第16話 大賢者とおやつ

 俺たちが小屋に入ると、

「うお! びっくりした」

「ぎゅるぃぴ!」


 大賢者ヴィリが小屋の中で待っていた。

 俺の椅子に座って、持参したらしいお茶を飲みながら、これも持参したらしいリンゴを食べている。


 ジュジュもびっくりして変な声で鳴いて尻尾をピンと伸ばした。


「そんなに驚かないでよ。留守でも自由に中に入っていいと言ったのはグレンじゃないか」

「もちろんだ。忙しいヴィリが来てくれて驚いただけだ。まったく不快じゃない。歓迎するよ」


 そういうと、ヴィリはにこりと笑った。

 そして、立ち上がって、ジュジュを撫でるために近寄ってくる。


「ごめんね、驚かせて」

「じゅぅ」


 ジュジュはヴィリに大人しく撫でられている。

 俺との態度が違うが、ジュジュは赤ちゃんだから当然だ。

 ジュジュは、人間でもヴィリやリルには心を開いているような気がする。


 昨日人間に虐められたのに、人を極度に恐れたり嫌いになったりしていない。

 きっと、元々ジュジュは人が好きで人懐こい性格なのだろう。

 そう思うと、余計に昨日の生徒たちを腹立たしく感じる。

 良心というものがないのだろうか。


 とはいえ、まだ子供だし大目に見るべきだろう。

 精霊とは契約できない身体になったのだから、許してあげるべきかもしれない。

 今後は非魔導師の立派な大人に成長してほしいものだ。


 そんなことを考えて、俺は思わずジュジュの頭を優しく撫でた。


「じゅぅ~」


 一方リルは俺たちの会話を聞いて困惑しているようだった。

 ヴィリが小屋の中にいるとは思っていなかったらしい。


「あ、あの、ランズベリーさんは、学院長とどのようなご関係なのですか?」

「幼なじみですよ。私がここに住めているのも、ヴィリのお情けのおかげですから」

「お情けではないけどね。それとリルさん。わざわざ来てくれてありがとう」

「もったいなきお言葉です」


 リルはヴィリの生徒の一人だ。

 ヴィリは生徒にも丁寧に接する方針らしい。


「で、忙しいヴィリがやってくるってことは何か用があるんだろう? もちろん用がなくても構わないけど」

「そうだよ。まあその話はお茶でも飲みながらにしようか」


 そう言ってヴィリは台所の方へと歩いて行く。

 どうやら自分でお茶を淹れるつもりらしい。


「いや、それは俺がやるよ」

「お茶を淹れるよりも、グレンはジュジュにおやつでもあげて」

「しばらく前にご飯を食べたのだがな」

「じゅび」

「精霊も赤子の間は食事間隔は短いからね。それにジュジュはまだまだ体力が足りてないし」

「わかった。じゃあ、お茶は任せるよ」


 俺はオンディーヌがジュジュのために持ってきてくれた果物を食べやすい大きさに切っていく。

 そして、ヴィリは俺の小屋にはなかったお茶の道具をつかってお茶を淹れていく。


「ヴィリ。お茶の道具まで持ってきたのか」

「ああ、グレンは持っていないだろう? そして僕はお茶が好きなんだ」

「確かに、そんな道具は持ってないな」

「これからはオンディーヌもよく来るだろうし、僕も来る予定だから、道具は置いていくよ。グレンとジュジュも好きに飲んで」

「ありがとう。助かるよ」


 十年前、まだ裕福だった頃は俺もお茶を飲んでいた。

 午前の訓練を終えた後、昼過ぎにのんびりお茶を飲みながら読書などしたりしたものだ。

 たまに、ヴィリも一緒に読書したりもした。

 あのころからヴィリはとても頭が良く、難しい本を読んでいたものだ。


「あ、ヴィリ。そっちに卵があるだろう? お茶を淹れるついでに茹でてくれ」

「わかったよ。任せておくれ」

「ジュジュはゆで卵が好きみたいだからな」

「あの! 何か手伝いますわ」


 リルとしては、尊敬するヴィリが作業しているのに座って待っているというのは気まずいのだろう。

 その気持ちはわかる。


 というか、ヴィリが悪い。

 リルにとっては、親しくもないおっさん二人と同じ小屋の中にいるのだ。

 かなり気まずくて、辛かろう。

 そういうことを考えて、呼び出す時と場所を考えるべきだ。

 ヴィリは魔法に関しては天才だが、こういうことには疎いらしい。


 ちらりとヴィリを見たら、楽しそうにお茶の準備を進めていた。


「……では、ペリシエさん、申し訳ありませんが、リンゴを切るのを手伝って頂けたら助かります」

「はい!」


 何か作業をしていたほうが、気まずくないだろうと考えたのだ。

 リルと俺が果物を食べやすい大きさにしばらく切っていると、ヴィリが戻ってきた。


「お茶を淹れたよ。飲んでおくれ」

「ありがとうございます。学院長」

「早いな」

「魔道具の進歩のおかげだよ」


 ヴィリはゆで卵も二個持ってきてくれていた。

 恐らく時間的に半熟だろう。


「じゅっじゅ!」

「少し待ってな」


 ゆで卵が食べたいとジュジュが鳴く。

 殻を割って、中身をスプーンで掬って食べさせる。


「ジュジュは果物よりゆで卵の方が好きなのかな」

「そうかもしれないね」


 俺はジュジュにゆで卵を食べさせながら、ヴィリの淹れたお茶を飲む。


「果物は沢山ありますので、ペリシエさんもどうぞ」

「ありがとうございます」


 俺がそう言う前にヴィリはリンゴを口に入れていた。


「で、ヴィリ。話というのは何だ?」

「ああ、そうだった。グレンにとあるダンジョンを攻略してもらいたくて」


 唐突に変なことを言い出した。

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