第二話:実力不足

「ルッテを信じられねーわけじゃねーけどさ。今の話を聞いたって、全く強そうに感じねーんだけど。本気で大丈夫なのかよ?」

「私も同意見よ。パーティー経験もなく連携もダメ。確かにソロのみでCランクの腕前はセンスがあるかも知れないけど。今回に限って言うなら、それだけなら本気でただの足手まといでしかないわ」


 心配そうなミコラに、呆れるフィリーネ。

 まあ、確かにこの二人は実力主義な所あるからな。

 とはいえ、またこないだみたいに腕前を見せろって話になると、正直迷う。


 あの時はルッテ一人だったし、あいつが何してくるか分かったから対応もできたけど。

 フィリーネにミコラの二人を負かせと言われても、忘れられ師ロスト・ネーマーとして得ている力を隠し試験に挑んで、納得させられるかって言われたら、正直相当厳しいしな。


 二人の言葉にルッテは、少しだけ唇を噛む。


「そこは我が古龍術を破ったという言葉を信じてくれぬか。もう時間も限られておるし、これ以上前衛探しに時間を掛けられんじゃろ」

「……前衛探し?」


 俺はその言葉に首を傾げた。


 今のパーティー構成の主流は六人。

 前衛を三人から四人、残りを後衛ってのがスタンダードだ。


 このパーティーの前衛といえば、聖勇女ロミナに聖騎士マーガレス。そして武闘家のミコラ。そして今ここには、その前衛が三人共揃っている。


 まあ、流石に国王となったマーガレスは今更パーティーの前衛には立てないかもしれない。

 だけど、騎士団や戦士団の中にだってSランク冒険者に匹敵する奴だっているだろうし、そもそも素直にSランク冒険者を雇ったっていいはずだ。

 大体Lランクに及ばなくても、肉薄する奴だっているだろ。


「別に前衛って条件なら、素直に強い前衛を冒険者なり、騎士団や戦士団から募れば良いんじゃ?」

「……そんな甘いもんじゃねえんだよ」


 俺の疑問に、何処か苛立たしい声をあげたのはミコラ。

 いや、苛立ってはいる。だけど、表情が何処か悔しげだ。


「お前。魔王と戦ったことなんてないよな?」

「そりゃ……」

「だったら現実を教えてやる。いいか? 魔王は俺、マーガレス、ロミナ相手にたった一人で渡りあったんだ。それだけじゃねぇ。一人で前衛三人を止め、後衛三人に術を仕掛けてきやがったんだ。圧倒的な力でな」


 その顔を見て、マルベルでのルッテが重なる。


 はっきりと分かる。

 この顔は、自分がだって思ってる奴の顔……。


「だけどルッテは言ってた。魔王は倒されたって。だったらそんな存在と戦う必要──」

「あるのよ」


 俺の言葉を否定したのはフィリーネだった。


「クエストの内容はまだ明かせない。だけどこれだけははっきり言わせて貰うわ。貴方が戦うのは魔王と同じ位の力を持つ相手。わかる? たかだかCランクの貴方が、Lランクの私達ですら命懸けだった相手と戦う事になるのよ」


 苛立ちを強く見せる彼女もまた、ぐっと唇を噛む。


 ……ったく。

 そういう事かよ。


 噂に聞こえたのは、華々しき凱旋だけ。

 だけどその裏で、こいつらは本当に苦しんだんだ。

 死の恐怖に怯え。力の無さに震え。それでも魔王と戦い抜いた。

 だから、同じだけの脅威に挑むのに、実力不足も感じれば、恐怖もあるって事か。


 ……でも待てよ。


「敵が強いのは分かった。だけどおかしくないか? 世界は今、魔王を倒して平和に見える。もしそれだけの脅威が迫ってるなら、魔王の時と同じでこの国だけじゃなく、多くの国で脅威に対する対策が必要になるだろ? だけどそんな話、噂にも聞こえてこない」


 そう。

 今の平和なこの状況に、戦う理由が感じられないんだ。

 Lランクの冒険者を駆り出す程の話が何処にあるんだ?


「……もう、止めましょう」


 俺の質問に俯いていたロミナが顔をあげると、ふっと寂しげに笑う。


「皆が私のために、危険に身を晒す必要なんてないもの」

「ふざけるなよ! それじゃロミナが!」

「そうじゃ! お主を見捨てる事などできん!」

「ロミナ! すぐそうやっていい子ぶるのを止めなさい! 貴女だって生きたいでしょ!?」

「私も、ロミナが死ぬの、嫌」

「……は? どういう事だ?」


 皆が口々に放つ言葉に、俺は目を見開いた。


 ロミナが死ぬ?

 何で? どうして?


 戸惑いの最中さなかにある俺に、彼女は申し訳なさそうな顔を向けた後。ソファから立ち上がって背を向けると、するっと肩からワンピースを下ろし、背中をはだけさせた。


 そこにあったのは、黒のワンピースに隠れていた、黒く怪しき文様。下半身からまるで触手のように伸びていく禍々しさを感じるそれは、少しずつ彼女の心臓に向け伸びているように見える。


 まだ届いてはいない。

 だがそのまま伸びれば、いずれその先端は心臓のある位置に届くだろうか。


「私が魔王に止めを刺した時、魔王は最期の力で私に呪いをかけたの。ゆっくりと、死に至る呪いを」


 俺はそれを聞き、言葉が出なかった。


 呪い。

 俺の住んでた世界と同じ、決して良い事なんてない、恨み辛みの成れの果て。


 この世界でもそういった呪術的なものもあるし、解呪の術もあるにはある。

 だがロミナのそれは、そう簡単に消えやしないはずだ。

 俺が神ですら解けない呪いの元にあるように、魔王の呪いだって相当な力のはず。それじゃ解呪なんて夢のまた夢。

 実際手立てがなかったから、今も彼女は呪いの中にあるはず……。


 愕然とする俺の前で、彼女は再びワンピースを整えると、改めてこちらに振り返った。


「このまま待っていれば、確かに私は死ぬ。でも私は、皆が傷つかない方がいいもの」


 気丈に微笑む姿は、昔と変わらぬ聖勇女。

 だけど……この笑顔が、この世から消えるって事だよな。


 仲間達は皆、その言葉に口惜しげな顔をするけど、何も言い返さない。

 ……未来の見えない現状の中、下手な希望なんて見せられない、って事か。 


「……君は、四霊神を知っているかい?」


 真剣な瞳を向けてきたマーガレスに、俺は小さく頷く。


 四霊神。

 世界の何処かに存在するという、神に近しい存在だってどこかで聞いたな。


 彼らは人智を超える宝神具アーティファクトを護っていると言われているが、誰もそれを見た者はいない。


 そして神に近しき彼等だからこそ、世界で何が起きようとも、世界に関与しようとはしないらしい。

 だから、魔王が世界に現れても静観したのだろう。

 ただ静かに、世界の行く末を。


 だけどその存在は噂どころか、御伽噺おとぎばなしみたいなもんだ。

 実際多くの冒険者が四霊神を探したが、未だに出会ったという話は聞かないんだからな。


「その一人が、呪いを解ける宝神具アーティファクトを持っている。それが、我々が倒さねばならない相手なんだ」

「相手だ……って。そんな御伽噺おとぎばなしに確証はあるんですか?」

「……我は知っておる。その宝神具アーティファクトが存在する事も。何より、その相手もな」

「は? それって──」

「最古龍ディア。我が師じゃ」


 ……ルッテに聞いた事がある。

 彼女には古龍術師の師匠がいた。だが外の世界に憧れた彼女は、師匠に絶縁される覚悟でこっそりと旅に出たんだと。

 その師匠って、四霊神だったのかよ……。


「つまりルッテの知り合いって事だよな? だったら話は早いじゃないか。何とか宝神具アーティファクトを借りれるよう話をすれば──」

「無駄じゃ。四霊神はたかが一人の人間の為になど動かん。それに我は絶縁してここにおる。今更そんな話、聞く耳も持つまい」


 ルッテの情けない程の落ち込みようが痛々しい。

 いや、他の皆もだ。まだロミナは生きてるってのに。何だよこのお通夜状態は。


 ……ま、とはいえ。

 確かに肩の荷が重いな。


 魔王に匹敵する相手じゃ気遅れだってするし、何よりルッテは十分実力も知っているはず。

 一度植え付けられた恐怖と同じ位の力を持つ相手に挑む勇気なんて、いくら世界を救ったからって当たり前に持てるもんじゃない。


 実際俺だって、心のどこかで俺の力があれば、魔王だって倒せるんじゃなんて思ってた。

 でも皆がこれだけ苦しんだんだ。きっと俺が挑んだって、余裕で無駄死にしてたに違いない。


 そんなレベルの相手と戦うなんて、無謀にも程があるってもんだ。

 俺も、あいつらもな。


「私も、魔王より共に世界を救った仲間である聖勇女を死なせるなど本意ではない。だからこそ力になりたいのは山々。だが、私は国王。一人の人間の為に国を離れ、安易に命を掛けることはできないんだ」


 マーガレスが国王らしからぬ悔しさを滲ませ、ぎりっと奥歯を噛む。


「私は、ロミナの呪いの進行を、遅らせてる。だから、一緒に行けない」


 キュリアもまた、珍しく表情に憂いを浮かべ、目を伏せる。


「結局、動けるのは私とミコラ。そしてルッテだけ。だからこそ、私達はより強い仲間を欲したの。理想はパーティーにいれば仲間が強くなれると噂される忘れられ師ロスト・ネーマー。それが無理なら、せめてミコラの負担を軽減できる、実力のある前衛をね」


 フィリーネは本音を語りながら、力なき俺に憐れみの目を向け。


「……情けねーけどよ。俺じゃお前が前衛に立っても、守ってやれるかすら怪しい。だからこそ、自分自身で俺の脇に立って、仲間を守りながら戦える俺と同じ……いや。俺より強い奴じゃなきゃダメなんだ」


 ミコラもまた、気持ちが落ち着き俺を責めた事を反省したのか。

 本来のあいつらしい不器用な優しさを見せ、悔しそうに胸の前で拳を反対の掌にパチンと合わせる。


 結局。こいつらの理想じゃ、俺どころかSランクでも力不足ってことか。


 まあ、確かに今本当に必要なのは、仲間に加護を与えられる忘れられ師ロスト・ネーマーかもしれない。

 その力があれば、もしかしたら倒せる可能性があるのかもしれない。


 だけど。

 俺はそれでも、皆とパーティーを組む決断が下せなかった。


 そもそも俺の持つ力があったとしたって、最古龍ディアと皆がやりあえる保証はないってのもある。

 でもそれだけじゃない。

 今のこいつらに無理矢理戦えなんて、言えるはずないだろ。


 恐怖を克服しろとか。

 無謀でも戦えとか。

 そんな無責任な事なんて言えるか。

 それだけ傷ついた心ってのは辛いんだから。


 ……ま。仕方ない。

 それなら道は、ひとつだけさ。

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