第四話:Cランクの意地

 俺の放った言葉に、ルッテは眉をぴくりと動かすと、また視線を向けてきた。

 表情に少しだけ、驚きを浮かべて。


 俺は顔色を変える事なく、ゆっくりと闘技場の中央に戻ると、ルッテと距離を置いたまま向かい合う。

 ……正直、簡単に諦めを口にしたあいつらしかぬ態度に、内心苛立ってたけどな。


「確かに俺には関係ないかもしれない。だけど納得なんていくか。聖勇女様や女神様が強かろうが、あんた達仲間がいたからこそ魔王に勝てたのは変わらないじゃないか。それに今でもあんたには仲間がいる。そいつらを頼って一緒に戦えばいいだけだろ」

「……ふん。急に生意気な口を聞きおって。お前が我の何を知っておるというのじゃ?」

「何も知りゃしないさ。俺は一緒に旅した事も、魔王討伐に挑んでもいないからな。だけど今のあんたの事は分かる。諦めてばかりの臆病者だって事は」

「うるさい!」


 瞬間。苛立ちと共に俺に向けられた杖から、火球が勢いよく放たれた。

 それは身動きしない俺の顔を掠め、僅かに触れた黒髪の先をちりっと焼くと、離れた背後の壁にぶつかり爆発を起こす。


 背中に感じる強い熱風。

 だけど俺は、動じる事なくじっとルッテを見続けた。

 本気で狙ってない術に、恐怖なんて感じるもんか。むしろ優しさを感じる位だよ。


「本気で死にたいか?」

「いいや、死にたくないね。俺だってCランクの冒険者。まだまだ夢も希望もあるからな」

「ならば何故、我に楯突く?」

「放っておけないから。それじゃダメか?」

「ふん。小物が何を気取る。はっきりせい。欲しいのは地位か? 名誉か? それとも金か?」


 苛立ちが彼女の表情を歪ませ、きつい目を向けさせる。

 まったく。

 そんなのどれもいるかって。俺が欲しいのはな。


「あんたの笑顔」


 それだけだ。


 あまりに意外な答えだったのか。

 久々にルッテが見せた面食らった顔に、こっちが思わず笑ってしまう。


 ま、そりゃそうだ。

 急にそんな事言われたら、誰だってそんな顔にもなるよな。


 だけど。

 俺は知ってるんだよ。


 お前は悠々自適に過ごしながら、いっつも俺を揶揄からかい、嬉しそうに笑ってた。

 それがいいんだよ。それがお前らしいんだよ。

 今のお前にはその笑顔も、余裕も、微塵もないじゃないか。そんなの許せるかよ。


「……お主。名は?」

「……カズト」

「そうか」


 ルッテが一瞬だけふっと笑うと、すぐに真剣な目を向け改めて杖を構える。

 同時に、彼女の背後で実体化し立ち上がったフレイムドラゴンが、大きく咆哮した。


「諦めぬというなら力を見せよ! 本気で我を笑顔にするとほざくなら、我に希望を見せるのじゃ!」


 彼女の構えに、俺は迷わず腰に穿いた鞘に収まりし愛刀、閃雷せんらいの柄にすっと手を掛ける。だが、まだ鞘から抜かない。

 そう。これが俺のスタイル。

 武芸者の刀技とうぎのひとつ。抜刀術だ。


 静かに目を閉じ、気配だけでルッテの動きを追うと、熱のある空気が、彼女の左右上方に集まるのを感じる。

 ドラゴンの両腕で振るう飛び道具、鋼の炎爪えんそうを撃つ予兆か。

 ……ったく。この熱量。本気だな。


 今までは仲間。

 しかも前衛と後衛。

 互いの技と術を撃ち合うなんて、一度もした事はない。

 だけど戦いの中で見た、あいつの凄さはよく知ってる。

 そのやばい術もな。


 止められるのか。砕けるのか。

 それすら、やってみなきゃわからない。

 喰らえば死ぬかもしれない。

 だが挑まなきゃ、こいつに希望を与えられない。


 ……ルッテ。

 正体を隠した、忘れられ師ロスト・ネーマーですらないCランクの俺なんて、おまえが望んだ相手じゃないのは知ってるさ。


 だけどな。


 お前に何があったのか、気になるんだよ。

 お前が笑わないのが、許せないんだよ。

 お前の力になれるなら、なりたいんだよ。


 お前は俺を知らなくても。

 俺にとってお前は、今でも大事な仲間なんだから。


 だから見せてやるよ。希望って奴を。

 だからちゃんと見せやがれ! お前の笑顔を!


「覚悟はよいな?」

「ああ」


 短く言葉を交わした後。暫しの間を置き。


「引き裂け! 灼熱の爪よ!」


 ルッテの強い叫びと共に、勢いよく迫る熱を感じ、俺はかっと目を見開くと、ドラゴンが奮った豪腕より放たれた、目の前に迫った灼熱に染まる刃物のような鋼の爪に、己の持つを重ねた。


 神速の抜刀から放つ最初の一刀。

 素早い横薙ぎの刃に乗せ放ったのは、抜刀術の技、真空刃しんくうは

 鋭い巨大な衝撃波。だけど、たかだかそれだけであの鋼の爪は砕けやしないのは俺が一番知ってるさ。


 だから俺は、そこに氷の精霊王フリザムの力を借りた精霊術、絶熱フリーズヒートを無詠唱で重ねた。

 。お前の鋼の炎爪えんそうに勝つならこれだ!


 その真空刃しんくうはは俺の目の前で真っ赤な鋼の爪を食い止めると、断ち切らんと激しく空中でぶつかり合った直後。

 競り合う絶対零度の衝撃波が触れた箇所が、一気に黒ずむ。


 急に冷やした鋼は脆くなる。

 狙うはその一点!


 素早く返す二の太刀で放ったのは、抜刀術の三大奥義のひとつで、俺の得意技。

 ざんひらめき。


 真空刃しんくうはの軌道に重ねし、刹那に放たれる最強の一閃。

 それは脆くなった狙うべき一点を見事に打ち抜ぬくと、真空刃しんくうはの勢いが削がれる前に、赤き鋼の爪を粉々に打ち砕く。


「なんじゃと!?」


 驚愕するルッテの頭上を超え、真空刃しんくうはは勢いをそのままにフレイムドラゴンに直撃する。

 抑え込もうと抵抗するドラゴンだったけど、熱を奪われ力が弱ると、勢いに勝る真空刃しんくうはに吹き飛ばされ、闘技場の壁に叩きつけられた。


 これで、決まったか?

 ……なんて思ったけど、これで終わっちゃいなかった。


 刀に砕かれ、ばらばらになって俺の周囲の床に刺さった鋼の爪の破片が、瞬間。一気に赤く光り輝いたんだ。


「くっ!」


 間に合うか!?

 咄嗟に俺は、更なる技を繰り出した。


 抜刀術、孤月陣こげつじん

 自身の周囲に寄った物を吹き飛ばす、大地に弧を描くように周囲に円型に放つ斬波ざんぱ

 その衝撃で爪の破片が吹き飛んだ直後。それらが一気に爆発するのはほぼ同時だった。


 俺の周囲で巻き起こる激しい爆発と猛々しい炎。流石はルッテの古龍術って所か。

 こんなのを止められる奴、Sランクにだってそういないだろ。


 ……だけど、俺は意地で止めた。

 孤月陣こげつじんを放つ際、無詠唱で重ねたもうひとつの術で。


 聖術師の術、魔防壁まぼうへき

 物理攻撃から術までをも止める光の障壁を生み出す術を、俺は斬波ざんぱの軌道に重ねて、爆発と同時に咄嗟に俺を囲うように展開したんだ。

 これが間一髪、炎の爆発を食い止め俺を生かしてくれた。


 魔防壁まぼうへきの良い所は、何かを止めるまでは光の障壁が見えない所。つまり、使ったのが気づかれにくくて誤魔化しやすい点。

 とはいえ、掛けっぱなしじゃ術を使ったのがばれるからな。


 爆発と同時に巻き起こった砂塵が俺の姿を隠している間に、頃合いを見計らって術を解き、さながら孤月陣だけで止めたように見せかける。


 真空刃しんくうはの内側に潜めた絶熱フリーズヒートはまだしも、正直魔防壁こっちは誤魔化せたかちょっと怪しいが、どうだ?


 俺は晴れぬ砂塵の中、じっとあいつとの再会を待った。

 

 ちなみに、ここまでひたすらに力を隠す理由は何かといえば、それは至極単純な理由だ。

 何でかって、俺は武芸者だからな。


 この世界では剣と魔法を両立した上位職や、ごく稀にいる複数の職を使い熟す才能を持った奴を除けば、普通の冒険者は職にひとつしか就けないし、ましてや剣と魔法を同時になんて使えないんだ。


 勿論、武芸者は純粋な前衛。

 だから魔法なんて使えない。

 だけど俺は武芸者でありながら、異なる職の魔法を駆使した。


 万霊術師であるキュリアが心を通わていた、氷の精霊王フリザムの力を借りた精霊術。

 聖魔術師であるフィリーネが皆を護るために使っていた聖術。


 これらを使える理由こそ、呪いと引き換えに得た力のひとつ。

 一度でもパーティーを組んだ奴が持っていた、技や術を駆使できるようになる『絆の力』だ。


 有難いのは、その力はパーティーを離れても俺に残るし、自分で鍛えれば成長するって事。

 ただ、こういう異端の力は怪しまれるからな。知られないに越した事はないんだ。


 とはいえ。

 流石にLランクのルッテ相手に、真っ正面から武芸者の技だけでやりあってたら、太刀打ちもできずにあっさり死んでいたかもな。


 実際今のだって、ほとんど紙一重。

 相手の術を知っていたからある程度対応できたものの、ひとつ判断を迷って行動が遅れてたら、正直無事で済まなかったはずだ。


 ……っていうか、ルッテ。

 何やってるんだよ。

 お前がここまで情けを掛けず、ただの冒険者に本気を出すなんてしないだろ。


 どうしたんだよ。

 お前はいつだって余裕綽々よゆうしゃくしゃくで、お気楽で、マイペースで、優しかったじゃないか。


 砂塵が落ち着き視界が晴れ、ルッテが姿を現すと、既にフレイムドラゴンの姿はなく、彼女だけが驚愕した表情でこちらを見ていた。

 俺は大きく肩で息をしながらも、じっと視線を逸らさず、あいつを見つめ返す。


「……お主。一体何をしたのじゃ」


 問い掛けの意味。

 この言葉だけじゃ、俺がこっそりと重ねた術に気づかれたか分からない。

 なら、知らぬを通すが道理、だよな。


「諦めたくなかったからな。Cランクの意地を見せただけさ」


 ふぅっと息を吐き構えを解くと、俺は閃雷せんらいを鞘に戻す。

 カチンという鍔と鞘が合わさる澄んだ音。

 これを聞くと心が落ち着いて、戦いの熱も冷めるんだ。


 ……って、あれ?

 俺、今あいつに何て言葉を返した?

 

 そこで俺は、やっとやらかしている事に気づいた。

 昔、親しかった頃のように喋っていた事に。


 ……ま、まあ。

 ちょっとだけ熱くなってたから仕方ないよな。

 目上の奴には丁寧に。敬うように……。


 少し気恥ずかしくなった俺は、軽く咳払いをすると、態度を改めてこう言った。


「Cランクでもこんな奇跡だって起こせるんです。Lランクの癖に諦めるのが早すぎませんか。ルッテ様」

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