第三話:古龍術師ルッテ

 自己申告で忘れられ師ロスト・ネーマーを名乗った、俺を含めた冒険者達は、クエストが締め切られた翌日。マルベルの冒険者ギルドの地下にある闘技場に集められていた。


 ここは主に実力を判定する為に使われるんだけど、Sクラス冒険者の技や魔術にも対応できるよう強い結界が張られている為、実力を存分に出せる作りになっている。


 ざっと見て参加者は二十人程。

 半分冷やかしで来たであろう低ランク帯の者もいれば、俺でも名前位は知っている、Aランクの冒険者の姿もあった。


 一応、皆装備はまともそうだな。

 かく言う俺も、道着と袴に鋼の胸当てを重ね、愛刀である太刀、閃雷せんらいを脇に穿いている。

 まあ、これくらい準備してないと、何かあった時やばいしな。


「ルッテ様にお会いできるなんて光栄だぜ」


 ……なんて、握手会にでも来た気分の者までいるけど。お前等、募集内容読んだんなら、そんな気楽な事言ってられないだろ。


 大体忘れられ師ロスト・ネーマーを募集するなんて相当おかしな事だぞ。

 それこそ「冒険者達の名声を意図せず落としているから」なんて理由で命を狙われたっておかしくないってのに。


 とはいえ。ここにいる誰もが「自分が忘れられ師ロスト・ネーマーです」なんて本気で思って参加してはいないだろう。

 どちらかといえば、その裏にあるクエスト内容や報酬に興味があるんだろうし、。そんな気持ちでクエストを受けたに違いない。


「すまぬ。待たせたの」


 と。闘技場の正面の入場口より懐かしい声が聞こえ、俺を含めた皆の視線が向けられると、そこには一人の少女が落ち着いた表情で歩いて来た。


 師より受け継いだという、見た目にボロボロの茶のローブの下に、これまた地味な草色の魔法衣。

 片手に持った長杖もごつごつとした木の枝のような地味な物。

 だけどまたそれも、彼女のトレードマークだ。


 本当に若く見える少女の顔。

 白銀の髪をツインテールで束ねた姿。


 そこにはあの頃とまったく変わらない、古龍術師ルッテの姿があった。


 聖勇女の偉大なる仲間に出会え、感嘆の声を漏らす者。

 Lランク冒険者の気高い雰囲気に、真剣味ある顔つきになる者。

 周囲の反応は様々だったけど、俺はこの時既に、懐かしさ以上の違和感を感じ取っていた。


 彼女はゆっくりと参加者の集団の前まで歩み寄ると、何かを見定めるかのようにじっと参加者を見つめる。


 勿論俺とも目が合ったけど、他の冒険者を見た時同様、さらりと見流された。

 クエストを受けた後、万が一覚えてたらどうするかって少しパニくったけど、ちゃんと忘れてる。

 そして、今の時点では、見ただけじゃ忘れられ師ロスト・ネーマーかは分からないって事か。


「まずひとつだけ尋ねよう。この中で、我こそは忘れられ師ロスト・ネーマーじゃという者はおるか?」


 若い声なのに、しっかりとよわいを感じさせる静かな口調。

 そこにあったのは、普段の冗談っぽさなど微塵も感じさせない、ただの真剣さだけ。


 周囲の奴等の雰囲気から、気楽さが消える。

 だけどそれも仕方ないだろう。

 俺だって緊張していた。あいつの予想外の真剣さに。


 彼女の問いかけに、皆が手をあげる。

 ……俺以外が。


 周囲の冒険者達とルッテの視線が俺に集まり、俺はじっと、彼女だけを見返す。

 少しの間じっと視線だけを向けていた彼女だったけど、結局何ら声を掛けられる事もなく、その視線は逸れた。


「では、忘れられ師ロスト・ネーマー達よ」


 そう口にしたルッテの方に向け、最初はゆっくりと。少しずつ勢いを増し、熱い空気が流れ込む。

 

 ……お前、本気か?

 俺は心で舌打ちすると、一人静かに忘れられ師ロスト・ネーマーを名乗ってしまった集団から離れ、闘技場の端に歩いて行く。


 あからさまな戦線離脱。

 だけど、あいつらは俺になんて目を向けている余裕なんてない。

 何故なら、彼女の背後にオーラのように、炎のドラゴンが浮かび上がったんだから。


 俺はその術を知っている。

 古龍術、炎の幻龍フレイム・ドラゴニア


 亜神族でも最も力のある、龍の一族の力を持つ者だけが許されし術、古龍術の中でも高位の術だ。

 本物のフレイムドラゴンに近い力を持ちしドラゴンを術者に身体に宿す事で、同じだけの力を駆使できる。

 ルッテが最も得意とするのは炎。つまり、それだけ本気に近いって事。


「ななな、何をするのですか!?」


 それだけで十分威圧され、観光気分だった冒険者が青ざめた顔で思わず声を上げると。


「単純じゃ。お主らが忘れられ師ロスト・ネーマーじゃというなら、パーティーでも組み互いを高めよ。さすれば我をも超えられるじゃろ?」


 冗談のようで冗談でない台詞と共に、ルッテが杖を天にかざす。詠唱なしで高位の術を放つ姿は、やっぱり聖勇女パーティーに相応しき姿だな。


 ドラゴンの口から吐かれた灼熱の火球が彼等の前に着弾すると、炎は勢いよく大きな火柱となって立ち昇る。

 離れていても感じる熱量。

 久々にこの術を見たけど……。この威力、前よりやばいだろ……。


「ひ、ひぃぃぃっ!!」


 彼女から充分な殺意。これを見ただけで腰を抜かした者達が半数以上。残りも早くも及び腰になる。

 Aランクの奴ですら、その実力差をあっさり痛感させられ、もう身体を震わせていた。


「次の一撃は外さん。忘れられ師ロスト・ネーマーじゃというなら本気を出すのじゃ。さもなくば、ここから去れ」


 外見に似合わぬ冷たい言葉が合図となったのか。

 慌てて皆が背を向け出口へと脱兎のごとく駆け出していき、気づけば俺とルッテだけがそこに残された。


 彼女は目に見える落胆の表情と共に、大きなため息をくと、ゆっくりとこちらを見る。


「お主は正直者じゃの。じゃが、ならば何故ここに来た? あやつら同様冷やかしなら、さっさと帰るがよい」


 目に浮かぶ失望。

 それは既に、俺が忘れられ師ロスト・ネーマーであるはずがない。そう感じた事をはっきりと告げている。

 つまり、もう俺に興味がないって事だ。


 だけどそれじゃ困る。

 俺にはどうしても知りたいことがあるんだから。


「ルッテ様が何故こんなクエストを依頼したのか、知りたかったからです」


 赤の他人である以上、あまり下手な話し方はできない。

 だから俺は一旦、普段通り敬語で話しかける。


「……知ってどうする。お前は忘れられ師ロスト・ネーマーじゃないのじゃろ?」

「確かにそうです。ですが何故忘れられ師ロスト・ネーマーを必要としているんですか? 噂でしかない存在に頼ろうとするクエスト。俺にはその理由が正直思いつかなかったんです。冒険者とは、気になる謎に迫りたくなるもの。ですから俺は、ここにやって来ました」

「……ふん。その程度のこころざしで顔を出されるとは」


 呆れながらも、ルッテは今日初めて、ふっと小さく笑う。


「じゃが、済まぬが教えられん。このクエストを受ける資格のある奴でなければな」

「つまり、忘れられ師ロスト・ネーマーだけ、って事ですか」

「必ずしもそうではない。じゃが、もうそんな噂にすら頼らねば、どうにもならん」


 彼女が、何故か歯がゆそうな顔で天を見上げる。


「何が聖勇女のパーティーじゃ。何がLランクの冒険者じゃ。結局魔王を倒せたのは、絆の女神アーシェと聖勇女ロミナの力。我の今の力でそれを同じ事を成せと言われても、できなどしないのじゃ」

「……どういう事ですか?」


 俺は思わず尋ね返した。


 そりゃそうだろ。

 今のルッテの言葉を要約するなら、って言っているようなもんだ。


 だけど、彼女は少し沈黙した後。


「お主には関係ないことじゃ。殺されたくなくば、帰るがよい」


 まるで突き放すような言葉で、会話を止めた。


 言葉の裏に何があるのか。

 俺にはさっぱり分からない。


 ただ、はっきり分かった事がある。


 悪いけど、俺は忘れられ師ロスト・ネーマーだって知られるわけにはいかない。

 だけど同時に俺は今、こいつをどうしても放っておけないって事にな。


 お前の記憶になくても、俺はかつての仲間なんだ。

 大事な仲間だったんだ。

 そんな仲間が随分と晴れない顔をする。

 それを見過ごせって言われたら、迷わず断るさ。


 だから俺は、こう言ってやったんだ。


「嫌だと言ったら?」


 ってな。

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