第20話 ヴィリの悩み

 ヴィリは真面目な調子でいう。


「実際のところ、大丈夫じゃないよ」

「そりゃそうだろうな」


 最高権力者である立場など、恐ろしすぎる。

 自分が一言いうだけで、全てを変えることも、全てを変えないこともできるのだ。

 人の命を奪うことも簡単だ。

 直接殺さなかったとしても、指示の結果として間接的に死者がでることもあるだろう。

 どちらかしか助けられない場合、どちらを見捨てるかという判断をすることもあるだろう。


 命に関わらずとも、多くの人の人生を大きく変えかねない選択をすることも多いはずだ。

 魔法革命が起きたときに俺が剣聖じゃなくなったように、大賢者への道を歩き始めたときからそういう選択の連続だったはずだ。


「絶対的な権力は絶対に腐敗する」

「なんだ? それは」

「昔の偉い学者が残した格言だよ。僕は真実だと思っている」

「腐敗しそうなのか?」

「まだ……大丈夫。今はオンディーヌやサラマンディルたちがいるから大丈夫だけど」

「たしかにあいつらは忖度しないよな」

「うん。だけど、あくまでも精霊だから。人とは善悪の基準がそもそも違うし」

「なるほどなぁ」


 ヴィリが真面目で善良だからこその悩みだ。

 もし、大賢者の地位に就いたのがヴィリじゃなかったら、喜んでその力を振るっていたかもしれない。

 ヴィリの力があれば、王を退位させて自ら王になり、周囲の国を併合することも難しくないはずだ。

 そして、それを可能にする力を手にしたら、その力を振るう誘惑に勝てる人物はそう多くなかろう。


「本当は、おかしくなる前に隠居したいんだけどね」


 隠居したくてもできない理由もわかる。

 まだ世の中には多くの不条理があるのだ。

 真面目で善良だからこそ、その不条理を是正するまで隠居しにくいのだろう。


 俺は真面目な顔をしているヴィリにいう。


「とはいえだ。世の中の不条理を全て是正できるわけもなく」

「そうだね。グレンの言うとおりだと思うよ」

「世直しする義務がヴィリにあるわけでもなし」

「そうかな」


 力を持っている以上、その力を正しく使う義務がある。

 そんなことを考えているのだろう。

 とてもヴィリらしい。

 だが、人は神ではないのだ。


「やれるということと、やらなければならないと言うことは違うしな」

「それはそうかもだけど」

「ほどほどのところで、切り上げてもいいだろうさ。ヴィリはもう充分世の中のために働いたよ」

「そっか。ありがとう」


 ヴィリは柔らかい笑みを浮かべている。


「それにおかしくなるかもって怖がっている間は、まだ大丈夫じゃないか?」

「そうだといいけどね」

「もし、隠居するときは言ってくれ。一緒に牧場で牛でも育てような」

「わかった。楽しみにしているよ」


 俺は最高権力者になったことがないので、本当のところよくわからない。

 だが、その立場が非常に危ういというのはわかる。


「俺が、ヴィリの立場だったら、もっとやばいことをしていたかもな」

「やばいことって?」

「うーん。美女を侍らせてハーレムを作ったり?」

「あはは。似合わないね」

「かもしれん。まあ、自分がやばそうだと思ったらいつでも相談してくれ」

「うん。ありがとう」



 それからしばらく、俺はジュジュを優しく撫でながら、ヴィリと雑談した。

 ヴィリにお茶のおかわりを淹れてもらい久しぶりにのんびりと過ごす。

 俺よりも恐らくヴィリの方がのんびりするのは久しぶりに違いない。


 雑談の最中、俺はふと疑問に思っていたことを聞く。


「もしかして、ペリシエさんは、ヴィリが引退した後の、後継者候補か?」

「そうだね。魔法の才能も腕前もいいし、なにより、人の上に立つ器だと思う」

「そうか、貴重な人材だな。いいのか? 危険なダンジョンに送って」

「いい経験になるはずだよ」

「そんなものか」


 ダンジョン探索の経験を積ませるなら、もっと安全な方法がいくらでもある。

 熟練の魔導師パーティーにリルを入れるのが一番確実で安全だろう。


「剣士とのダンジョン探索の機会は滅多にないから」

「たしかに、今どき魔導師は剣士を連れてダンジョン探索しないからな」

「うん、最近の若い魔導師は剣を軽視しているから」

「いや、それは当然だろう」


 剣士は魔導師には勝てないのは事実だ。


「そうでもないよ。グレンの足が万全なら、今の僕も勝てるかわからないし」

「はは。そんなわけあるか」


 冗談が過ぎる。

 ヴィリは昔から冗談が下手だ。全く面白くない。


「ま、とにかく、リルは未来の魔導師を引っ張っていく人物だ。それだけの才能がある」

「ヴィリがそういうなら、そうなんだろうな。確かにフェリルは立派だし、強そうだ」


 俺もリルに勝てるとは思えない。たとえ足の怪我がなかったとしてもだ。

 そのぐらい強いと思う。


「さて、グレン。ダンジョン探索に必要な物はある? 明日の朝までに用意するよ」

「じゃあ、お言葉に甘えようかな」


 ジュジュの安全のためだ。遠慮している場合ではない。


「基本的な探索の道具と……あとは剣を一振り欲しい」

「わかった。道具はいつも通りでいい?」


 いつも通り。とても懐かしい言葉だ。

 十年以上前、ヴィリと一緒にダンジョン探索をしていた頃に使っていた言葉だ。

 基本の道具は同じなのだ。


「うん。いつも通りで頼む」

「当時より装備が進化しているから驚くといいよ」


 そういって、ヴィリは楽しそうに笑った。

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