第二章:聖勇女ロミナ

第一話:記憶なき再会

 城下町に入り、流石にゆっくりとした足並みで進む早馬車の窓から、俺はぼーっと外を眺めていた。

 ほんと、王都ロデムは相変わらず栄えていて賑やかだ。

 商業地区の活気もそうだけど、住宅地区も人々が笑顔で暮らし、魔王の影なんてもう感じない。平和が戻った幸せな雰囲気だけが、はっきりと伝わってくる。


 そうこうする内に、早馬車は城門までやってきた。

 流石に今日ばかりはルッテの口数も少なく、ずっと思い詰めた表情を浮かべているもんだから、否応なくこっちも緊張させられる。

 まあ、きっと気楽な話じゃないんだろうな。


 手続きを終えた後、大きな門が開き。馬車が堀を越え、城壁内に入っていく。

 だけど城へは向かわず、早馬車は王宮へと向かうと、エントランス前で止まった。


 俺は早馬車を降りると、初めて城壁内に入ったかのように周囲をキョロキョロする。

 流石にたった半年。そう代わり映えするわけでもないか。


「カズト。こっちじゃ」


 ルッテに案内され、俺は王宮内に足を運ぶ。

 未だ記憶に残る建物に廊下を見て、自然と思い出されるあの日の記憶。

 まったく……。

 俺の中からも記憶が消えてくれればいいのに……なんてな。


 しかも、案内された部屋は奇しくも、あの日皆と別れた応接間。

 扉の前に立った瞬間。胸がずきりと痛む。


 ……大丈夫。もう皆、忘れてるんだから。

 痛みを吐き捨てるように、大きく深呼吸をしていると。


「そんなに緊張するでない。あと、相手など気にせず普段どおりに喋るが良い。皆には既に伝書で、お主は口が悪いと伝えておるでな」

「は? ルッテ。それ本当かよ!?」

「無論じゃ。そうでもせねば、お主が自然に話せまいて」


 俺の声もどこ吹く風。

 ルッテが俺を鼻で笑った後、その部屋をノックした。


「ルッテじゃ。入るぞ」

「どうぞ」


 久しぶりに聞く、凛とした、しかし優しげのある声。

 ルッテがゆっくりと扉を開くと、その奥には、まるで別れの日を再現するかのように、聖勇女と仲間達の姿があった。


 テーブルの向かいのソファに腰を下ろすロミナに、その脇に立つフィリーネ。ソファの手すりに腰を掛けているミコラ。

 っていうか、世界樹を治療しているはずのキュリアに、国王になったマーガレスまで揃ってるのかよ……。


 魔王を討伐した聖勇女パーティーの面々。

 出迎えた者達の真剣な目が俺に向けられる。

 ……やっぱり、誰も驚かないか。

 当たり前とはいえ、やっぱり複雑だな。


「伝書しておいた通り。こやつが我が目をつけた武芸者、カズトじゃ」


 ルッテが本当に触りの紹介をした途端。


「ふ~ん。そんなに強そうには見えねえな」

「確かにそうね。ルッテ。本当にこの男が貴方を負かしたというの?」


 ミコラとフィリーネは怪訝そうな顔で俺を見る。


「負けたとは書かんかったじゃろ。度肝を抜かれただけじゃ」

「……相手、Cランク。ほぼ、負けてる」


 二人の言葉に我関せずといった感じで言い訳をしたルッテだったけど、さらりとキュリアに突っ込まれ、ぐぬぬっと悔しそうな顔をした。


 ……まったく。

 お前ら変わらないな。


 最初に偶然パーティーに加わってから、ずっとそうだ。

 ミコラも。フィリーネも。キュリアも。ルッテも。いっつもこんなやり取りばかりして。


 懐かしさに胸が熱くなる。

 とはいえ、流石に何かを口にする気にはなれなかったけど。


 俺が緊張しているように映ったのか。

 唯一以前と違う、漆黒のワンピースを纏ったロミナが、以前と同じように優しく微笑んでくる。


「カズト様。長旅ご苦労さまでした」

「あ、えっと……。ありがとうございます。でも、俺なんか呼び捨てでいいですから」


 言葉を選びつつ何とかそう返したんだけど、その発言が気に入らなかったのか。ルッテが呆れた顔を向けてきた。


「カズト。普段通りで良いと話したじゃろ?」

「ばっか。相手は聖勇女様だぞ。そうはいくかって」

「我とて聖勇女と共に戦った仲間なんじゃがのう。お主はさらりと生意気な口を利いたではないか」

「そりゃお前が弱気になってたから発破かけただけだ。大体最初は敬語で話してやっただろ?」


 思わず素で言い訳をする俺を見て、ロミナがくすくすと笑う。


「カズト様。……いえ、カズト。私にもルッテのように気さくに話して。勿論呼び捨てで構わないわ。私もそうするから」


 気を遣ったのか。少し砕けた口調で言い直した彼女の言葉に、過去が重なる。

 余所余所しさもなく、親しげに、互いに自然に話していたあの頃に。


 ……そうだな。

 どうせまた一期一会。

 後悔だけはしないようにしよう。


 俺はそう考えて。


「分かったよ。ロミナ」


 と、短く返事をした。

 話が落ち着いた所で、マーガレスが口を開く。


「カズト。済まないが、クエストを依頼するにあたり、君の冒険者ギルドでの活動内容を調査させてもらった」


 は? 国王が関係するクエストの依頼?

 確かにそれはルッテが困る訳だ。


 Sランク冒険者限定なんて話なら別だけど、あのクエストはランクを問わなかった。

 それなら、認めた相手でないと内容を話せないのも合点が行くか。


「君はCランクとしても優秀で、冒険者としては問題はなく見えるのだが、幾つか気になった点があってね。少し確認してもよいだろうか?」

「はい。何なりと」


 流石に過去に見知っていても、今や国王。

 少しだけ敬語で話をすると、彼はイケメンらしい爽やかな笑顔を見せた後、一転真剣な表情で本題に入った。


「君の記録を見る限り、今すぐにでもBランクを目指せそうだが、何故そうしないんだい?」

「俺は冒険者として生計を立てられていればいいって思ってるんで。より上のクエストのほうが収入は良いでしょうけど、それだけ危険も増します。だから安定を選んでいるだけです」


 これは事実だ。

 ランクが上がるほど待遇も難易度もあがる。

 これは別に悪いことじゃないし、普通の冒険者はメリットも多い。

 だけど俺は忘れられ師ロスト・ネーマー。ずっと同じパーティーを組める事もなかったし、結局ソロでの行動が多いと、上を目指すのはそれだけ難易度に対するリスクが大きくなる。


 たまたま高ランク冒険者と組んだこともあるけど、結局上に行くほど色々と大変だし、腕の無さで見切られやすいってのもあって、それなら今のランク帯位が丁度いいってのが本音だった。


「そうか。ちなみにソロでの活動しかしていないようだが、何か理由があってかい?」

「あ、えっと。正直パーティーを組もうって言われて腕試しされた事はあるんですが。皆がお前には腕がないって断られまくってて……」


 悲しいかな。

 呪いの効果でパーティーでのクエスト履歴からは名前が全部ぶっ飛んでたんだろうな。

 敢えて困った振りをしてそんな理由を並べたんだけど。


「あの腕でか?」


 それをおかしく感じたのは、俺の実力を垣間見たルッテだった。

 しかし、それも勿論折り込み済み。


「結局パーティーは周りとの連携が大事になるからさ。その辺、合わせるのが滅法下手なんだよ」


 俺は正直、マイナスポイントになりそうな事を口走った。

 だけどここはこれでいい。パーティーに合わない話としては妥当だからな。


「そうか。一年半前から約一年ほど、君が冒険者として活動していない期間があるが、その時期は何をしていたんだい?」

「あ……」


 それを聞いた瞬間。

 俺はすぐに言葉が出なかった。


 それは完全にロミナ達とパーティーを組んでいた期間。

 だからこそ、妙に不自然で長い空白期間になる。直近半年より前のクエスト達成が急に一年も空けば、怪しまれもするか。

 流石にCランクの冒険者の履歴なんて調べてくる奴なんていないと思ってたし、すっかり忘れてたな……。


「……その時期はちょっと、冒険者を続けるか迷っていて。なので、クエストは受けずにひたすら腕だけ磨いてました」


 何となく当たり障りのない言葉でお茶を濁してみたけど、ちょっと不自然すぎるか?

 顔には出さぬよう注意を払いつつ、内心ヒヤヒヤしていたんだけど。


「そうなのか。失礼だが、復帰した理由を聞いても大丈夫かい?」


 マーガレスは深く踏み込まず、更に質問を重ねてくる。


「正直情けない話なんですけど。俺、結局冒険者以外できそうになくって。それで冒険者を再開しました」


 その言葉に納得したのか。

 マーがレスは「ありがとう」と短く口にする。


「最後に。……ルッテからも伝書で伝え聞いているが。君は残念ながら、忘れられ師ロスト・ネーマーではない。それで合っているかい?」

「……はい」


 俺は、俺を否定した。

 少しだけ表情に憂いを見せて。


 正直、俺がそうだと言う選択肢もあっただろう。

 かつての仲間が揃っていたしさ。


 でも、言えなかった。

 パーティーメンバーが誰一人欠けずに揃っている中で、俺が名乗り出る必要なんて今更感じられなかったのもあるし。

 ルッテが力が必要と言った理由も、未だ分かってなかったってのもある。


 だけどそれ以上に……俺は臆病なんだよ。


 今更、皆の所に戻ってどうする。

 既にロミナ達は王宮で平和に暮らしてるし、キュリアだって世界樹の元に戻るはず。

 ルッテだって、ロミナから離れる訳もない。

 そんな日常にパーティーなんて要らない。


 それでなくたって、俺が居なくても魔王を倒して帰って来たんだ。誰もメンバーが欠けずにな。

 大事があるかもしれなくたって、パーティーを組むのに困る事はないんだ。

 しかも全員がLランク。もうSランクですらないんだぜ。だったら尚の事、Cランクなんて要らないだろ。


 結局。

 遅かれ早かれ皆のパーティーから離れる未来しかなくて。そんな未来を迎えた時、俺はまた、自分が未練がましさで傷つく。それが怖かったんだ。


 だったら、今のままでいいのさ。

 今のままで、さ。


 俺の答えに、皆に落胆の色が浮かぶ。

 だがそれでもマーガレスは笑顔を見せた。


「長々と失礼した。ありがとう」

「いえ。これで本題を話してもらえるのですか?」


 俺が彼にそう問い返すと、


「流石に気が早すぎだろ」

「そうね」


 露骨に嫌な顔をしたのは、ミコラとフィリーネだった。

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