第14話 街の不良青年

 俺は若者二人を怒鳴りつける。


「おい、糞ガキ。許されると思うな」

「はぁ?」


 若者たちが不快そうに声を上げると同時に、俺は投石をかわして瞬時に間合いをつめる。

 そして、顔面に拳をたたき込んだ。


「へ――ぶばぇ」

「ぐえ」


 若者一人の鼻骨を砕き、もう一人の顎の骨を砕いた。

 二人とも顔から血を流し地面に倒れる。


 今日はジュジュ経由で精霊王から魔力を貰ったおかげで足の調子がいい。

 足の調子のいい俺の体捌きをとらえることは、非魔導師には不可能なのだ。

 とはいえ、万全の状態でも魔導師には勝てないのだが。


「てめえ! こんなことしてただで済むと……」

「はあ? これで済むわけないだろうが」


 俺は手早くロープで若者たちを縛り上げた。

 色々な雑用をこなすために、俺は沢山道具を持っている。

 現場に行くまで今日の仕事がわからないことも多い。

 だから、俺は沢山の道具を常に持ち歩いているのだ。


「じゅ?」

「うーん。こいつらをどうするのかって? ……どうしようかな」


 官憲に突き出しても証拠がない。

 ただの平民である俺の証言だけでは、二人の若者を罰することは難しい。

 若者たちの発言で、恐らく今回と同じようなことを繰り返しているとも思われる。

 その中には死んだ被害者もいるかも知れない。

 だが、証拠がない。

 俺の証言を信じてくれたとしても、罪状は俺とジュジュへの投石だ。

 そのうえ、当たっていない。


 敢えて罪名をつけるならば暴行未遂になるのだろうか。

 精々、留置場で一晩閉じ込められて説教される程度。

 こいつらは反省すらしないだろう。


「でめ゛え゛ぶっごろ゛じでや゛る゛」

「おぼえでどよ!」


 若者たちは、まだ心は折れていないようだ。

 顔を殴られ、骨が折れ、血を流しているというのにだ。


「困ったな」

「……じゅ」


 ジュジュも困っているようだ。

 あれほど侮辱されたというのに、ジュジュは痛めつけて欲しいとは思っていないようだ。

 むしろ、若者たちの怪我をみて「痛そう、大丈夫?」と心配している。

 本当に心優しい。

 こんないい子のジュジュを、理不尽に侮辱し、投石して痛めつけようとしてたのだ。

 俺としては許したくはない。


「グレン。困ってるの?」


 全く気配のなかった背後から声がした。


「うおっ、びっくりした。オンディーヌか。どうしてここに?」


 気配の現れ方から考えるに、俺の後ろまできて実体化したのだろう。


「ジュジュにも魔力をあげにきた」

「それは、ありがとう。助かるよ」

「じゅぅ~」


 オンディーヌは俺に抱かれているジュジュに手を触れる。

 そして魔力を与え始めた。

 ジュジュは元気になり、俺の足の調子も更に良くなる。


 昨日に比べて、魔力を与えるオンディーヌも緊張していない。

 昨日は集中し、少しの失敗も許されないといった表情で魔力を与えてくれていた。


 もしかしたら、ジュジュの呪いの状態も、峠を越えたのかも知れない。

 だが、そんなことをいえば「予断は許さない」とオンディーヌは言うだろう。


 ジュジュに魔力を与えながら、オンディーヌは言う。


「で、困ってるの?」

「ああ……実はな」


 俺はオンディーヌに事情を説明する。

 その間、若者たちは口汚い言葉で罵ってきていた。

 だが「うるさい」とオンディーヌに言われると途端に静かになった。


「どうやったんだ?」

「魔法で眠らせた」


 つくづく魔法というのは便利なものだ。


 オンディーヌがジュジュに魔力をあたえ終わるころ、俺の事情説明も終わった。



「オンディーヌありがとう。ジュジュ。体調はどうだ?」

「じゅ~」


 どうやら元気なようだ。

 そして、ジュジュは自分のことより、俺のことが心配らしい。

 足が痛いのに、若者を殴るときに思いっきり動いたので不安になったようだ。

 それに拳を痛めていないかも心配してくれている。


「大丈夫だよ。ありがとう。ジュジュは優しくて偉いな」

「じゅぎゅ~」


 俺はジュジュの頭を撫でる。

 すると、オンディーヌに腕を掴まれた。


「グレン。こいつらのことは任せて」

「いいのか?」

「うん。官憲のところに連れて行って、余罪も全て自供させる」

「自供するか?」

「する」


 普通に考えたら自供などするわけがない。

 オンディーヌには自信があるようだ。


「拷問で自白させるのか? それはちょっと――」

「拷問はしない。正直者になる魔法を使うだけ。大きな魔法だから時間と魔力は必要だけど副作用はない」

「……魔導師ってのは、凄いな。なんでもできそうだな」

「すごいのは私。使えるのは人間ならヴィリぐらい」


 精霊王と大賢者しか使えないなら、司法制度に組み込むのは難しかろう。

 時間と魔力を使うならば、なおさらだ。

 とてもそうは見えないが、オンディーヌたち精霊王は非常に忙しいのだ。

 そして、大賢者ヴィリは、精霊王たちより忙しいだろう。


「すごいな。ヴィリは」

「ん」


 俺が褒めると、オンディーヌは頭をこちらに向けてくる。


「どうした?」

「私もえらいと思う」

「ああ、そうだな、えらいと思うぞ」


 すると、オンディーヌは、ジュジュを撫でる俺の手をじーっと見る。


「どうした?」

「…………」


 もしかして撫でて欲しいのだろうか。

 精霊のジュジュは頭を撫でたら喜ぶ。そして、オンディーヌもまた精霊なのだ。


「オンディーヌもえらいぞ」

「ふへへ」


 頭を撫でると、オンディーヌは相変わらず変な声で笑った。

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