第二話:ありえない募集

「いやぁ、本当に助かったよ。これからどれくらい滞在するんだ?」

「特に決めてませんが、ここに飽きたらまた護衛がてら、何処かに行こうかなと」

「そうか。数日後に荷物を仕入れたらまた戻るんだが、良かったらまた、うちの護衛を頼めないか?」

「腕を買っていただき有り難いんですが。ここで簡単にお受けして、何かあってキャンセルとなってはこちらの信用も落としますし、ご迷惑もお掛けしますので。クエストをお見かけして、こちらが受けられそうな時は是非」


 依頼主の行商人からクエスト完了報告書にサインを貰い、互いに笑顔で握手を交わした後。俺は荷物の入った麻のリュックを背負い、馬車の車庫から立ち去った。


 車庫エリアから街へと入ると、海に似合う白壁の三、四階建ての建物が輝かしくのきを連ね、その間を紐を通し、洗濯物を干している。

 既に潮風を感じ、遠くに海鳥うみどりの鳴き声も聴こえるこの感じ。昔テレビで見たヨーロッパの旅番組みたいな感じだな。


 どこか爽やかな初夏っぽさを感じる初めてのマルベル。

 流石に土地勘のないまま彷徨い歩くわけにもいかず。俺は通りかかる住人に尋ねながら、降り注ぐ日の光に汗を掻きつつ、やっとこの街の冒険者ギルドに辿り着いた。


 扉が開いたままのエントランスから中に入ると、中には他の街と変わらぬ、冒険者達とギルド職員が賑やかにやり取りをしている。

 壁に掛かっているクエストボード付近には、新たなクエストを探す冒険者達が……って、溢れかえってないか?


 確かにそりゃ、どの街でもクエストボードには冒険者が集まる。


 にしてもだ。

 クエストは余程の物を除けば、大体は早い者勝ち。クエストをぐずぐずして選ばずそこでじっとしてる奴らなんて極一部。

 それなのに、文字通り人集ひとだかりといっていいほど冒険者がそこに集まり何やらざわついているのは、何とも奇妙な光景だ。


 ま。当面クエスト受ける気もないから良いんだけど、何があったかは流石に気になるな……。

 俺は敢えてクエストボードには近づかず、まずは空いている受付に向かい、女性職員に声を掛けた。


「すいません。クエスト完了報告の手続きを行いたいのですが」

「承知しました。書類とギルドカードをお預かりしてもよろしいですか?」

「はい」


 先程サインを貰った報告書と、俺のギルドカードを手渡すと、彼女はまず目検で内容を確認後、手元にある真贋板しんがんばんにそれらを載せ、魔力マナを注ぐ。


 何気に冒険者ギルドは、剣と魔法の世界って割に近代的だ。

 この世界の全ての国家で共通の情報をやり取りしないといけないから、クエスト完了報告書やギルドカードの偽造が出来ないよう、この真贋板しんがんばんを通してギルド間の情報を共有し、しっかりと記録、確認している。


 蓄積された記録の裏付けがあり評価されているからこそ、冒険者ギルドに加入した正規の冒険者ってのは、扱いは思いのほか悪くないし、身分もしっかり保証されてるって訳。


 勿論、評判が悪くなったり、何か大きな揉め事を起こせばギルドカードを剥奪される。

 その為、おいそれと変な行動や、人を蔑む行為もできないし、ギルドカードを持つ正規の冒険者は価値もあるんだけどさ。


 とはいえそんな様々な情報も、アーシェの呪いの前には無力なのか。

 俺がパーティーとして行動した記録だけは、俺がそのパーティーを離れた途端、履歴や書類からも俺の名前が消えてたりする。


 救いなのは、あくまでクエスト細部の履歴が消えるだけで、ランクに関する評価等は消えない事なんだけど……。

 どんだけ凄いんだこの呪いって思うだろ?


 まあそういう意味では、神様ってのは人の世のことわりを超える凄い奴なんだなって、俺もよく思ったさ。

 あいつと話ししても、全然そんな感じしなかったけど。


「カズト様。内容に不備はございません。ご苦労様でした。報酬はこちらになります」


 チェックを終え、受付嬢が笑顔ですっと差し出したギルドカードを閉まった後、併せて出された皮袋の中身を確認する。

 今回の任務で得たのは二金貨。


 この世界では日常は銅貨や銀貨が主流。

 一金貨は百銀貨、一銀貨は百銅貨に相当し、一般の宿屋の宿泊は一泊十銀貨程。

 まあ贅沢をしなければ、食費なんか含めてもそこまで困らないんだけど。結局冒険に出るにも食料や道具、装備の手入れから購入まで、何かと準備が要る。

 だから実際そこまで実入りが良いというわけじゃないんだ。


 とはいえ、今回は比較的難易度の低い、大きな街を結ぶ大街道の護衛任務。

 実際あった戦闘も、野生の長牙虎ファングタイガーの相手位で被害も特になかったし、それ以外は平和な旅路だったから十分すぎるけどな。


「他に何かご用はございますか?」


 一通りの手続きを終えた受付嬢が、事務的な確認を返してくる。俺はそこで、さっき気になった事を尋ねてみた。


「あの、手続きとは違う話ですいません。あの人集ひとだかり、何かあったんですか?」

「ああ、あれですか……」


 受付嬢はちらりと人集ひとだかりに視線を向けると、少し疲れた顔をする。

 多分、同じ質問を他の奴にも聞かれたんだろう。


「実は、何とも奇妙なクエスト依頼がありまして、皆様盛り上がってらっしゃるんですよ」

「奇妙なクエスト?」

「ええ。ランク自体は問わないクエストなんですが。その参加条件が、忘れられ師ロスト・ネーマーである事なんです」

「へ? 忘れられ師ロスト・ネーマーって、あの噂の?」

「はい。しかもクエスト内容や報酬は、依頼主が真偽を確認するまで非公開。そして、何よりその依頼主が凄すぎるんです」

「凄いって……一体誰なんですか?」

「それがですね。あのLランクの冒険者。ルッテ様なんですよ」

「え!?」


 Lランク。

 それはSランクの更に上。魔王を倒した聖勇女とそのパーティーメンバーにのみ与えられた、新たなランク、レジェンドを指している。

 冒険者ギルドが正規の依頼以外、貼り出すはずもないだろ。って事は、本当にあのルッテが依頼したって事か……。


 でも何でだ?

 噂でしかない忘れられ師ロスト・ネーマーが必要なクエスト?

 そもそもどうやってそれを判断する?

 忘れられ師ロスト・ネーマーの事は誰も知らないはず──。


 そこまで考えて、俺ははたと気づいた。

 確かに忘れられ師ロスト・ネーマーが誰かは知らないだろう。

 だが、忘れられ師ロスト・ネーマーがどんな恩恵を受け、何を失っているか。

 あいつ──絆の女神アーシェなら、それを説明できるかもしれない。


 ……いや。

 大体皆もアーシェも俺が記憶からすっぽり抜けているはずだし、誰も気にならなければわざわざ説明する機会もないはずだ。あり得ないよな。


 それにルッテが依頼主っていうのもおかしな話だ。

 そもそもあいつは聖勇女パーティーの一員。

 実力だってお墨付きだし、いざとなれば仲間であるロミナ達がいるじゃないか。

 それが何故、こんな露骨に詐欺狙いの輩ばかり集まりそうな相手を募集の対象にして、クエストを依頼してるんだ? 


「……その他に何かご用は?」


 その言葉にはっとして顔を上げると、受付嬢が困った顔で笑っている。

 俺は何時の間にか真剣に考え込んでたらしい。

 営業妨害って言われても仕方ないよな。


「あ、すいません。ちなみにそのクエストって、忘れられ師ロスト・ネーマーかどうかを証明しないと受けられないんですよね?」

「いえ。まずは自己申告で良いそうです。人数を絞らず、そこに集まった者達から忘れられ師ロスト・ネーマーを見定めるんだとか」

「って事はつまり、俺もエントリー出来るんですか?」

「ええ。自己申告ですから」


 証明は要らず見定める?

 そんな事が可能なのか?

 それとも……何か、裏がある?


 ……正直これが、正規の依頼である事自体疑いたくもなるし、そこにどんな意図が秘めらているのかもさっぱり分からなかった。

 何しろ情報が不足し過ぎているし、本当に見定められる何かがあるなら、俺の正体がばれるかもしれない。

 そして何より、依頼主はあのルッテ。


 ぶっちゃけ忘れられ師ロスト・ネーマー本人である俺は、尚の事首を突っ込むべきもんじゃない。絶対にな。


 だけど。

 本当に。本当に少しだけ。

 魔が差したかのように、心に理由も分からぬ妙な胸騒ぎがした、次の瞬間。


「あの。俺をそのクエストに登録してくれませんか?」


 俺は思わず、そう口にしていたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る