第13話 ドブさらい
老婆の家を訪ね、しばらく仕事を余り引き受けられない事情を説明する。
老婆は快く了承してくれた。
「先生が手伝ってくれないのは残念だけど、精霊の赤ちゃんを保護したのなら仕方ないねぇ」
「そうなんだ。迷惑をかけるよ」
「いいよいいよ。怠け者の馬鹿息子のケツをひっぱたいてやらせるさ。先生ほど器用じゃないし、面倒ゴトを起こしそうだけど、いい機会だよ」
「すみません。本当に迷惑を……」
「気にしないでおくれ。赤ちゃんのほうが大切さ。……それでその子が精霊の赤ちゃんかい?」
「……じゅ」
俺に抱っこされたジュジュはぎゅっと俺の服を掴みながら、老婆を見つめていた。
「変わった精霊さんだねえ。なんの精霊さんなんだい?」
「それが謎なんだ。俺にもわからなくて」
トカゲでもサンショウウオでもないということしかわからない。
「へぇ~。そういうこともあるんだねぇ。変わっているけど、よく見たら可愛いかも知れないね」
「……じゅぎゅ」
老婆に撫でられ、ジュジュは緊張した様子で目をつぶっていた。
その後、俺はドブさらいに従事する。
しばらく休む代わりに、今ある雑用をこなすことにしたのだ。
老婆からさらうことをお願いされたドブは、街の端。
人通りは皆無に近い。
だが、ここのドブが詰まれば、沢山の世帯が困るだろう。
重要な仕事である。
オンディーヌに貰った抱っこひもがあるので、両手を使える。
作業になんら支障は無い。
作業の途中、ジュジュが鳴いた。
「……ぎゅ」
「ん? ああ、お腹が空いたのか」
ドブさらいの手を休めて、地面に座ると、ジュジュにご飯を与える。
ジュジュは子供の精霊で、しかも呪われているので、余計お腹が減るのが早いようだ。
「ぎゅむ! ぎゅむ!」
「うまいか。いっぱい食べなさい」
「ぎゅぅ~」
ジュジュは小さな口をもぐもぐ動かし、一生懸命蜜柑を食べる。
そんな姿も可愛らしい。
ジュジュにご飯を与えることで、俺自身の休憩にもなる。
ドブさらいは、意外と体力を使うのだ。
とはいえ、昨日より身体が軽い。疲れてもいない。
ジュジュを抱っこしながら作業しているにもかかわらずだ。
「魔力をもらったおかげかな」
オンディーヌとサラマンディルがジュジュに魔力を与えた。
その結果、ジュジュを経由して俺の足にも魔力が流れたようだ。
おかげで、足が痛くなくて動かしやすい。だから疲れも少ないのかもしれない。
「じゅ?」
ジュジュは食べていた蜜柑を小さな手で俺に差し出す。
「くれるのか? ありがとう」
「じゅぅ!」
俺がジュジュに蜜柑を食べさせ、たまにジュジュがそれを俺にくれる。
オンディーヌのくれた蜜柑は甘くて、美味しかった。
ジュジュがご飯を食べ終わるころには、俺の身体も休まったのでドブさらいに戻る。
一生懸命作業していると、人が近づいてきた。暇そうな若者二人だ。
こんな所に何の用があるのだろうか。
そんなことを考えていると、
「なにあれ、キモ」
「でかい馬糞みてーだ。うわー。趣味わる」
若者二人が、楽しそうに話しはじめた。
楽しそうなのは結構だが、明らかにジュジュを侮辱している。
「……じゅ」
ジュジュもなんとなく侮辱されているのがわかるのか、悲しそうに俺にしがみつく。
「気にするな。言いたい奴には言わせておけばいい」
「じ……」
俺は若者を無視して、ドブさらいを続ける。
その後も若者たちは、楽しそうにジュジュを侮辱し続ける。
本当に何が楽しいのかわからない。
俺たちに聞こえるように、侮辱していることがわかるように、声をあげている。
それでいて、具体的な主語は使わない。
俺が何か言い返したら「あんたのことを話したんじゃないけど?」「自意識過剰すぎる」と言い逃れするつもりだろう。
非常に腹立たしいが、反応したら喜ばせるだけだ。
罪にも問えない。手を出したら、逆にこちらが罪に問われるだろう。
俺は若者たちを無視して作業を進める。
よほど暇なのか、その間ずっと若者はジュジュと俺を侮辱し続けていた。
なにを可愛いと思うかは、人によって違う。
気持ち悪いと思うこともあるだろう。そのことに良いも悪いもない。
だが、それを口に出す必要はない。
「……ぎゅ」
「本当に気にするな。ああいう奴はどこにでもいる」
若者たちはジュジュを侮辱するのが楽しいのかも知れない。
本人たちは「気持ち悪いのは事実だろ」「本当のことを言って何が悪い」ぐらいにしか思ってないのかもしれない。
だが、その心ない言葉で、ジュジュは傷ついている。
若者たちから離れるため、俺は急いで作業を終わらせる。
「……さて、報告してさっさと帰ろっか」
「……じゅ」
俺は急いで作業完了を報告するために、老婆の家へと歩き出した。
すると、若者たちは反応しない俺にしびれを切らしたのか、拳大の石を投げてくる。
「あぶねーな。おい」
運良く当たらなかったが、当たっていたら、大けがしていただろう。
当たりどころが悪ければ、命に関わる。
「うっせー、黙れ」
「ゴミ掃除だよ!」
どうやら、俺とジュジュのことをゴミだと言いたいらしい。
「ゴミはお前らだろう」
「はあ? 生意気なゴミだな」
「痛めつけてやる!」
そう言って若者たちは石を投げる。
かなりの速さだ。狙いも正確だ。
俺たちが死んでも構わないと思っているようだ。
確かに今、周囲に人はいない。
俺とジュジュが殺されても、老婆がやってきて死体に気づくまで数時間かかるだろう。
その間に若者たちは逃げることができる。
そうなってしまえば、魔法で探索したとしても犯人を捕まえるのは容易ではない。
それを若者たちは知っているのだ。
「お、うまくかわすじゃねーか」
「少しは楽しませろよ」
「この前の奴は一撃だったからな!」
どうやら若者たちは似たようなことを俺たち以外にもやっているらしい。
本当に街のゴミだったようだ。
仕事もせず日常的に悪さをしているのだろう。
このまま野放しにはできない。
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