第15話 不良青年の後始末

 オンディーヌの頭を撫でていると、老婆がやってくるのが見えた。


「あら? あらあら」

「あ、おばあちゃん。ごめん、遅くなって。ちょっとチンピラみたいなのに――」


 俺は若者に襲われたという事情を説明しようとしたのだが、

「あらそう。そんなことより、先生も隅に置けないねえ」

 そんなことをいいながら、オンディーヌをニコニコ見ている。


 頭を撫でていたから、恋人か何かだと勘違いされたらしい。


「いやいや、彼女は友達の契約精霊で――」

 そういう関係ではないのだと、説明するつもりだったのだが、

「あら。あらあらあら。精霊との恋。ロマンティックねえ。若い頃を思い出すわぁ」

「うん。ロマンティック」


 オンディーヌもうんうんと頷いている。


「それより、おばあちゃん。ドブさらい中にこいつらに襲われて、返り討ちにしたんだけど……」


 もし地域住民の一人なら、顔役である老婆に対処を任せるべきかもしれない。

 俺はそう思って尋ねた。


「うーん。先生はどうするつもり?」


 そういって、じろりと俺の方を睨むように見る。


「彼女の伝手で、きっちり裁判を受けさせるつもりだったけど」

「ふむ。裁判ねえ」

「これまでの悪事を全部白状させられると思うよ。彼女はこう見えてすごい精霊だからね」


 もし本当に殺しまでやっていたら、恐らくは三十年ぐらいの労働刑になるだろう。

 もちろん軽い労働ではない。危険で劣悪な環境で働くのだ。

 三十年の労働刑と言っても、十年生き延びられれば、大したものだ。


「そうかい。それなら先生にお任せするよ」

「いいのかい?」

「ああ。もし先生に投石した罪だけなら、すぐ戻ってくるだろう? その場合、お礼参りが怖いからね」


 そして声を潜める。


「こいつらは人を殺してるよ」

「そうなのか? なら、なぜ捕まってないんだ?」

「証拠が足りないからね。でも状況証拠はこいつらがやったって示していたさ」

「それは、遺族はやるせないな」

「ああ、この状態で人通りの多いところに放り出したら遺族に殴り殺されるだろうね」


 そうなったら、遺族が逆に捕まってしまう。

 私刑を許したら法治が難しくなるからだ。


「裁判で罪を償わせてくれるなら、それが一番だよ」

「ご婦人。任せて。私が責任もって罪を償わせる」


 オンディーヌはふんすと鼻息を荒くする。


「そうかい。頼んだよ」

「うん」

「先生のこともね」

「うん。任せて」


 その後、俺は老婆からドブさらいの報酬を受け取って、帰路につく。

 オンディーヌは不良青年二人を肩に担いでついてきた。

 魔法で眠らされているので、不良青年たちはとても静かだ。


「……一人持とうか?」

「大丈夫。グレンは足が悪い。それにジュジュも抱っこしている」

「そうだが」

「私は力もち」

「じゅ~」


 ジュジュがオンディーヌをみて目を輝かせていた。

 同じ精霊として憧れているのかも知れない。


「あのご婦人。見る目がある」

「そうだな。あの辺りの顔役だからな」


 地域で発生する色んなもめ事を解決したり、未然に防いだりしてこその顔役だ。

 新しい住民が、地域に溶け込めるよう色々したりもすると聞く。

 そんなことをしていたら、人を見る目も鍛えられるだろう。


「うん。立派な人物」


 オンディーヌは老婆をとても気に入ったらしかった。


 しばらく一緒に歩いた後、オンディーヌは「またあとで」と言ってどこかへ行った。

 恐らく、不良青年をしかるべきところに連れて行くのだろう。


「じゅぅ~」


 ジュジュは、去って行くオンディーヌの背をみて寂しそうに鳴いた。


「また、あとで会えるよ。とはいえ……少し時間はかかりそうだな」

「じゅ」


 正直者になる魔法を使って供述調書をつくるのは、オンディーヌにしかできないことだ。


 俺とジュジュは、オンディーヌと別れたあと、歩いて帰宅する。


「じゅぎゅ~」

「気になるのか?」


 好奇心が刺激されるようで、ジュジュは周囲をキョロキョロ見ている。

 今朝、行きで通った道と同じではあるのだが、初めて通る道のように目を輝かせていた。

 もしかしたら、緊張が解けて周囲を見る余裕ができたのかもしれない。


 もっと慣れたら、ジュジュに人の街を見せてあげたい。

 悪い人間だけじゃないと、教えてあげたい。

 そんな気がした。


「……また今度散歩しような」

「じゅ」


 チンピラみたいなのに絡まれないように足早に歩いて行く。

 オンディーヌに魔力を分けてもらったおかげで、足の調子も良かった。


 学院に到着し、敷地の片隅にある小屋へと向かう。


 すると小屋の前には、監督生リルが立っていた。

 その横には立派な狼の精霊フェリルもいる。


「あ、ランズベリーさん。お待ちしておりましたわ」

 そういって、リルは微笑む。

 フェリルも静かに頭を下げた。


「今日はどうなされたんですか?」

「学院長からこちらに来るようにと指示をいただきまして……」


 学院長とは、ヴィリのことだ。

 ヴィリが派遣したと言うことは、何か理由があるのだろう。


「ぎゅっぎゅ!」


 そして、ジュジュはリルをみて嬉しそうに鳴く。

 昨日、色々してもらったことを覚えているようだ。


 リルはジュジュに向かって微笑んで、優しく撫でた。


「ジュジュさん、こんにちは」

「じゅ~」

「とりあえず、立ち話も何ですし、小屋の中で話しましょう。汚いところですが……ペリシエさんもフェリルさんも、どうぞ」

「ありがとうございます。ですがフェリルは身体が大きいので」

「がう」


 フェリルは馬ぐらい大きな狼の精霊だ。

 確かに入り口を通るのも一苦労だろう。


「フェリル。ここで待っていてください」

「がぅ」


 そして、俺はジュジュとリルと、一緒に小屋の中に入ったのだった。

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