第一章:忘れられ師《ロスト・ネーマー》
第一話:半年後
ガタン
大きめの石を踏んだのか。
一度大きく揺れた荷馬車の振動で、俺ははっと目を覚ました。
……思い出したくない夢を見たな。
何で急にこんな夢見たんだか……。
行商の荷物を積んだ荷台を覆う、やや色あせた
聖勇女パーティーを離れ、半年が経った。
結局あの後、魔王討伐は無事ロミナ達の手で成し遂げられた。
どうやら絆の女神アーシェの力を聖勇女様が駆使し、六人の仲間を誰一人失う事なく、魔王を倒したらしい。
その朗報を耳にした時には「ほら。帰る場所なんてなくたって、お前らならやれただろ」って、少し寂しくも、ほっとしたっけな。
その後、マーガレス王子はロムダート王国の王位を継承し国王となり、ロミナは同じく王宮で共に暮らしているらしい。
世間ではこの二人がもうすぐ婚約するのでは? なんて盛り上がっているみたいだけど。お似合いの美男美女だし、世界の英雄でもある二人だ。きっとそうなるに違いないな。
キュリアは元々住んでいた世界樹の麓にある故郷に戻り、精霊術を駆使し魔王軍により傷つけられた世界樹の治療にあたっているらしい。
他の森霊族達の協力もあって、半年で随分と世界樹も復活したらしいけど、きっとマイペースなあいつの事だ。そのままのんびり森で暮らすんだろ。
フィリーネは宮廷魔術師として城の魔術師や聖術師達の指導を。ミコラは王国直属の戦士団の育成をしているらしい。
フィリーネはまだしも、ミコラに人の指導ができるのかは
魔王討伐後、めっきり話題を聞かなくなったのはルッテだ。
勿論皆と無事に凱旋したのまでは聞いているけど、まあ元々亜神族は特異な種族だし、どこか飄々としてたしな。表舞台を嫌ってどこかふらつき歩いているのかもしれない。
アシェ──いや、アーシェは、噂では魔王との戦いの中で女神の姿を取り戻し、聖勇女と魔王を倒した後、天に帰ったって聞いてる。
中々にファンタジーな話だけど、これでアーシェも本当の意味で絆の女神に戻れたんだし万々歳だな。
結局、俺はこれらすべてを噂でしか聞いていない。そりゃ同行できなかったしな。
とはいえアーシェも女神として皆に
ちなみに、彼女達が俺を探しているような話は噂すら一切聞かない。
ま、それも分かってたし仕方ないさ。
何たって、俺が巷で噂の
……俺がこの名前を付けたわけじゃないぞ?
そいつがパーティーにいると名声を得て、そいつが離れると一気に没落する。
そんな噂は流石に言い過ぎな気がするけど、じゃあ間違っているかって言われたら、あながち間違いじゃない。
実際そうなったパーティーも幾つかあったしな。
何ていうか、世の中そんなもんなのか。
噂される位に大体皆、似たり寄ったりな結末になってるのは、一概に俺のせいだとは思ってない。
あいつらの自業自得な面もあるしな。
じゃあ何でこんな事になるのか。
それは俺がこの世界に転移する時に覚悟した、絆の女神アーシェを助ける為に授かった呪いであり、力があるからだ。
絆の女神アーシェ。
その名の通り、人々の絆を祝福する変わった女神なんだけど。
彼女は
そんな彼女が俺のいる世界に来て、女神の力と信仰を取り戻すのに協力して欲しいからと、俺が授けてもらったこの呪い──いや。何かアーシェに悪いから、今は力って言っておくか。
それは俺の知ってるラノベだったら、一応チートって事になるんだろう。
俺がパーティーに加われば、俺は多くの恩恵を仲間より授かり、同時に仲間に色々と加護を与えられるようになる。
これだけ聞けば、チートっぽいって思うよな。
まあ、あの日以降パーティーなんか入ってないし、今はどうでもいいんだけど。確かにこの力のお陰で、冒険者ランクは低いけど、秘めたる実力は相当なものだし、実は魔王ともやりあえたんじゃないかって思ってる。
ただその代償となる呪いがあるから、俺はあんまりチートだなんて思ってないんだ。
俺がパーティーを追放されたり抜けたりすると、仲間だった奴らに加護を与えられなくなるんだけど、これは呪いというより力の仕様。
まあこれは正直些細なもんで。
本当の呪いは、俺が何らかの理由でパーティーを外れて、俺が視界から消えた瞬間。皆の記憶から俺が消えるって事。
これが本当に凄くってさ。
俺がパーティーとして行動している間に出会った奴らの記憶からも、俺の存在が消えるって訳。
例えばあの日、マーガレスは俺とパーティーを組んでいないだろ。
だけど、あいつはパーティーに入っていた俺と会っている。だから、ロミナ達同様、俺との記憶が一切なくなってるんだ。
結果、俺が聖勇女パーティーにいた事を、知り合った奴らは誰一人覚えていない。
記憶からすっかり抜け落ちて、俺と会った事がない事になってる。
な。凄いだろ?
あの日、あれだけ語った事も、皆綺麗さっぱり忘れてるんだぜ。
……だから、俺はあいつらの居場所になんて、そもそもなれなかったんだよ。
そんなんじゃ、王宮に残っても仕方ないだろ。
むしろ皆忘れた中に取り残されたら、不審者一直線だし。
一度パーティーを組んだことがある相手と改めてパーティーを組んだ場合、組んでいる間はそいつらとの絆だけは戻り、過去の記憶も全部思い出されるけれど、パーティーを離れればまた全て忘れられる。
そんな説明も受けてたけど、流石にそれは色々揉めそうだったから、敢えてそういう機会がないように立ち回っている。
今までもだいたい、俺が与えた加護で強くなった気になった奴らが、俺の実力不足に不満を示して追放された事がほとんどだったし。そんな奴らの所に戻りたいなんて思わないしな。
そういう意味じゃロミナ達だけだったな。それを理由にしなかったのは……。
ちなみに俺は今、あの時別れた幻獣アシェ──つまり絆の女神アーシェにすら、存在を忘れられているはずだ。
これはアーシェ本人が最初に教えてくれた話なんだけど。
当時力のなかったアーシェは、俺に力だけを授ける事ができなくって。彼女から呪いを受ける代わりに力を得たんだけど。
ただ不完全な神が与えた呪いだから、相当呪いが強いらしくって、本来の女神の力が戻っても、制御も解放もできないんだとか。
だからあの時、アシェだったあいつは、俺に寂しげな目を向けてきたんだ。
彼女すら、俺を忘れる未来を知ってね。
まったく。子供じゃないんだし。俺は一人だって大丈夫だってのに……なんてな。
しかしさ。
俺の知ってるラノベじゃ安易に神に力を授かって無双してる主人公が多かったし、ああいうのに少しは憧れてたけど、やっぱり世の中そんなに甘くないもんだな。
ま、それでも俺は、呪いを知ってても受け入れて、アーシェを助けようと思ってこの世界に来たんだから、後悔は……まあ、今はないとはいえないか。
夢から色々な事を思い出し、どこかセンチメンタルになっていると。
「止まれ!」
という声と共に、
衛兵のような声。ってことはやっと着いたのか。
御者である商人と衛兵の話し声が聞こえる中、荷台後ろ側の布から、別の衛兵が顔を出した。
急に外の日差しで明るくなったため、俺は思わず目を凝らす。
「ギルドカードを拝見したい」
「あ、はい」
俺は荷台の後ろまで歩み出ると、自身の腰に付けたポーチからカードを差し出した。
名前はカズト・キリミネ。年齢は十九。
何となく親から貰った名は捨てたくなくて、その名前で活動している。
職業は武芸者。
パーティーで皆に加護を与えてる時以外なら、実力はそれなりにあるつもり。
ランクは半年間変わらず、通常FからSまである中でのCランク。
何となくこれより上にすると下手に有名になりそうなのが嫌なのと、生活に困らない範囲のランクがあればいいやと思って、昇格の資格はあるけれどランクアップ申請をしていない。
そんな平凡なカードをじっと眺めた後。
「ありがとう。ようこそ、マルベルへ」
衛兵はにこりと笑みを浮かべると、カードを俺に返し去っていった。
俺が辿り着いたのは、ロムダート王国の西の端。
ベルド海に面する港町、マルベル。
王都ロデムは国のやや東寄り。故にここまで結構な距離がある。
ここに来た目的が、何かあるのかといえば特にはない。
ただ何となく、皆がいる王都から出来る限り離れたくて、避けるように冒険しているってのが理由。
今回だって、護衛クエストついでにこの地に足を運んだってだけ。
自由気ままな、アシェすらいない一人旅。
それはどこか気楽でどこか寂しい、そんな旅。
半年も一人なら慣れるかと思ったけど、まだ少し引きずってる。かと言って、それを忘れる為に誰かとパーティーを組む気にもなれなくて。
仕方ないからたまには観光気分でのんびりして、こんな鬱々とした気持ちを紛らわそうって思ってたんだ。
……あんなクエストを、見つけなかったらな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます