第二話:最高だった
「どういう意味だよ」
俺には理解できなかった。
いや。それを聞いた瞬間、理解してはいけないって思った。
だからこそ、ロミナの言葉に敢えて尋ね返す。
その言葉が嘘であって欲しいと願いながら。
ロミナは少し辛そうな顔で俯くと、想いを語りだした。
「……私は。いえ。私達は、魔王から世界を救うべく戦わないといけないわ。だけど、人々を救う使命があっても、熾烈な戦いの中で、心が挫けそうになってしまうかもしれない」
ゆっくりと、彼女がまた俺と視線を交わす。
その真剣な瞳に、俺は目が逸らす事ができなかった。
「だから、あなたにはパーティーを離れて残ってほしいの。皆の心が挫けそうになった時、あなたがいる世界を護りたいって思えるように。あなたがいる場所に、生きて帰りたいって思えるように」
ロミナが想いを強く感じる瞳を見せ、ミコラも、キュリアも。フィリーネやルッテまでもが彼女と同じ瞳を向けてきた時。
「……ったく」
俺は、まともな言葉を返せなかった。
あいつらは本気で俺を、ちゃんと仲間として見てくれていた。
……いや。そんなのは当に気づいてたさ。
何たって、ここまでずっとCランクの見た目お荷物な武芸者と共に、旅をしてくれたんだから。
きっと、色々な人に言われたはずだ。
「何であんな奴連れてるんだ。俺が代わりになろうか?」
「もっと腕の立つ前衛を紹介してやるよ」
ってさ。
でも、それでもここまで一緒にいてくれた。
俺を仲間として置いてくれていたんだ。
だから足手まといな俺をそれでも仲間だと思って、俺を護り、戻る場所にしたいなんて言い出したんだよな。
魔王に負けない為の、最後の楔であってほしかったんだよな。
だけど、俺は知っているんだ。
俺がいなくなれば、皆はより厳しい戦いを強いられるかもしれない事を。
それだけの秘めたる、呪いのような力がある俺がいたからこそ、乗り切れた戦いもあったって事を。
そして……俺は、お前達の居場所になんてなれない事をさ。
……このままいなくなれば、皆が魔王に負けるかもしれない。
だけど、彼女達の決意も無駄にはできないよな。
「アシェ」
俺は首元にマフラーのように纏わり付き動かない相棒を、ぽんっと優しく叩く。
そして、首を起こした可愛いイタチのような幻獣と目を合わせた。
「お前は、皆に付いて行ってくれ」
瞬間。
周囲の奴等以上に、目を丸くしたのはアシェだった。
「ロミナは絆の女神を信じ続けた数少ない人間だ。お前だって、いざとなったら力を貸せるだろ」
「……何を言っているの?」
アシェに話しかける俺に、思わず声を上げたロミナを見て。
「俺がこのパーティーで何とか皆の力になれたのは、こいつがいてくれたからさ」
俺はそんな言葉を返しながら、ふっと笑ってやった。
「こいつ。実は絆の女神アーシェの加護を受けた聖獣でさ。色々な力を持ってて、いざという時に力を貸してくれたんだ。俺はこいつのお陰で何とかやってこれただけ。ロミナはずっと絆の女神アーシェを信じてきたろ? だからきっと、こいつの力を借りれると思う」
これは半分は嘘。
だって俺の力は、アシェが側にいなくても使えるんだから。まあでも、こいつに力があるのは嘘じゃない。
──『だけど! それじゃ私まであなたを!』
心に届く悲痛な声。
知ってるよ。
言いたい事も。お前の気持ちも。
お前が魔王に対抗するため、絆の女神アーシェの存在を皆に信じさせて欲しいと訴えたのも。
力の代償に呪いのような力を授けねばならないと心痛めたのも。
俺が孤独になるのを憂い、ずっと側にいてくれた事もな。
だけどな。
俺は今まで組んできたパーティーで一番、こいつらに情が移ったんだ。
俺は本当は、できれば最後までこいつらの力になってやりたかったんだ。
今やロミナのお陰で、皆が絆の女神という存在に気づいて、魔王から救ってほしいと願い、祈ってもらえるようになっただろ?
だからもう大丈夫だよな。
あいつらと一緒なら、きっとお前も魔王と戦える。お前を信じる聖勇女様とならさ。
──悪いけど、皆を頼むな。
そう心で聖獣アシェ──いや。絆の女神アーシェに願いを伝え、名残惜しむように軽く頭を撫でた後。彼女の首根っこを掴んで、ロミナ達と俺を隔てるように置かれたローテーブルの上に、彼女を乗せてやった。
アシェは俺の想いを汲み取ったのだろう。
こちらに未練がありそうな、小動物らしい淋しげな顔を向けてくる。
おいおい。そんな顔をするなって。な?
……さて。後は俺が憎まれ役だ。
誰がお前らの居場所になんてなってやるもんか。
俺はアシェに。そしてこの部屋にいる皆に、嫌味ったらしい呆れた笑みを浮かべてやった。
「この際だからはっきり言ってやる。俺は元々魔王なんかに立ち向かえる力もないし、こいつが力を貸してくれなけりゃ、ここまでやってこれなかった。だから今回の話は渡りに船だ。お陰で命拾いしたよ」
「お前! そんな言い方は──」
俺の酷い言葉に、思わずミコラが飛びかかろうとする。
だけど、それは続けられない言葉と共に、動きを止めた。
ミコラだけじゃない。
そこにいる皆が、驚愕したまま俺を見つめてくる。
ったく。
どんだけ珍しいものを見た顔してるんだよ。
ま、幾らでも見ておけよ。
「俺はたかだかCランクの冒険者だからな。食い扶持なくなりゃ野垂れ死に。クエストをこなさなきゃ生活だってままならない。だから世界をぷらぷらして必死に生きてやるさ。だけど、また魔王軍なんて遭遇しようものなら、今度はお前らに守っても貰えない。命の保証なんてないんだ。そんな魔王達による危険過ぎる世界を救えるのはもう、お前達だけって事だ」
まったく……。
さらりと話して別れようと思ってたのに、何長々と喋ってるんだよ俺は。
でも、俺だって未練は沢山あるんだ。
どうせ最後。だから言ってやるさ。
「いいか? お前らはさっさと俺の事なんか忘れて、その弱気の虫をどうにかしやがれ。万が一の居場所とか言うな! 負けるとか思ってんじゃねえ! お前らはちゃんと魔王を倒し、皆で生きて帰ってきやがれ!」
俺は、目から溢れてる物すら気にせず、嘲笑うように捲し立てる。
どうせお前らじゃできやしないんだ。
魔王を倒せても。
女神の力を取り戻せても。
どうせ、できやしないさ。
この言葉すら、忘れるんだから。
「俺にとって、このパーティーは本当に最高だった。皆一癖あったけど美少女だらけ。華もあったし、傍目だけならハーレムに見えたかもな。色々苦労もしたし、迷惑もかけたし、辛い事もあったけど、ここまで一緒に旅が出来て、本当に嬉しかった。だから俺はこの、最っ高に楽しくて、可愛くて、優しかったお前らとの旅を忘れずに、未練がましく一人、のんびり冒険者として暮らしていくよ」
おいおい。何だよ、まったく。
お前らまで何泣いてやがるんだよ。
ふざけやがって。女々しいのは俺だけで十分だ。
「いいか? 魔王を倒した後。それでも。どうしても俺に逢いたいっていうなら、必死に探し出してみろ。もし再会できた時は褒めてやるよ。やっぱりお前らは俺が見込んだ、最強で、最高のパーティーだったってな!」
俺は、自分の強がりを語り切った後。
涙も拭かず、できる限りの最高の笑みを浮かべ、最後にこう言ってやったんだ。
「今まで、ありがとな」
それが、心の限界だった。
ぐっと奥歯を噛むと、俺は踵をしてそのまま扉に向かい歩き出す。
「カズト!」
仲間だった五人から、悲痛な声で一斉に呼び止められたけど。
俺は振り返らず片手を上げ返事とすると部屋を出て、閉じた扉に背をもたれ、天井を見た。
これでもう、さよならだ。
信じてるから。
祈ってるから。
生きて、帰ってこいよ。
こうして俺は、聖勇女のパーティーから外れ。
……仲間達の記憶から、消えたんだ。
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