第11話 初夜の後始末

 小屋に朝日が差し込み、俺は目を覚ます。


「やっと朝か」

「……じゅむ」


 ジュジュは、俺の腹の上で静かに眠っていた。

 ジュジュを起こさないように気をつけて、ベッドの上にそっと下ろす。

 そうしてから、ジュジュのトイレの後始末をする。


 汚れた服やシーツを全て風呂場に持っていき、お湯を出してきれいにしていると、

「じゅぎゅびゃ~」

 ベッドの方からジュジュの泣き声が聞こえてきた。


 目を覚まして俺がいなかったので不安になったらしい。

 俺は作業を中断して、ジュジュの元に駆けつけた。


「よしよし」

「じゅぅう」


 ジュジュは痛がっていた。俺が離れたからかもしれない。


「すまん。ジュジュ」

「じゅ~」


 俺が抱き上げると、痛みが弱まったらしい。

 元気に見えるので忘れそうになるが、ジュジュは強力な呪いをかけられているのだ。


「お腹が空いたか? リンゴでも食べなさい」


 お腹が空いているようなので、リンゴをあげる。

 リンゴを食べると、またジュジュは静かに寝始めた。


「……そうだな。どうするか」


 オンディーヌが言うには、俺とジュジュが一緒にいた方が呪いの効果が弱まるらしい。

 風呂場で汚れ物を洗濯するときも、一緒にいた方がいいのだろう。

 抱っこしたままでは洗濯が難しい。


「とはいえ、難しいとか言ってられないよな」


 俺は眠ったジュジュを抱っこして、風呂場に向かう。

 そしてお湯を出しっぱなしにして、汚れた服やシーツを足踏みしてきれいにしていく。


「そういえば、あの石鹸は洗濯にも使えると聞いたな」


 オンディーヌがたまに万能石鹸をくれるのだ。

 水の精霊王オンディーヌ監修の、そのまま流しても水質を汚染しないすごい石鹸らしい。


 魔法革命により、急速に水道が整備された結果、王都周辺の川と湖の水質汚染が問題になった。

 そのときは、オンディーヌもぶち切れたと聞いている。


 その対策として、ヴィリはこの洗剤を市中に安価で流通させたのだ。

 おかげで、王都周辺の川や湖の水質は大幅に改善されたという。

 洗剤と言っても、身体や髪も、食器も洗うことも出来る。

 傷口を洗うのにも使えるし、簡単な消毒も出来る。

 なんなら飲めるという、すごい洗剤である。

 魔道具でもある石鹸なのだ。


「まさに天才の所業だな」


 俺は洗剤を服とシーツにかけて、踏み洗いをする。

 普段の洗濯は水洗いで充分なのだが、今日は特別だ。

 水洗いでは不充分だろう。


「さすがに大賢者石鹸。汚れの落ちがいいな」


 踏み洗いでもどんどん汚れが落ちていく。

 だが、ジュジュを抱っこしたままなので、手を自由に使えないのは不便だ。


 どうした物かと考えていると、

「じゅっ!」

 ジュジュが目を覚まして、鋭く鳴いた。


「どうした? ああ、誰か来たな。――入っていいぞ、手が離せないんだ!」


 外に向かって声を掛ける。

 すぐにオンディーヌが入ってきた。


「おはよう。洗濯?」

「ああ、おはよう。見ての通り洗濯だ。夜中に色々あってな」

「手伝う」

「いや、いいよ」


 さすがにトイレの後始末まで手伝わせるのは悪い。


「だめ? 嫌なの?」

「嫌とかじゃないが、やっぱり汚いからな」

「なら、気にしない」


 そういって、オンディーヌは洗濯を手伝ってくれることになった。


「お湯を使う。グレンは離れて」


 俺が離れると、オンディーヌは、水道のハンドルを回して蛇口から勢いよく水を出す。

 その水を、オンディーヌが球体にして宙に浮かせた、

 すると、水の球体はぐつぐつと沸騰しはじめた。

 そうして作った熱湯の塊を竜巻のように操作して、洗濯物をまとめて洗っていく。


「じゅっじゅ!」


 ジュジュはオンディーヌの魔法をみて、興奮気味に尻尾を揺らしている。


「私は水の精霊だから。どう?」

「ああ、見事だ」

「ふへへ」


 オンディーヌはこちらを見て照れていた。

 洗濯物と熱湯の竜巻の方は見てすらいない。

 それでも、正確無比に竜巻は汚れを取り除いていく。

 汚れた熱湯はそのまま排水溝へと流し、減った分は水道から追加していく。


「魔法って、本当にものすごいな」


 まさに人智を超えている。

 足を怪我する前、剣聖と呼ばれていた頃でも、オンディーヌには勝てないだろう。

 いや、一流の魔導師でも水の精霊王に勝てる者はまずいないに違いない。


 ヴィリとオンディーヌならば、どちらが強いのだろうか。

 そもそもヴィリの強力な力は、オンディーヌを含めた四大精霊の王と契約することで手に入れたものだ。

 それを考えるとオンディーヌの方がヴィリより強いのかもしれない。


 俺がオンディーヌの魔法の技を見とれていると、

「終わった」

「……ああ、ありがとう。早いな」

「ふへへ」

「あとは干して――」

「必要ない」

「えっ」「ぎゅっ!」


 驚く俺とジュジュに、オンディーヌはどや顔で微笑む。


「もう乾かした」

「お、おお」「じゅ、じゅじゅ」

「水は言うことをきいてくれる」


 どうやら、洗濯物に含まれた水を、魔法で移動させたらしい。


「ありがとう。本当に助かった」

「うん。グレンはジュジュで手が塞がっているから、運んでおく」

「何から何まですまないな」「じゅぅ~」

「いい…………、ふへへ」


 小さな声で笑いながら、オンディーヌは洗濯物を運んでくれたのだった。

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