第五話:まさかの旅立ち

 俺の言葉を聞いたルッテは暫く呆然とした後、あいつらしい笑顔……っていえば、笑顔なのかもだけど……。


「……わっはっはっは!」


 突然、思いっきり大笑いしやがった。

 おいおい!? そこまで爆笑されるような事言ったか?


 思わず何とも言えない複雑な顔をすると、流石に悪いと思ったのか。彼女は必死に笑いを堪らえようとする。


「はっはっはっ。いやぁ、すまんすまん。しかしお主、随分とキャラが変わるのう。どっちが本性じゃ?」

「え?」


 あ……。


 ま、まあ確かに。さっきあれだけ生意気言っておいて、急に敬語に戻ればそう思われるか。

 とはいってもなぁ。

 そりゃ昔みたいに喋れれば楽だけど、今や赤の他人だし……。


 相手の記憶がないからこそ、言葉に詰まり頭を掻いてたんだけど。それをどこか楽しげに見つめていたルッテは、悪戯っぽい笑みを浮かべると、こんな言葉を続けた。


「カズトよ。お前は確かにCランクやもしれん。じゃが、夢見がちな性格だけなら十分Lランク。じゃから我に様付けなどいらんし、楽な話し方でよいぞ」

「ちょ!? あのなあ。流石にその言い方はないだろ?」

「ふん! 生意気なお主にはこれくらいが丁度いいわ」


 まるでてのひらもてあそばれ笑われるこの状況に、俺は大きくため息をいたけれど。同時にちょっとホッとした。


 このノリ。このやり取り。この笑み。

 昔一緒に旅した時と同じ、俺の知っているルッテだ。


 やっと彼女らしさを見せてくれた事に安堵していると、ルッテはふっと真剣な顔となり、俺をじっと見つめてくる。


「カズトよ」

「ん?」 

「お主の命を危険に晒しておきながら、こんな事を頼むなど、無礼にも程があるのは重々承知じゃが……」

「……クエストの話で、いいんだよな」

「うむ。じゃが、依頼内容は我からは話せん。じゃから、まずは共に王都ロデムに来てほしいんじゃ」

「王都に?」

「そうじゃ」


 俺はその言葉に、少しだけ迷いを見せた。

 王都に戻るという事。それは、ロミナやミコラ、フィリーネと会うかもしれないという事。

 この件に首を突っ込んだ時点で、最悪の場合の覚悟はしていたものの。記憶のない皆と会うのは、やっぱり何処か気が引ける。


 とはいえ、俺が自ら焚き付け、乗りかかった船。

 断る選択肢なんてもうないよな。

 別に、パーティーさえ組まなければ赤の他人のままだし、気にしなくてもいいだろ。


「別に構わないけど。これは俺がクエストを受領したって事でいいのか?」

「いや。じゃがクエストの内容を知る権利は充分じゃ。残念じゃが、ミコラやフィリーネと手分けし王都や他の街でも同じクエストを貼ったが、結局残った候補者はお主位じゃしのう」

「そんなに大々的に募集してたのかよ。しかし忘れられ師ロスト・ネーマーなんか見つけてどうするつもりだったんだ?」

「……力が、いるんじゃよ」


 戸惑う俺に、歯がゆそうな顔でルッテがそう口にする。


 力が?

 その言葉に、先の彼女の言葉が蘇る。


  ──「我の今の力でそれを成せと言われても、できなどしないのじゃ」


「まさか……魔王が、まだ生きている?」


 思わずそう呟くと、ルッテは首を横に振った。


「いや。ロミナは間違いなく、魔王を倒しておる」

「じゃあ何で……」

「それは、向こうでちゃんと話をする。済まぬが、今は何も聞かず、我に付いてきてくれんか?」


 思い詰めた表情で、歯切れ悪く口にするルッテ。

 ……そんな顔するなって。ったく。


「心配するなよ。そのつもりでここに来たんだからさ」


 俺が安心させるよう笑ってみせると。


「ふっ。お主は不思議じゃな」


 彼女は突然、そんな事を言って優しく微笑んだ。


「何時ぞや、何処かであったか?」

「へ?」

「お主と出会った記憶なぞさっぱりない。が、どうにもお主とは、初めてという気がしないんじゃが」

「……いや。俺がLランクの冒険者なんかと顔を合わせる機会なんてないって。Cランクなんだし」


 突然核心を突かれ、内心ドキっとしながらも、俺はしれっとそんな答えを返す。


 まさか、俺が忘れられ師ロスト・ネーマーだって感づかれてるのか?

 ……いや。それならもっと直接的な反応を示すよな。

 今まで別れたパーティーの相手と再会して話すなんてほとんどしてこなかったけど。記憶が消えても何か残るものがあるんだろうか?


 呪いの効果に多少の不安を覚えながらも、今は敢えて、それを考えないことにした。

 余計なこと考えて、ボロを出したくなかったしな。


「……それもそうじゃな。まずはあまり時間もない。明日には一緒にここを発つ。よいな?」

「ああ」


 ルッテがすっと手を差し出し。

 俺はすっと、手を重ね握手する。


 こうして俺は、自ら離れたはずの王都ロデムに舞い戻ることになったんだ。


   § § § § §


 結局まともに観光すらも出来ず、翌日には俺は冒険者ギルドが用意した早馬車にルッテと乗り込み、王都ロデムへと向かった。


 港町マルベルから、普通の馬車なら二週間は掛かる工程。

 しかし、流石は冒険者ギルド所有の早馬車。その半分の日程で目的地まで駆け抜けていく。

 これは牽引する早馬の力もあるけど、軽量化、耐久化、振動軽減といった付与術を掛けられた車体もあるからこそ為せる事だ。


 とはいえ、冒険者ギルドがこの早馬車を出す事は稀。

 それだけ今回のクエストは大事おおごとって事になる。


 ルッテはできる限り普段通り、飄々と振る舞ってくれていた。

 だが、合間合間にちらりと見せる憂いある表情は、やっぱり俺を不安にさせる。


 とはいえ、それを見せちゃ彼女に悪いし、理由はまだ聞けない。

 だから出来る限りクエストの話題には触れず、俺も平然として過ごしていた。


 そして、あれから一週間。

 ついに俺は王都、ロデムに戻ってきた。

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