる。
だがこれでいい。今はな。
俺は肩に下げたリュックを背負い直す。
「ルッテ。折角だから見送りを頼めないか? あ、できれば国王にもお付き合いいただけると嬉しいのですが。無礼は承知なのですが、お話しできる機会も滅多にありませんし、折角ですので」
さっきまでの空気を感じさせず、俺がへらへらと笑うと、マーガレスとルッテは顔を見合わせた後。
「ああ、お供しよう」
彼が代表するように応えた。
「ありがとうございます」
俺は踵を返すと扉に歩み寄り、手を掛けたところで一度振り返る。
「ロミナ。折角あんたに逢えたんだ。最後にひとつだけ言っておく」
俺に向けられた、彼女の申し訳なさげな視線。
まったく。そんな顔するなって。
少しの間。
もう逢えないかもしれない彼女をしっかりと目に焼き付けた後。俺は、彼女にこう言った。
「死んでも良いなんて強がるな。怖いなら怖いって仲間にちゃんと言え。泣きたいなら仲間の前でちゃんと泣け。それが仲間との絆ってやつだ。そしてその絆を信じてれば、絆の女神様もきっと、微笑んでくれるさ」
そして、パーティーを離れたあの日と同じ、会心の笑みを見せてやったんだ。
勿論、泣きはしなかったけどな。
§ § § § §
「悪かったな。付き合わせて」
「いや。わざわざここまで連れてきておきながら、本当にすまなかったの……」
「別に。気にするなって」
応接間からエントランスに戻り、俺はルッテとマーガレスに向かい合った。
未だ失意ばかりを見せる二人。
それだけロミナが皆に好かれてるのが分かるってもんだな。
「ルッテ。別れる前に少しだけ話をしてもいいか?」
「何じゃ?」
彼女の返事に頷いた俺は、本題に入る。
「ロミナは後どれ位
「キュリアの力で押さえ込んでも、
「ディアは何処にいるのか、目星は付いてるのか」
「無論じゃ。王国の北、ヴェルウェック山にあるフォズ遺跡の奥に師匠はおる」
ヴェルウェック山。
寒さの厳しい北の大地に
フォズ遺跡は山の中腹にあるが、幾度もSランク冒険者が挑んでは行方しれずとなり、誰一人帰って来ない悪夢の遺跡として有名。今やよっぽど物好きで命知らずの冒険者以外、近寄りもしない場所だ。
ま。確かに最古龍がいるなら納得だな。
「あそこまでだと、馬車で二週間以上か」
「早馬車でも約十日。もう仲間を探す猶予もそれほど残されておらん……」
「遺跡の中は迷路になっているとか、迷うようなトラップとかはあるのか?」
「多少は複雑じゃが、大した事はない。とはいえディア以前に、遺跡の周囲には多くの怪物がおる。それに、遺跡のダンジョンを守護するダークドラゴンに勝てる冒険者など、そうおらんじゃろうて……」
「おいおい。そんなのまでいるのかよ……」
この世界のドラゴン。
それはゲームなんかでさくっと倒せるような代物じゃない、幻獣でも最強種のひとつだ。
しかも闇を扱う最上位のドラゴン、ダークドラゴンともなれば、そりゃSランク冒険者でも命が幾つあっても足りゃしないな。
やれやれと呆れた笑みを浮かべていると、マーガレスがはっとして、俺の顔を見た。
「カズト。まさか君は……」
……流石は国王。勘所がいいな。
「ええ。国王相手に大変
「な!? 馬鹿な!? まさかお主、ひとりで行く気か!?」
流石にここまで言ったらルッテも気づいたか。
目を皿のように丸くしてるのがおかしくなって、俺はぷっと吹き出した。
「おいおい。別に驚く話じゃないって。Cランクの物好きな冒険者が、ちょーっと最古龍ディアってのに会ってみたくなっただけさ」
またもへらへら笑う俺の両腕を、ルッテが必死の形相でぐっと掴む。
「ダメじゃ! お主ひとりでどうこうできる相手ではない! それならば、せめて我々と行くのじゃ!」
「嫌だね。俺は仲間としての実力を疑われてる。そんな状況じゃお前らだって全力で挑めないだろ。俺より強い奴なんて五万といる。だからちゃんとした仲間を探して、万全で挑め」
「ふざけるでない! 聞いておったじゃろ! 聖勇女パーティーの我等ですら苦難極める相手なのじゃぞ!」
必死に俺を止めようとする彼女の目に涙が浮かぶ。
……悪いな。
これだけは譲れないんだ。
「ああ。それは聞いた。魔王と同じ位やばい相手だってな。だけど俺はふざけちゃいないし、お前達の気持ちもよく分かってるさ。魔王に挑んだお前らだからこそ、同等の相手に恐怖を覚えるのだって分かる。人数不足のパーティーで挑むからこそ、出来る限りの準備をしたいのだってな。だからお前らはそれでいい。ただな」
俺は生意気にも、自信満々に笑い、語ってやる。
「俺は聖勇女パーティーに感謝してる。なんたってお前達のお陰で世界は平和になったんだから。だから俺は、世界を救ってくれた聖勇女様を助けたいって勝手に思っただけさ。それに強かろうが怖かろうが、挑まなきゃ可能性すら生まれない。知ってるか? これは万人共通なんだぜ?」
「じゃが! Cランクのお主がたった一人で──」
「だからいいんじゃないか。俺が先に行って無駄死にしたってお前達がいる。ダークドラゴンやディアに一矢報いれれば、お前達の未来に繋がるかもしれない。それに本当に奇跡が起こって俺が
「カズト……お主は……」
掴んだ腕をわなわなと震わせ、俺を見上げたまま彼女は唖然とする。
……分かってるよ。
無茶なんて百も承知だって。
だけどな。ロミナが死ぬのは嫌なんだよ。
お前が諦めらめきれないようにな。
「ま、そういう訳で。お前は何も気にするな。自分達の最善だけ考えろ」
そう声を掛けても、ルッテは悲壮感ばかり顔に出す。
責任感じすぎだって。
もう少し笑えよ。ったく……。
「……分かった。こちらより早馬車は手配しよう。何時ここを発つ?」
「マーガレス!?」
俺の決意を汲んだマーガレスの言葉に、今度はルッテが驚いて彼を見る。
だが、彼女と視線を交わした彼は、首を横に振り、諦めろとアピールすると、またこっちに真剣な目を向けた。
「二日後。最強の敵相手に雪山を目指すとなると、準備は周到にしないといけないんで」
「分かった。王都北部の車庫に朝から待機させておく。宿は決めているのか?」
「先程王都に着いたばかりなのでこれから適当に。あ、もうひとつ。わがままついでですいませんが、今日から出発までの間、どこか闘技場を貸し切れませんか? 少し腕を磨いておきたいんで」
「では、北部の冒険者ギルドの闘技場を抑えておく。それで良いか?」
「はい。助かります」
流石は国王の座に収まった男だな。
時に情を割り切ってでも、さらりと適切な答えを返し。俺が向けた笑みに、しっかりと笑みを返してくる。
まあ昔っから何かと気が利くいい奴だったからな。
こいつがロミナ達の側にいてくれて本当に良かったよ。
決意を曲げられないと悟ったのか。
ルッテの腕が俺の腕から離れると、そのまま悔しそうに顔を地に伏せ、唇を噛む。
まったく。
思わず呆れた笑みを浮かべつつ、俺は彼女の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「……言ったろ。俺はお前の笑顔が見たいだけだ。勿論お前だけじゃない。マーガレス王やロミナ。お前の仲間達の笑顔もな。俺が勝手にそう思って行動するだけなんだから。お前が気に病むなって」
「……すまぬ……。巻き込んで、すまぬ……」
おいおい。
こんな所で泣かれたら目立つだろ。まったく……。
「巻き込んだんじゃない。俺があのおかしなクエストに勝手に首を突っ込んで、勝手に最古龍やら
俺は少しだけ笑って見せると、逃げるように二人に背を向ける。
「もしもの時は、頼むぜ」
そして、背を向けたまま手を上げると、俺は返事を待たず、そのまま一人、王宮を後にした。
……さて。
ここからは無理無茶無謀の一人旅か。
まずは色々と準備しないとな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます