第3話 監督生の豹変

 リルの豹変は、生徒たちにも意外だったようだ。


「なっ」


 生徒たちは驚いて一瞬固まった。

 だが、すぐに顔を真っ赤にして、悪態をつきはじめる。


「か、監督生だろうが、調子に乗るな! 平民のくせに」


 どうやらリルは平民だったらしい。

 リルのことを貴族だと思い込んでいたので、俺は驚いた。


 リルは生徒たちに罵られても眉一つ動かさない。

 心の底から軽蔑した様子で、冷たい目で睨みつけながら、感情のこもらない口調で淡々と語る。


「申請のない精霊の召喚。呼び出した精霊への虐待。非魔導師への攻撃魔法の行使。どれか一つでも退学には充分」

「うるせえ! 平民がごちゃごちゃ――」

「監督生には下級生徒に罰を与える権限がある。とはいえ罪が重すぎて私には荷が勝ちすぎる」

「だったら、さっさと俺たちを解放し――」

「学院長の裁可を仰がねばなるまい」


 リルは淡々とした口調だが、注意深く聞いていると、言葉の端から怒気を感じた。

 よほど、生徒たちの行為、つまりトカゲをいじめ、俺に魔法を放ったことが許せないのだろう。


「フェリル。彼らをこのまま学院長室へ」

「ガウ」


 巨大な狼の精霊フェリルは両前足で押さえていた生徒二人を放した。

 その瞬間、生徒達は逃げだそうとするが、リルが魔法で拘束し、浮遊させてフェリルの背中に乗せた。

 無詠唱で、二人同時にだ。

 精霊契約済みの魔導師の凄まじさを改めて感じた。


「ガアウ」


 フェリルは、俺に向けてちょこんと頭を下げると、一人を咥え、二人を背に乗せたまま歩きはじめた。

 随分と礼儀正しい狼だ。


 一方、生徒達はいまだにリルと俺とトカゲのことを口汚く罵っている。


 そんな生徒たちを見てリルは深くため息をついた。

 そして俺の方を見る。


「ランズベリーさん。ご迷惑をおかけいたしましたわ」


 そう言ったリルは、いつも通りの優しそうで上品な、まさに貴族の令嬢といった雰囲気だった。


「いえ……」

「あの者たちは学院長によって、処分が下されることになります」

「処分とはどのような?」

「それは学院長が決めること。ですが退学のうえ召喚術式と契約術式を魔術的に禁じられるぐらいが妥当かと」


 魔術的に禁じられる。

 つまり、身体に魔法陣を刻まれて、一生精霊と契約できなくされるのだ。

 精霊と契約できないならば、魔導師としての活躍はできない。


「精霊を虐待し、正当防衛とはならない状態で非魔導師に魔法を放つ者だとわかった以上、精霊と契約させて、強大な力を与えるわけにはいきませんから」

「そうですか。それは安心ですね」

「はい。強大な力を持つ魔導師だからこそ、より高い倫理観が求められるのですわ」

「そうですね。そう願っています」


 その後、リルはフェリルを追って学院長室へと向かった。

 学院長に事情を説明したりするのだろう。


 リルが去ると、トカゲがゆっくりと周囲を見まわす。

 部屋を出て生徒を見てから、トカゲは俺の胸に顔をぎゅっと押しつけていたのだ。

 その間、トカゲはずっとブルブルと震えていた。


「……ぎゅ……る」

「安心しなさい。こわい奴等は連れて行かれたからな」

「……じゅ」


 少し安心したようで、トカゲの震えが止まった。

 そして俺は自宅へと戻る。


 俺の自宅は学院の敷地内、その端にあるボロボロの小屋である。

 貧困にあえぐ俺を哀れに思って、幼なじみの大賢者が貸してくれたのだ。

 毎日のように、学院の雑用仕事を回してくれるのも、義理堅い幼なじみのおかげだ。


「よし。着いたぞ。ここが俺の住処だ」

「……ぎゅる」


 小屋の中に入ると、トカゲは俺にしがみ着いたままキョロキョロと見回した。

 初めての場所が不安なのだろう。


「お腹が空いただろう。ご飯を作ろう」


 先ほどリルから精霊の食べる物を聞いておいた。

 基本的に人が食べる物なら何でも食べるらしい。

 狼の精霊でも野菜を食べるし、鹿の精霊でも肉を食べるとのことだ。

 だが、狼の精霊は肉を好むし、鹿の精霊は野菜を好むらしい。


「トカゲだから……虫とか卵がいいのかな」

「ぎゅる」


 だが、卵はない。

 それに、幸いなことに、いや運悪く今は虫もいないようだ。


「いつも虫の一匹や二匹ならいるんだがな。まあいっか。干し肉があったはずだ。少し待っていてくれ」


 干し肉は保存が利く。

 だから安売りしているときにまとめ買いしているのだ。


 俺はトカゲを机の上に置いて、干し肉を取りにいく。


「じゅうるぎゅるるるるるる」


 机の上に置いた瞬間、トカゲは慌てた様子で鳴き始める。

 置いて行かれると思って怖くなったのかも知れない。


「すまんすまん。置いていくつもりはないんだ」


 俺は改めてトカゲを抱き上げる。

 小さな小屋の中を移動するだけでも、これほど怯えるとは思わなかった。

 いじめられたばかりで臆病になっているのだろう。

 落ち着けば、鳴くことも少なくなるに違いない。


 俺はトカゲを抱いたまま、干し肉を取りだし、調理することにした。

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