心琅

罪に気付くのは全て終った後なのだろう。

どうして、あの子の気持ちに気付いてあげられなかったのだろう。


ごめん。

ごめん。

一番届いて欲しい人に、この声は届かない。




彼の父親は、ある一国の王ととても仲が良く互いの国を行き来していた。

仮にも王が国を空けて遊びに行くなど前代未聞かもしれないが母もそんな自由奔放な父を愛していた。

そして、国王の息子である王子は一人の少女に出会った。


小さな庭の隅で子猫と戯れる姿はとても愛らしく、自身よりずっと年下の少女に恋をした。

恋をした相手はこの国の第二王女なのだと後日父親から聞いた。

恋、だと自覚するのに時間は掛かったが、王子の頭の中は寝ても覚めても思い浮かべるのは王女のことばかり。


そんなある日、国王夫妻が病で倒れ、王子は22歳の若さで即位した。

ずっと傍に仕えてくれた宰相と共に国を守ろうと忙しい日々を送り続けた。


宰相から縁談を持ち出され直ぐに頭に浮かんだのは、初恋の少女。

時間は流れ行くもの。

きっと、あの少女も大きくなり美しくなっているだろう。


気が着けば王は彼女を后に迎えることを言い放った。


縁談を持ち出し同盟を結ぶ証として、第二王女を妻に迎える。

その条件を向こうの国は二つ返事で了承をし、王は一日一日がとても待ち遠しかった。


長年恋焦がれていた、あの子に会える。

自分の妻になる。

そう想うだけで胸の高まりは止まらなかった。


だが、現実は上手くいくものではない。

嫁いで来たのは第二王女。でも、それは長年恋焦がれていたあの少女ではない、別の女。


王は訳が分からず宰相に説明を求めれば、隣国の第二王女は双子であることを教えられた。

なんでも、その国は双子は吉凶とされ先に生まれたほうが恵を齎すと言われる。

要は不要なモノを送りつけて来た訳だ。


溢れ出る国と王への怒りが募るが、此度同盟の条件は第二王女との婚姻。

向こうは王の希望通り第二王女を送り出した。

ただし、双子であることやどちらの王女なのかと言わなかっただけ。

すでに正室に迎えると国に宣言し、結婚式も控えている。今更変えろと言っても向こうは言い掛かりをつけ同盟もつぶれ、最悪戦争にもなる。


「……っち…あの狸爺め」


同盟を結んだ王への悪態を零しつつ、未だ俯いている花嫁の顎を掴み無理矢理上を向かせた。双子なだけあって、全てが似ているわけではないが目元は、恋焦がれた少女と酷く似ている。


王は、ただの同盟の道具として少女を娶る事を選択した。

いや、それしか選択の余地は無かった。


「何故、お前なんかが嫁いできたのだか」


初夜以外には王は王妃に触れることもせず、顔を見合わせるたびに愚痴を吐き捨てた。もし、あの時自身が間違えず第二王女の姉を娶る事を言っていればこんな過ちを犯さずに済んだのに。

募る苛立ちが殺意に変わる。

だが彼女の身代わりとはいえ、正室に暴力を振るうなど前代未聞。

暴力ではなく言葉で、まだ16歳になったばかりの王妃にぶつけ続ける事でしかストレスを発散させる方法はなかった。




「陛下、前日東の方で山崩れがあり、その被害が」

「あぁ、分かっている。直ぐに目を通す」


月日は流れ今日も今日で山積みになった書類に、酷く頭痛がして来る。

此処最近書類の量は増えるばかりで睡眠の時間は愚か、心を休める時間さえとれず自分の躯は削られていくような気分だった。

不意に扉がノックされ、入るように命じれば入ってきたのはこの城の料理長だった。

料理長はとても料理に情熱を持ち料理をする事が生きがいな男だ。

自分とはそう変わらない年齢でもあり、良く調理場に行っては酒を飲み交わすこともする。

だが料理長自身から、執務室に訪れるのはとても珍しいことだった。


「陛下。最近酷くお疲れのようなので一休みにと思いまして」


そう言って料理長が差し出してきたのは、ハーブティー。

ハーブ自体はこの国では珍しくないものではあるが、お茶から漂う優しくまるで疲れを癒すような香りの強さは今まで味わう事はなかった。

本当はお茶など飲んでいる時間さえ惜しかったのだが、その匂いに惹かれるかのように王は手に取った。


一口飲めば、ふんわりと広がるハーブの独特の香り。

そして微かに感じる甘みが疲れた体を癒してくれる。


「流石、この国一番の料理人だ。こんな美味いハーブティーは飲んだ事がない」

「恐れ入ります」

「宰相もお前もこんなに気遣ってくれるのに、アレは暢気で良いものだ」


不意に込み上げてくるのは、望まれない王妃。

思い出したくないモノを思いだしてしまった所為か折角のお茶が不味く感じた。





今日も山積みになった書類達と対峙しながら、時間を過ごしていた。

そんな時、慌しい足音が徐々に響いてくる。


「陛下!大変です!王妃様の姿が何処にもございません!」


慌てて入ってきたのは王妃専属に与えられた侍女だった。

今の時刻は既に昼過ぎた頃。

どうやら朝から起きてこない王妃になにかあったのかと無礼承知で部屋に入ればだれもいない。

何処も彼処も探したが王妃の姿は見当たらず、ふと部屋に王妃の証である王冠が残されていたため慌てて王に報告にきた。

だが王は慌てることもなければ、ただ深く息を吐いて言い捨てた。


「放っておけ、結局自分の後始末さえも出来ず己の事しか考えれない愚か者だったんだ」


余りの王の非道の言葉に侍女は目を見開いた。

王が王妃を嫌っているのは城の中でも周知の事実、だが仮にも王妃がいなくなったと言うのに。


「だがアレが消えたとすれば同盟国とも問題にもなるだろうしな。暫くは隠し通せ」


少し時間を置いて、アレが勝手に男を作って国を捨てたと言えば問題なかろう。

話は終わりだと侍女を追い出す王に、侍女はただ青褪め消えた王妃を思い涙を流すことしかできなかった。


王妃がいなくなって、もう何日が過ぎた事か。

未だ増え続ける書類に王は再び頭痛が激しくなるも、ふと思い出したのはあのハーブティー。前までは、よく此れぐらいの時間にはいつも料理長が持ってきてくれていたのだが一向に来る気配はない。


あのハーブは王自身とても気に入っていた。

思い出した瞬間飲みたい衝動に掛けられ、王は早速料理長を呼び出し彼にハーブティーを淹れるように命じた。


「残念ながら陛下、私はあのハーブティーを作ることが出来ません」


呼ばれた料理長は深々と頭を下げながら王の望みを叶えられないと言った。


何故作ることが出来ない?

材料がないのか?あれはとても希少価値な代物だったのか?


宰相も同じ事を想っているのか、訳が分からないと二人してコックを凝視した。

だが料理長は頭を下げたまま顔を挙げず、ゆっくりと口を開いた。


「なぜなら、あのハーブは王妃様が作られていたからです」

「……アレが、か?」

「はい。実は初めて王妃様が厨房に訪れられたとき、私は頼まれたのです」




「どうか、貴方が淹れた事にして頂けませんか?私からだと、王様はきっと飲みませんから」


王は、王妃の言葉に酷く驚いた。

確かに…もしあの時料理長が淹れたものではなく王妃が淹れたものだと知れば即座に捨てていただろう。


王妃は自分が嫌われて居た事を知っていた。

だけど日々執務に追われる王の負担が少しでも軽くなれば、少しでも重荷がとれれば。

そう願いハーブを育て、そして王の為にハーブティーを淹れていたという。


「あのハーブはきっとどの国を探してもないでしょう。例えあったとしても、陛下の求めるモノは決してありません。なぜなら…」



“王妃の想い”が篭っていないから。


ガタンッと荒々しく椅子を倒し、衝動にかけられるまま部屋から飛び出した。

後ろから宰相の声などが聞こえるが、そんな事には構っていられない。


ドクンドクンと心臓の音がやけに頭に響いてくる。

何故こんなにも緊張しているのだろう。

王は緊張する己に問い掛けても、答えは見つからない。たどり着いた先は初夜以外に一向に訪れることのなかった王妃の間。


二週間も放置していた為か扉の取っ手には微かな埃が着いている。

ゆっくりと扉を開ければ、埃の匂いと薄暗い部屋。

だが、それよりも驚いたのは王妃の部屋が、まるで使用人の部屋のように何もなかったからだ。


「此れが、アレの部屋?」


まるで使用人達と大差ない質素な部屋に、王はただ驚きしかなかった。

飾りも宝石もなければ、小さな机に山積みになった本、そして小さなランプに暖炉とベット。

窓辺には横長の鉢が置いてあるだけ。


不意に机に山積みなっていた本に気付く。

それは自分の中の記憶が正しければ政務、政治に関する本。

何冊も何冊も表を見れば、この国の歴史や執務など、自分が過去に読んで学んできたものばかり。

そっと色褪せた紙を手に取れば、そこにはこの国の文字と内容が書かれている。


「……ッ…あ…」


出てくるのは何枚もの紙。

それは、きっと王妃がどれだけ勉学に励み頑張っていたのかを示す代物ばかり。

込み上げてくるものに耐えながらも、窓辺に移った横長の鉢に覚束ない足取りで近付き覗き込む。


そこには既に枯れ褪せたハーブ達の残骸が残されていた。



「そ、んな…」


私は一体、何を見てきたんだ?

今まで自分のしてきた行為は、どれだけ愚かなものだったのだろう。


「陛下」


後ろから聞こえた声は、宰相だった。

だが手足に力が入らずハーブから視線を反らすことが出来なかったため、宰相の方を振り向くことが出来なかった。

だが宰相は、そんな王に構わずまるで懺悔をするような震える声で言った。


「私は、貴方にお伝えしていない事がありました」


王の政務に、実は王妃も手伝っていたという事実を。


初めて聞く言葉に王は自然と宰相の方を振り向いた。

宰相は両膝を地に着け両手を組み、神に懺悔をする恰好で言葉を続けた。


全てではなく極僅かだが、一枚でも王の負担を減らそうと王妃が懸命に王の為に手伝っていた。

書庫室に篭っては調べ、一晩寝ないで朝までやっていたこともあり。

どれもが王の目に通さずとも完璧に答えられたモノとなって出されていた。


それだけの為に王妃はどれだけの努力をしたのか。

自分はそれを見ていた筈なのに。


お許し下さい、陛下…。

そう呟く宰相の言葉は耳に入らないまま、王は全身から力が抜け落ちたように地に膝を着いた。


「   」


掠れる思いで口にした王妃の名前。

ふと、思い出してみれば自分は一度も王妃の名前を呼んでいなかった事を思い出す。


どうして彼女の名前を呼んであげなかったのだろう。

どうして彼女の優しさに気付いてあげられなかったのだろう。


ほんの些細な事でも、ちゃんと見ればそこにはいつも王妃は自分を支えてくれていたと言うのに。

王妃がどれだけこの国の為に勉強し自分に尽くしてくれたのか、ちゃんと見渡せば気がつけた筈なのに。





「王様」


甦るのは、ただ悲しそうに全てを諦めたかのように笑う王妃の顔。






全てを知った王は、小さな望みに縋るように王妃様を捜そうと兵を動かした。

また自らも王妃様を捜し。

町を捜し、森を捜し、国境を越え。

必死な思いで何度も何度も小さな場所でも見逃さず捜しつづけました。


だけど、王妃様が見つかることはなかった。


王は、遅すぎたのです。

気付く事に、お后様の優しさに想いに気付くのが。

愚かな王は、自分を心から愛してくれた人を自分の手で、失ってしまったのです。






昔々、遠い昔。


ある王国に王様とお后様がいました。

だけど王様はお后様を疎んじていました。

王がお后を疎んじていると知った家来達もお后様を不快に思うようになりました。


ずっと一人ぼっちで時を過ごすお后様は、その悲しみに嘆いていました。

そして遂に…お后様はお城から姿を消してしまったのです。


お城に残された王様は、お后様が居なくなって初めてお后様の優しさに気付きました。

だけど、どんなに嘆いても祈っても。

お后様が王様の前に現れることはありませんでした。


残されたのは、王妃のいない部屋と枯れたハーブだけ。



FIN

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心琅 @koko_ron

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